三十二話 グランウィザード・ソニル
「着きましたよ、お荷物は大丈夫でしょうか?」
「ああ、ありがとう。世話になった、ギルドから金銭関係は受け取ってくれ。」
夜、都市の中心部のギルドに到着した五人は、取り合えず今日は宿を取って、明日の朝顔を出そうか、と考えていた。
宿はギルドの近くにも数軒存在している、中心にあるコンクリートのビルに比べれば小さいが、十階建て程度の建物が複数建っている。
そのうちの一つ、勇者が御用達にしている宿、というよりはホテルに、今日は泊ろうという事らしい。
「凄い……!」
「なんちゅーか、背がたけぇんだな。」
アリナとジンは、初めて見る高層の建物に感動していて、これが都市では当たり前なのか、と驚いていた。
その中でも一番高い、グランの座にいる者達が最上階に君臨している高層ビル、そこの出身であるソーラや、旅をしていてある程度の知識を持っているモートは驚いていたりはしていなかったが、やはり片田舎で過ごしてきた二人にとっては、この景色は驚きに満ちているものなのだろう。
きょろきょろと辺りを見まわしながら、ビルという初めてみる建造物に興味津々な様子だ。
「ねぇ、これってなんていう素材で出来てるの?木でもないし、煉瓦でもないし……。」
「これはねー、コンクリート、って言う素材で出来てるのよー?セメント、っていう素材を水と混ぜて、建物の形に型を取って固めるのよー。」
「ほへー……。俺もしれねぇ事が多いとは思ってたけどよ、そんな建築技術があんだな。ディンは知ってたんか?」
「ん?そうだな、俺のいた世界では、コンクリートでの建築は一般的だから。ビルとか、マンションって呼ばれる場所は、大体がコンクリートで出来てるな。」
ディンの言葉を聞いて、アリナ達は驚く。
ソーラ達でさえ、コンクリートの建物は都市にしかない、まだ普及していない建築方法だと認識していた、それが当たり前にあり、一般的だ、と言われると、驚くのだろう。
目を大きく見開いて、どういう風景があって、どんな光景が広がっているのか、それを想像していた。
高層ビルが立ち並び、そしてその周りを車が走っている、それがディンにとっての当たり前であり、逆に言えば、人力車や馬車と言うのは、イベントでもないと乗らない、電車と車が一般的なセスティアでは、人力車は日本の浅草、そして馬車はフランスやイギリスに行かないと乗れないものだ。
「ディンのいた世界って、どういう移動手段があるの?魔法を使える人はいないんだよね?」
「電車って言う、電気で動く乗り物だったり、車って言う、石油って言う燃料で動く乗り物だったり、そう言う感じが主流だな。後は、外国に行くのであれば、飛行機って言う、空を飛ぶ乗り物だったり、船だな。」
「どれも聞いた事が無い乗り物だね。電気で動くという事は、人間は人為的に電気を生み出せる、という事かい?魔法が使えないのであれば、科学の力で電気を生み出す様になった、とか。」
「そうだな。人間は科学的に発達して、電気を人為的に生み出すシステムを開発した。発電所、って言ってな、電気を生み出す為に巨大な燃料庫だったり、火力発電っていう、火を使った発電があったりするな。」
発電、という聞きなれない単語を聞いて、四人はきらきらとした目をしている。
未知の世界、未知の言葉、言語、文化、そう言った事に憧れがあるのだろう、ディンの話を聞きながら、この世界の発展の仕方を想像していた。
この世界は、魔法が発達した世界だ、科学というものは殆ど発展しておらず、魔法文明によって形成されてきた文化だ、だから、科学による発展、というは、想像も出来ないのだろう。
ただ、ディンの言葉を聞いて、それがこの先あるとしたら、何が起こって、何が発展して、そう言った想像をするのが楽しい、と。
「さ、講釈も良いけど、今日はホテルに泊まろう。」
「はーい!」
わくわく顔なアリナ達を連れて、ギルドの横の勇者ご用達のホテルに向かう。
ホテルは十階建てで、研究所に比べれば低い建物だが、このあたりでは一番高い建築物で、その最上階に宿を取ろう、とディンは考えていた為、新しい風景をアリナ達に届けられるな、と考えていた。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「五人、最上階を三部屋借りたいんだけど、良いか?」
「……。守護者様御一行の方々ですね?スイートルームをご用意させていただいております。」
「そうか、それはありがたい。」
ホテルのフロント、明るめな雰囲気のライトが灯されているフロントで、ディンがホテルマンに話をすると、ホテルマンはギルドの関係者なのか、すぐに話を通してくれる、魔法で移動するエレベーターの様な箱にディン達を乗せて、最上階に向かう。
「これ、どういう風に動いてるんだろう?」
「移動魔法を基礎にした、エレベーターだな。」
「エレベーターって、研究所では当たり前だったけどー、こういう所にも使われてるのねー。」
ガラス窓で出来た壁から、外の景色を眺めながら、アリナ達は初めて乗るエレベーターという物に感動していた、景色に目を奪われ、上に向かって移動していくにつれて、景色が変わっていくのに感動していた。
ソーラは、そもそもが三十階ある研究所の最上階の出身だ、だから、エレベーターと言うのにも慣れていたが、モートもこれは乗った事が無かった、と景色を眺めていて、アリナとジンは勿論の事、驚きに満ちていると感じていた。
「到着しました、こちらのお部屋をお使いください。」
「はいはい、どうもありがとさん。アリナとソーラは右の部屋、ジンとモートは左の部屋を使うと良いな。俺は中央を使わせてもらおうか。」
「素敵な景色だね……。でも、こんなにいい所、使っても良いの?」
「守護者って言うのは、世界の危機に立ち向かう者達の事だ、これ位のサービスは受けて然るべき、なんだよ。」
「なんかすげぇんだな。俺達って、それだけ期待されてるって事なんかね。」
「そう言う風にもとれるな。この世界の風習、何百年かに一回現れる魔物に対してのカウンターたる守護者は、絶対的な存在だ、とも言える。下手をすれば、グランウィザード達が力を貸した事もあるらしい。俺達にはソーラがいてくれてるから問題ないけど、先代の守護者であるドーガンの仲間には、グランウィザードがいたらしいな。」
「聞いた事あるわー?人間の味方をする変わり者のグランウィザードだった、って言う話だったかなー?名前はー、えーっと……。」
「ソニル、数百年前のグランウィザードの長で、人間の為に魔法を使う、不思議なグランウィザードだった、って言う記録が残ってるな。」
「早々!ソニル!老齢だったけど、人間の為に頑張りたいって言ってた、変わり者だってお父さん達は言ってたかなー。でも、私はその気持ちわかるなーって思うんだー。だって、私達だって人間でしょー?だから、人間の為に力を使いたい、って言う気持ちわかるのよー。」
ソニル、守護者ドーガンの仲間で、人間として選抜された守護者の仲間の一人、グランウィザードの長だった彼は、人間の為にと生涯の残りを過ごし、人間の魔法の発展に大きく貢献した、という文献が残っていた。
それまでは松明に灯りを灯して生きていた人間が、魔法による灯りを手に入れた、というのは、ソニルの功績による所が大きい、それだけ、魔法が発達していたとしても、魔法が一般化していた訳ではなかった、という事なのだろう。
転送魔法も、今では一般的な魔法として認知されていて、一般人でも使える魔法として扱われているが、元来はウィッチやウィザードの特権だった、それだけの魔法だったのだが、ソニルの功績によって、人間が簡単に発動するだけの場所に落とし込んだ、昇華した、というのとは少し違うが、人間が使える様に変えていった、というのが、古い文献に記されている事実だ。
「でもねー、ソニルは魔法を穢した存在だ、って言われてるのよー?高尚な存在だった魔法を、人間全体が使えるようにした、って言う話だったかなー。それは、ウィッチ達にとっては、穢されたって言う感情だった、ってー。」
「そうだな。グランウィザードの長だったソニル、だからこそ、その方針に否定を出来る存在はいなかった、それだけ、ソニルは強大な力と権力を持っていた、って言う事になる。でも、後世において、ソニルの功績は一般的には知られていない、それは何故かって言われると、後のグランウィザード達が記録を消して回ったからだな。人間達の中でも選ばれた存在だった魔導士って言う存在が、一般的になってしまったら。それは、格を落とす事になる、そう考えたんだろうな。ただ、人間達が覚えた魔法まで消し去る事は出来なかった、だから、ソニルの功績という話だけは消えて、魔法は残った。」
「そんな事があったんか……。そのソニルって言う人はよ、人間の為に何かがしたいって思ったんだろ?なら、ソーラと似てるんかな。ソーラだって、勇者の仲間になりたいって思ってたんだろ?結果として、俺達と一緒に守護者の仲間になった、って言う事になったけどよ、想いとしては変わらねぇのかなって。」
ソニルの功罪、それは抹消された歴史だ。
人間の魔法文明が発達した頃に死んでしまったソニル、そしてその後のグランの長になったグランウィッチの手によって、ソニルの歴史は一切を抹消された。
人間達が語り継ぐ事も禁止されていて、結果として、現在の人間達は、どうして魔法が一般化したか、は知らないが、それを享受している、という状態だ。
グラン達の中でだけ、それは語り継がれている、知っていてもウィッチやウィザードまで、魔導士達でさえ知らない真実は、そこにあった。
ウィッチであったソーラはその事を知っていた、がしかし、精霊であるモートはその事を知らなかった、それだけ厳重に禁止令の出されていた事柄だ、というが、ディンの認識だった。
「そう言えば、僕が生まれた頃には、人間は当たり前の様に魔法を行使していたけれど、そんな事があったというのは、知らなかったね。ドーガンに仲間がいた事、それ自体はしっていたけれど、ソニルという名前だ、という事すら、僕は知らなかったよ。」
「精霊達の中でも、統治者と呼ばれる連中は知ってるだろうけどな。人間の最高位であるグランウィッチやウィザード、その発言力は精霊にすら届き得る、だから、精霊達も語り継がなかったんだろうな。もしかしたら、アリサは何かを知っていたかもしれない、ただ、ドーガンも多くを語る間もなく死んだ、って言う話だから、もしかしたら、仲間がいた事については何も知らされてなかったのかもしれないな。」
守護者ドーガン、その仲間であったソニル、まだ知らない事があるのだろうか、とアリナはふと考える。
ディンは、色々と権限を持っているから知っている事が多いだろうが、アリナ達が知らされていない事実、真実というのは、他にもあるのだろうか、と。
「まあ、勉学はまた今度で良いだろう。今日はゆっくり休むと良い、ホテルも質が良いから、ゆっくり休めると思うよ。」
ディンの言葉で三組に分かれて、それぞれが部屋に入る。
部屋は綺麗に整備されていて、勇者達が武器を置く為にある荷物置き、クロークなどがあり、ホテルで着るバスローブも、ソーラが普段着ている絹のローブよりも上質なものだ。
これで慣れてしまったら駄目だ、とアリナは認識したが、しかし今はそれを享受するのも良いのだろう、と今だけの楽しみとして、景色を眺めながらベッドに座り、窓際から見える街並みを心の中に刻んでいた。




