三十話 都市の中心部へ。
「さて、中心部に向かうか。」
「どうやって向かうー?転送で行くのも良いけどー。」
「たまには情緒的になろうか、馬車で行こう。」
都市についた翌日、朝食を食べ終えて、一行は宿を出た。
馬車の停留所に向かいながら、アリナとジンは相変わらずきょろきょろと周囲を見まわしていて、新鮮な気持ちで都市を眺めていた。
馬車の停留所、豪奢な飾りのされた馬車や、簡素なデザインの馬車など、グレードによって値段が変わってくる、それだけ都市の中心部に行くというのは、見栄を張らなければならないのだろう。
ディンは迷わず一番豪奢な馬車の元に向かう、ソーラ達は、自分達はあまり金銭を持っていないが、大丈夫だろうか?と考えていた。
「五人なんだが、良いかな?」
「……。守護者御一行様、ですね?構いませんが、どちらまで?」
「中心部のギルド前まで頼む。」
「かしこまりました。」
御者にディンが話しかけると、御者は訳知り顔でディン達に馬車に乗るように伝えて、アリナ達は戸惑いながらその馬車の中に乗る。
「ねぇディン、どうして私達が守護者だ、ってわかったのかな?」
「ん、簡単な事だ。今現在、都市は封鎖されてる、つまり新しい顔って言うのは見られない。って事は、移動出来る存在が限られてくる、って言う話になるな。となると、それが出来るのは守護者達だけだ、って言う事だよ。」
「それに、中心部に用があったり、出入りが出来るのも一部の存在だけだからね。精霊である僕や、そこが出身のソーラが移動していても違和感はないけれど、アリナやジンの様にこの都市では見慣れない人間、となると、守護者って言うのが妥当、って感じかな?」
「そうだな、そう言う事になる。ギルドから話は回ってるだろうし、となって来ると、移動をする存在は限られてくる。この世界では似顔絵が主流だから、皆の似顔絵が出回ってる、って言うのも一つあるかな。」
「じゃあよ、俺達有名人って事か?」
ジンは、方田舎育ちの自分が、大都会である都市で有名人になっている、それに驚いていた。
レンジャーとしては有名な方だった、と言っても、ウィザル限定でではあるが、お節介焼きのジンとして良くも悪くも有名だったジンだったが、こんな大都会で有名になる、とは思っていなかったのだろう。
「大将が聞いたら、目ん玉ひっくり返しそうだな……。俺が有名人、かぁ。」
「嬉しそうだね、ジン。」
「おうよ!有名って事はよ、それだけ誰かの為に何か出来る可能性が高くなる、って事だろ?確かによ、魔力を持ってねぇから、っていう理由でお節介焼きのジン、なんて呼ばれてたけどよ、でも実力がありゃよ、ある程度は認められるだろ?」
大将から教わった技術、継承した技能、それを他人の為に使いたいと願っていたジンからすれば、それは有難い話なのだろう。
有名になる、それは仕事の依頼が増える、という話にもなってくる、守護者としての役割を終えた後、ジンが日常生活に戻った時、それを活かせる、と。
それはソーラも変わらない、悪い意味で評判だったソーラが、守護者としての使命を果たし、そして帰還した場合、周りからの扱いはいい意味で変わってくるだろう、と考えていて、その時には、また勇者の為に何かが出来るかもしれない、と感じていた。
「そういやよ、なんでアリナは俺達の事を守護者の仲間だ、って認識したんだ?魂の在り方が、って言ってた気がするけどよ、その魂の在り方って何なんだ?」
「魂の在り方、それは、この世界群における、運命を背負って生まれてくる者達の、その定めを刻んだ魂である事の証明、みたいなものだよ、ジン。アリナが本能的に、仲間だと感じた人間、精霊、それがジン達で、有体に言えば、出会う運命だった、って事だな。守護者は、代替わりしてもその魂の在り方を忘れる事はない、つまり、先代の守護者の馬えれ変わり、それがジン達って事になるな。」
「じゃあー、私達は守護者として生まれたって事ー?」
「そうなるな。どの世界でも、守護者はその魂の在り方を変えない、魂の在り方、つまり転生をしても、また守護者として生まれて来る事が殆どだ。稀に、そうじゃない存在もいるらしいけど、九割の守護者は、転生しても守護者として生まれてくる、って話だったな。」
「残りの一割は、どうしているんだい?」
「……。転生の繰り返しに魂が摩耗してしまった者、守護者としての在り方に魂が疑問を抱いてしまった者、守護者としての在り方を忘れたいと願った者。そういう人達は、祖もそも転生をしてなかったり、別の魂にその在り方を譲渡して、普通の存在として生きる事を選ぶ、だったかな。俺も詳しい事は知らないんだ。竜神の中に、賢竜アリステス、って呼ばれる竜神がいて、その竜神から聞きかじった逸話だよ。」
魂の在り方を忘れたいと願った者、それは、守護者として世界の為に殉ずる事をやめたい、と願った者でもある。
守護者、それはどの世界においても、扱いを悪くされる事が多い、稀に守護者が守護神として祀り上げられる事もあるが、大概の世界において、守護者の扱いは悪辣だ。
それでも尚、世界を守りたいと願い続ける者、それが守護者の在り方であり、それを忘れたいと願った、それを捨て去りたいと願った者、その者達は、次代の守護者に力を継承し、魂として普遍的な守護者の枠組みから外れる。
ただ、それを選ぶ者は殆どいない、というのが、アリステスの持っていた情報で、九割の守護者は、また次代での守護者に生まれ変わる、と言っていた。
ただ、それを選ばない魂もいる、という話は聞いた事があった、悪辣な結果、悪辣な扱い、その果てに、守護者である意味を見失ってしまう事もある、と。
「普通の存在として生きる、それもなんだか不思議な話だね。守護者の話は何度か聞いた事があるけれど、でも、どの守護者も、世界を守った事を悔いてはいない、ってアリサが言っていたよ?」
「……。或いは、世界の破滅を望む存在に生まれ変わる事を望む魂もいる。悪辣な世界を見続けて、その世界を見限った者、それは、世界を滅ぼすだけの存在として生まれ変わる事がある、って言うのもあるな。ただ、そうなってほしくないから、俺はこうして旅を続けてるっていうのもある。」
「なんだか悲しいね。世界を守った結果が、世界を滅ぼそうとする意思に変わっちゃうって……。そう言う人は、ディンの周りにはいたの?」
「それこそ、デインがそうだな。世界を守って、世界全ての魔物の闇を見に宿した結果、世界を滅ぼすという心を持ってしまった、闇に堕ちるって言うのは、そう言う事なんだと思ってるよ。……。結果として、デインは助けられた、それは、俺だけの力じゃない、俺だけの力だったら、デインを斬る事は出来ても、救い出す事は出来なかっただろうな。ただ、それをするだけの力、が俺には残されてない、とも感じてるよ。それをする為には、悠輔と魂が一つである必要があった、それがあったから、俺は完全開放をせずにデインを助けられた。それが無かったら、完全開放をしてやっと、出来るか出来ないか、って言うレベルだ、俺は、後一度か二度完全開放を発動したら、人間の姿を保っていられないだろうから。」
デインを助けられた、その結果は、ディンが自らの竜神剣と、悠輔の転生元の人間だった陰陽王の刀、陰陽刀絆、と呼ばれる因果を絶つ刃があって初めて出来た事だ、とディンは考えていた。
自分ひとりの力では叶わなかった、デインを助けるという事は、それだけ至難の業だったのだ、と。
「人間でいられるリミット、それがディンにはあるって言っていたね。それがわかるものはあるのかい?」
「そうだな、この紋様が全身に回った時、それが俺が人間でいられなくなるリミットだ。」
そう言うと、ディンは魔力で左腕の裾を捲り、竜の紋様を見せる。
最初は左の手首に竜の文様があるだけだったそれは、完全開放を使う度に、その口から炎の様な紋様が伸びていき、そして、それが全身を覆った時、ディンは人の形を保てなくなる。
ディンは、生きている中で二度、完全開放を発動した、その結果が今なのだから、あと二度が限度だろう、と計算をしていた。
だからこそ、大概の相手には解放すら躊躇う、守護者を育てる時には何段階かの解放はするが、完全開放に至る事はまずない。
「竜神様は皆、この紋様を持っているのかな?」
「いや、俺達竜神と人間の混血だけだよ。詳しく言うのなら、俺とデイン、父さんのディラン、そして俺の息子の竜太だけだな。混じりっけなしの竜神は、人間と竜の姿、二つの姿を持つ。ただ、俺達混血は、竜の姿になる事は出来ない、なったとしたら、それは人の姿を失った結果、でしかないな。」
「なんだか悲しいのねー。ディンって、人間の姿でいたいんでしょー?」
「そうだな、俺のいた世界に竜なんて存在はいない、許されてない、だから、竜の姿になったら、それは家族との別れを意味するって言う事になる。俺はそれが嫌だ、それだけが嫌だ、そう思ってる。大概の理不尽は許容出来る、ただ、家族を寿命以外で失う事、それだけは嫌だな。」
ディンが一度家族を失っている事、それは誰も知らない。
竜神達は知っていたが、その竜神達の殆どは残っていない、今現存する竜神達には、それを黙っている様に話をしてある。
家族、も知っているが、しかし、その事を話題にする事はない、人間として、一度死んだ記憶を引っ張りだして、という事を、ディンはしたくないと考えていた。
「竜神様がいる世界って、どんな世界なの?私、ちょっと興味あるな。」
「そうだな……。良くも悪くも、繁栄も衰退もない世界だな。朽ちる事はない、穢れる事はない、ただ、その代わりに発展もしない、そんな世界だ。俺も何百年かそこで過ごしたけど、有体に言えばつまらない世界だな。」
アリナは、ディンの言葉を聞いて、少し表情を曇らせる。
普段人間と共に生活をしている、と言っていたディンが、命に代えても守りたい存在、そして、継続したい生活、存続させたい世界。
いつか別れが来る事は理解している、とディンは言っている様なものだ、寿命以外で失いたくない、という事は、いつか来る別れを覚悟している、という話にもなってくるだろう。
悲しい、愛した者達との別れ、アリナ自身、まだ母を失ってから幾ばくかしか経っていない、その悲しみから立ち直れずにいるのに、ディンは数多ある世界の守護者達と、その別れを繰り返す事になる。
アリナが精霊と同じだけの時間を生きると仮定しても、ディンはその何十倍、何百倍の時間を生きる事になる。
避けられない別れ、それは、家族だけではなく、守護者達ともなのだろう、とアリナは悲しんでいた。
「ねぇディン、もしも、世界が守護者を必要としなくなったら、ディンはどうするの?」
「……。何処かの世界で、平和に生きているか、それとも、それ以前に俺の寿命が尽きるか。それはわからない、ただ、家族との別れの後をどうしようか、に関しては、まだ決まってないんだ。守護者達との別れ、それは世界の守護が終わった時点で決定している、だから、皆には平和に生きてほしい、って願ってるけど、そうだな……。家族との別れ、それも避けられない事なんだろう、俺は世界を置き去りにして逝くつもりはないけど、でも、それだって叶うかどうかわからない願望だ。俺が死んで、まだ世界が守護者を必要としていたら、それを竜太に背負わせる事になる。……。俺はそれが嫌なんだ。俺は俺の我儘で、竜神達と袂を分かった、だから、それを背負わせる様な事はしたくないんだよ。」
「その時はさ、きっと、私達を見つけてね?きっと、きっと、転生した私達を見つけて、私達は守護者だった事、一緒に居た事、それを教えて?」
アリナの願い、転生したとしても、ディンのそばに居たい。
それは、叶わない願いかもしれない、ディンにとって、アリナは数いる守護者の中の一人なのだろう、特別視をして、という事は、許されていないのだろう。
ただ、願わずにはいられなかった、アリナは、いつかディンが孤独になる事をどこかで理解していた、それを悲しい、嫌だと感じていた。
だから、その時は一緒に、手を繋いで歩いて行きたい、と。




