二十六話 襲撃
「魔物、だね。ディン、連れて行ってもらっても良い?」
「わかったよ。皆、準備は良いか?」
「おうよ!」
「出来てるわよー。」
「出来ているよ。」
ディンが修行を付け始めてから二週間、そろそろ街を移動するか、とディンが考えていた時に、魔物が現れる。
今は修行をしている途中で、アリナ達は少し体力を使った程度だった、探知を修行をしながらも発動出来る様になっている、それはディンにとっては喜ばしい事だった。
修錬場を離れ、転移で魔物の出た先まで跳ぶ、ソーラの転移魔法に頼るのもありかもしれなかったが、まだそれをさせる段階に成る程、アリナ達は魔物を正確には探知出来ていない、とディンは感じていた。
「に、逃げろー!」
「皆!私達の後ろに下がって!」
行商人が集う、市場の様な場所の近くに現れた魔物は、あと少しでその行商人達を襲う、という所で、そこにアリナ達が現れ、瞬時に状況を判断して、避難をさせる為に立ち向かう。
「こっちだ!」
「私も行くわよー?」
ジンとアリナが前衛、ソーラとモートが後衛、四人の戦闘態勢はそれで決まっていて、ディンは今回は手を出さないつもりの様子で、剣を出していない。
ただ、何もしないというのは気が引ける様で、魔物とアリナ達の周りに五重結界という、陰陽道の術を展開する。
結界、と一言に言えば簡単なのだが、ディンの使うそれは、元来陰陽道を修める者にしか使えない、そして、その中でも選ばれた、陰陽王と呼ばれる者達の血族しか使えない術だ、それをディンが使えるのは、解析したという話ではあるが、そもそもがディンは陰陽王の生まれ変わりと肉体を共有していた、それもあって、発動出来る術だった。
その結界は、魔物と言う邪悪な波動を放つ者達から、光を守る結界、ある程度を超えてしまうと効果は無いが、しかしある程度の魔物が相手であれば、結界の外側に魔物の脅威が襲来する事はない。
「任せたぞ、皆。」
「ディン、見てて!」
魔物の総数は百体程、ディンならば独りで相手出来る相手だが、まだまだ実戦経験の少ない四人では、総力戦になるだろう。
ソーラならばその程度の相手なら片付けられるかもしれないが、しかし連携を覚える為にも、と思っている様子で、ソーラは本気を出していない。
そもそも、ソーラが本気を出すとなると、それこそ味方であるアリナ達を巻き込む様な大規模な魔法になってしまう、それを避ける為にも、ソーラは中級までの魔法しか使わなかった。
ディンとの修行では上級魔法まで使っていたが、それも上級魔法の中では簡単な部類、に限定した魔法で、ソーラが本気を出す、それはまだ先の話だろう。
「行くよ!ジン!」
「おうよ!」
『身体、体力、魔力強化……。』
アリナとジンが、連携を組んで魔物を倒していく、そこの間、取りこぼしが出た部分を、ソーラが魔法で倒していく。
今回現れた魔物は、獣型と呼ばれる牙の生えた二足歩行の獣型、熊に牙を生やした様な見た目のモンスターに、魔物の要素が加わった敵だ。
モンスター、であれば勇者でもこと足りるが、魔物の要素を含んでいる以上、それはアリナ達にしか相手は出来ない、守護者、とはそう言う役回りだ。
ディンが言っている守護者、それは魔物の闇に対する耐性を持ち、尚且つその闇を癒すだけの精神性、そして戦闘に対する考えを持っていて、初めて成立する、選ばれた存在だ。
勇者になるのであれば、力量さえあればなる事が出来る、物理攻撃や魔力と言った、戦闘に直結する能力さえ高ければ、勇者としては成立する。
ただ、それが守護者となってくると話は変わってくる、まずもって、魔物の放つ闇に対する耐性を持っている存在がこの世界では少ない、或いは、魔物に対する耐性を持っている者が多い世界もあるにはある、ディンもそんな世界を知ってはいるが、この世界において、それは守護者である証だ、と言える。
『水よ!』
アリナが攻撃を受けそうな所に、ソーラが水の弾丸を飛ばす、音速に近い弾丸となった水の弾は、魔物の体を貫き、消滅させる。
「アリナ!」
「うん!」
アリナとジンは、自分達の体躯の数倍はあるであろう魔物に向かって、交差攻撃を繰り出す。
現状では一人で倒すのは難しいと直感したのだろう、連携攻撃であれば、倒せるはずだと瞬時に考え、呼吸を合わせて攻撃をする。
「そこ!」
そこにソーラの氷の魔法が加わり、巨大な魔物が消滅する。
「やったね!」
「そだな!」
それが最後の一体だった様で、周囲に魔物の気配は感じられない、ひとまず戦闘には勝利した様子だ。
『五重結界、解』
ディンが結界を解除し、アリナ達に寄ってくる。
「よくやった、怪我もしてないし、大丈夫だな。」
「私達だって、強くなってるんだよ?もちろん、モートの支援魔法あっての事だから、まだまだ強くならないとだけどね。」
「そだぞ?俺達だって、ディンに修行してもらってんだ。それなりに強くなってねぇと、竜神王様の名前に傷を付ける事になるだろ?」
「あんたさん達、勇者なのかい?にしては、モンスターとは違ったがねぇ……。」
アリナ達が話していると、行商人の中でも、立場が高いと伺える老齢の男性が声を掛けてきた。
男性の声はしゃがれていて、何を話しているのかが一瞬分からなくなりそうだったが、かろうじて聞き取れる程度の大きさで、周りを見ていると、その老人の反応次第でどうでるか、という顔をしている行商人達が顔を覗かせている。
「私達、勇者じゃなくて守護者なんだよ、おじいさん!魔物と戦う為に修行をしてるんだ!」
「守護者……?はて、何処かで聞いた覚えがあるのぅ……。」
「五百年前の伝説、じゃねぇか?守護者ドーガン、精霊の守護者で、世界を魔物の危機から救った、って言う話、聞いた事ねぇか?じいさん。」
「あぁ、あの伝説の……。となると、お前さん達が次代の守護者じゃと?」
「そうなるわねー。この人が竜神様で、私達をサポートしてくれてるんだー。」
ソーラがディンを紹介すると、老人はしげしげとディンを眺めている。
歴史に残っている竜神は隻腕ではない、しかし、ソーラの言う事が間違っているとも思えない、と考えている様子だ。
「……。ふむ、あれが魔物じゃとしたら、それは間違いではないんじゃろうな。竜神様、お助け下さり感謝致しますぞ。我々の代表として、お招きをさせて下され。」
「かしこまったのは無しで良いんだよ、老人。それに、助けたのは俺じゃない、アリナ達だ。」
「お嬢さん、感謝するぞよ。さ、こちらへ、恩人を招く為には、準備が必要じゃて。皆の者、この方々は悪意ある者ではない、儂らを救って下さったのじゃ。お招きする為に、馳走を用意するのじゃ。」
老人が静かに言うと、行商人達は馬車の陰から出てきて、ディン達に口々に礼を言う。
アリナ達は、普段感謝をされる事が無かった為、それに恥かしそうに受け答えをして、招待に与る事にした。
「それで、魔王がこの世界を支配しようと……。」
「うん、魔王デモスは、魔物を使役して世界を滅ぼそうとしてるんだって。まだ出来てないってディンは言ってたけど、でもし始めてるから、勇者の人達は手が出せないって言ってたよ?」
行商人達が泊る場所として使っているテント、十人程度が入れそうなテントの中で、アリナ達はもてなしを受けながら話をしていた。
長老である老齢の男性の他に、若い男性が一人、女性が二人いて、この三人は将来的にこの行商人達を纏める役割を持っている、いわば後継者なのだと言っていた。
「魔王デモス、勇者様が勝てない相手……。そんな相手に、君達が勝てるのかい?」
「そうよ、貴方達の魔力は、勇者様達より少なく感じるわよ?ソーラさんはまだしも、アリナちゃんとジン君は、魔力が勇者様より少ないのに……。」
「今はまだ修行中なんだ。ディンに修行を付けてもらって、それで最終的に世界を滅ぼされる前に魔王を倒す、それが俺達の目標なんだぜ?」
「モート君は精霊様なんだよね?精霊様が人間と一緒に居る、って言うのは不思議な事だけれど……。」
「僕は精霊の湖畔を出た身だからね。……。あれから十何年か経ったけれど、精霊は基本的に人間の営みに干渉しない、その考えは変わっていないみたいだね。僕が異端なのか、それとも世界の危機に何も言わない精霊達が異端なのか、どちらだろうね。」
精霊であるモートの事は話しても問題ないだろう、と四人は考えていて、アリナが混血だ、という事だけは黙っていた。
青年達は、魔力を感じる回路に関してはウィッチ達程ではないが、この世界では、魔力を感知する、というのは初歩に当たる技術であり、殆どの人間は魔力を感じる事が出来る。
そんな青年達が感じている魔力、ソーラはそれなりというべきか、勇者にも見劣りをしない魔力を持っていると感じていたが、そもそもが体外的に魔力を発露していないジンと、普段から魔力を膂力に変える修行をしていて、それを眠っている時以外継続しているアリナの魔力、それは微々たるものか、感じられないか、そのどちらかだ、と。
そんなアリナ達が、世界を守る守護者として選ばれた、それはにわかには信じがたい、しかし、魔物を倒せるのは守護者だけ、この世界において、それは精霊であっても抗えない摂理だ、という話は子供の頃に聞いた事があるのだろう、信じる他ない、という空気だ。
「私達、まだだだ修行不足だから、そうみられても仕方がないのかもしれないね……。でも、信じてほしいな。きっと、世界を守って見せるって、決めたから。弱かったとしても、強くなかったとしても、その気持ちだけは本物なんだ。……。まだ実力不足、って言われたらそうだねとしか言えないんだけどね、この気持ちは変わらないよ。」
「確かに、お前さん達は魔物を倒して見せた……。あれがモンスターではない、それは儂達にもわかる事じゃからのぅ……。ふむ、恩人を信じる、それは特別な感情でも無かろうて。」
食事を食べながら、老人が頷いている。
アリナ達は、信じてもらうしか出来る事はない、それ以外に説得の材料を持っていない、と思っていた為、ホッと胸を撫でおろす。
「さ、たんと食べなされ。恩人に振舞うには、少し物寂しいがのぅ、これが儂らの限界じゃ。」
「ごめんなさいね、助けてもらったのに、大したおもてなしも出来なくて……。ただ、私達旅の民は、最低限の食料しか持ち合わせがなくてねぇ……。」
「良いんだよ、俺達も感謝されたくて戦ってる訳じゃないんだ。こうして振舞ってくれるだけで、感謝の気持ちでいっぱいだよ。」
この行商人達は、各地のパイプ役を担っている、転送魔法が使えない人間や、そもそも転送出来ない物品の類を、各地に売り歩いている、流浪の民達だ。
簡素な食事、と言っても、アリナ達が旅の中で食べている食事とそう変わらない食事だが、それを有難く受け取って、アリナ達は街に戻る。
「なんだか、感謝されるって嬉しいね。」
「そだな、俺なんか厄介者って言われ続けてきたからよ、感謝されるってあんなにあったかい気持ちになるんだな。」
「そうねー。嬉しかったわー?」
「そうだね、僕達は基本的にはぐれものだから、こういう体験は少なかったからね。……。それでディン、僕達はどこまで強くなっているか、それを聞いても良いかい?民の方達の前で聞く事でもないと思ったから、聞かずにいたんだけれど、僕達は魔王に勝てるだけの能力があるのかな?」
宿に戻ってきて、今日は修行は休みだ、という事で、食堂に集まって、茶を飲みながらモートがディンに質問をする。
ディンは少し考える素振りを見せた、それは、現実を言って良いのか、現在の魔王の能力と、アリナ達の能力を比べた場合、どちらが勝つか、を判断しているのだろう。
「まだ、少し足りないな。魔物には勝てても、魔王には勝てない、それが現状だろう。そろそろこの街を離れて、都市に行って修行をするのもありかもしれない。都市の勇者達と力比べをする、それもありかな。勇者と今のアリナ達の実力、それは拮抗してるか少しこちらが弱いかのどっちかだから。勇者達も、守護者の協力ってなったら、してくれると思うしな。」
「じゃあ、都市に移動するの?都市って、どんな光景があるんだろう?」
「煉瓦造りの家が多いわよー?ただ、研究棟とかは魔法で堅固にしてるから、もっと背の高い建物もあるけどねー。」
「そか、ソーラは都市の出身だもんな。って事は、知ってる場所かも知んねぇって事か?」
「私の転送で行くのなら、そうなるかなー。でも、ちょっと心配な事があるのよねー。」
「心配な事?」
アリナとジンがわくわくしている中、少し表情を曇らせるソーラ、ソーラの心配事、それはアリナ達や自分に起因する事だった。
守護者の研究、それは長年されてきた事ではあった、守護者は、魔導の深淵に最も近い存在だ、と言われていた為、人間から守護者が選抜された時は、研究に利用しようとした、という記録も残っている。
それに、ウィッチやウィザードは、アリナが混血である事にも気付くだろう、そうなった場合、糾弾ではなく実験の対象となってしまわないか、それが心配だ、と。
「ソーラの心配なら、問題ない。ある程度であれば、俺の認識阻害と悪意の消滅の魔法が役に立つだろうから。」
「認識阻害はわかるけれど、悪意の消滅というのはどんな魔法なんだい?」
「文字通り、悪意を消し去る魔法だよ。守護の魔力、それは使い方を少し変えてみると、悪意を消し去る魔法にも転用出来るんだ。半径どれ位かの距離に悪意を持った人間が現れた場合、それを消し去って、離れる様に仕組んでおくんだよ。」
それなら安心だ、とソーラは納得する、ただ逆に、ディンの魔法にそんな使い道がある、と言うのに驚いていた。
ディンは、本来の使い方ではない守護の魔法を使える、それは、人間に依り代だった悠輔が殺された後、ディンが独自に開発した魔法だ。
それはある程度の、ではあるが、それでも一般的に人間が抱えるだけの悪意を消し去り、その場から引き離す、という使い方が出来る。
それだけ人間を信用していない証左でもあるのだが、モート以外はその事に気づかず、感心していた。
「じゃあー、安心だねー。」
「そうだな、ただ、自分達から話したりしたら、それも効果が薄れる。その事だけは、頭の隅に置いていてくれ。」
「わかった!でも、楽しみだなぁ。都市って、凄いんでしょう?」
「俺も行った事ねぇから、楽しみだぜ!」
守護者と言っても、ソーラとモートを除いた、アリナとジンはまだまだ子供、それをディンは改めて実感していた。
だからこそ、守ると決めたのだ、今度こそ、と。




