二十五話 世界の違い
「さ、今日も修行だな。」
「魔物は……、現れてないね。ジンは探知は出来る様になった?」
「そだな……。ある程度、なら何となくわかる様になったぜ?なんかゾワゾワするって言うか、そんな感じだ。」
ディンに修行を付けてもらい始めてから一週間、アリナ達の能力は飛躍的に上がっていた。
それこそ、魔物相手であれば負傷せずに倒せるだろう、というレベルまで来ていて、魔王に対抗出来るだけの実力か、と問われるとまだ難しいだろうが、それでも飛躍的に能力が向上していた。
モートの身体強化の魔法も、その精度と効果を増している、アリナ達の体が耐えられるぎりぎりのラインで魔法を掛けていて、ソーラは文字通りグランの座以上の魔力を発揮していた。
それをソーラは実感していなかった、グランの座に到達した人間達は、もっと強いと感じていた、それが幼少期の記憶だった為、それを信じられなかった。
信じていたとしても、自分の実力だけではない、モートの魔力強化の魔法込みでなのだから、それに浮かれている様では、実力とは言えない、と。
「ディンの強さにも、そろそろ慣れて来たねー。だからって、勝てるとは思ってないけどー。でも、わかってきた、って言うだけで少し違うと思うんだー。」
「ソーラはもうこの世界の魔法使いの中ではトップクラスの実力者になってるからな。俺の魔法の感覚が少しわかってきてもおかしくはないか。ただ、俺の使ってる竜神術が使えるか、と問われると、違うだろうけどな。」
「使えるとは思ってないわよー?ただ、ディンの魔法の仕組みって、わからない様になってるって言う言葉がねー、よくわかったって言うか、本当にわからないんだなーって、思うのよー。モートの使う魔法は、なんとなく仕組みはわかるんだけどねー。精霊の魔法って、人間には絶対に使えない様になってるって、お父さん達が言ってたけどー。それを、いつか使える様になるって言うのが、グラン達の目標って言ってたなー。」
「グランウィザードやグランウィッチは、魔導の深淵を知る為に研究を続けている、だったね。でも、僕達精霊の魔法は、魔力の回路が違うから基本的には使えない、使えたとしたら、それは混血である必要がある、かな。人間と精霊の混血は、何度か生まれた事はあるとは聞いた事があるけれど、基本的に精霊にも人間にも迫害される対象になってしまうから、行方がわからなくなってしまう事が多いんだ。ただ、もしもその人達が生きていたり、子孫を残していたら、もしかしたら人間と精霊の魔法の両方を使える存在がいてもおかしくはないかもしれないね。」
今は朝食を食べながら、ディンは今日の修行のメニューを頭の中で組んでいた。
ソーラ達は、腹ごしらえをしこたましないとディンには追いつけない、と考えていて、最近は肉料理も食べる様になったソーラ、しかし朝食は胃が動かないから、とサラダをメインで食べていたのだが、ここ数日は、体力を付ける為にも、と肉料理を食べていた。
この街は稲作は主流ではない、魔法文明として発達している世界ではあるが、主流として米料理が無く、小麦の料理が一般的だ。
セスティアでは食パンと呼ばれる、小麦を捏ねて焼いた料理があるが、こちらの世界では発酵という過程がない為、少々固いパンが主流だ。
発酵技術がない、というよりは、そう言った意味での研究が進められていない為、まだそれをする為の酵母が見つかっていない、と言うのが正しいだろう。
「ディンのいた世界では、パンってどんな味なの?」
「うん?そうだな……。この世界のより、だいぶん柔らかいって言うか、ふわふわしてるな。それに、砂糖とかを塗ったりはちみつとかバターを塗ったりして、それを焼いて食べるって言う文化があるな。それに、甘い豆を潰した、小豆って言う種類の豆をあんこって言う素材に変えて、それを中に入れたりな。」
「素敵だね、食べてみたいな。」
「食べてみるか?一度位なら、許されると思うぞ?」
アリナが、それはどんなパンなのか、と想像して微笑んでいると、ディンは転移魔法を使ってそれを出現させる。
食パンを一斤程度なら問題無い、というべきか、アリナ達守護者は、異世界の事を知っているのだから許されると思ったのか、それをセスティアのディンの家にアクセスして取り出した。
「良いの?」
「良いんだよ、これ位なら、問題ないだろ。」
「俺も食いてぇ!」
「はいはい。」
この世界のパンとは違い、フワフワと柔らかいパンをナイフで切って、ディンは四人に振舞う。
四人は、触り心地からして違うそれを暫く眺めていて、そのまま食べるか、今日の朝食であるカレーに似たスパイスの煮込み料理に入れるかを悩んでいた。
「付けて食べるのが美味しいかな。そのままでも美味しいけど、浸して食べるのが良いと思うぞ?」
「いっただっき!」
「……。美味しい!フワフワしてて、ほんのり甘いね!」
「そうねー!こんなパン、食べた事ないわー!」
「そうだね、この世界にこんなに柔らかいパンはないね。」
感動している四人、そんな四人を見て、ディンは懐かしい感情に支配されていた。
かつて、数百年前、同じ光景を見た、同じ様にアリナがディンにそれを美味しそうだと言い、そしてディンがそれを渡して、四人は感動していた。
懐かしい、とても懐かしい、ディンにとって、忘れられない記憶。
それを呼び起こされている、そんな気がしていた。
「ディン、どうかした?」
「……。何でもない、感動してもらえて何よりだよ。俺のいた世界では、これが基本になって来るかな。国によっては、こっちの世界みたいなパンも主流だったりするけど、基本的には今食べてもらってるのが、主流だな。」
「どうしてこんなに違うのかしらー?なんだか甘い香りもするしー、どういう製造工程になるのー?」
「そうだな、この世界との違いで言うと、発酵って言う過程を含むかどうか、だな。酵母菌って言う菌を練りこんで、そのガスで発酵するって言う過程を挟んで、そこから焼くから、こういう風にふっくらするんだよ。逆に、保存性で言うとあんまり心許ないかな、食べられる間が短い食品でもある。」
「そうなんだね、この世界ではパンは保存が出来るお手軽な食べ物だけれど、保存が出来ないとなると、氷属性の魔法を使って保存をする、とかになるのかな?」
この世界で食料の保存法と言うと、氷魔法で凍らせて保存するか、乾燥させて保存するか、の二択になる、ディンのいたセスティアの様に、科学が発展していて冷蔵庫や冷凍庫があって、という話ではない。
「俺のいた世界は、魔法が使える人間って言うのはいなくてな。逆に、科学が発展してるんだよ。人間は電気や石油って言う燃料を使って、それを保存する冷蔵庫、って言う機械を開発したんだ。最初はまだ、自然に存在する氷を使って冷やしてたんだけど、今では電気を使って保存するのが殆どだな。」
「電気、って雷属性の魔法の事?だよね?でも、魔法が使える人がいないって事は、どういう事になるの?」
「簡単な話、魔法を使わなくても電気を生み出す方法を模索した、って言う結果だな。風や炎、水の流れとかを使って、電気を人為的に生み出す方法を編みだした、って言う歴史がある。他にも方法はあるけど、この世界ではその方法は取られる事はない、って言うか、そもそもその手段を構成する元素が足りてないな。」
アリナ達は、まだ見ぬ外の世界の事を聞いて、目を輝かせている。
魔法が使えないという事は、不便なのだろうが、しかしそれでも人類は発展をし続けた、人為的に雷属性の魔法の模倣をした、という事は、ジンの様に魔法が使えないから、という理由で、放逐される事もないのだろう、それは素敵だ、とアリナ達は感じていた。
「じゃあよ、精霊っていんのか?混血は?」
「精霊は、超自然的な存在として語り継がれてる、物語の中の存在だよ。混血って言うと、人間の中で種族の違いっていうのか、人種って言う枠組みがあって、その中での混血は存在するな。国際結婚、って言って、国を渡って婚姻をする人もいる。」
「そういう人達って、迫害されないの?」
「難しい問題だ。人種によって迫害や差別があったり、戦争があったり、紛争があったり、宗教の違い、価値観の違い、利益の損得の違い、そう言う事でずっと争ってるのが、俺のいる世界、セスティアだ。人間同士での殺し合い、ある種、存在が確認されてる認知されてる存在としては、良くも悪くも人間が一番賢いって言われてるから、そう言う争いは絶えないな。」
この世界に国はない、大陸の違いはあれど、大陸間で差別しあうという事もない、基本的には、人間対モンスターや魔王、という構図が出来上がっている為、良くも悪くも人間は一蓮托生だ。
精霊と人間はそもそも殆ど交わらない、精霊は世界の運営をする上位世界の存在として人間には認知されていて、基本的に交わる事がない。
稀に、それこそアリサの様に人間と番になる精霊もいない訳では無いが、そうなった場合、人間と精霊の壁を壊してしまった存在、として、糾弾や迫害の対象になってしまう。
モートはさらに稀有な例で、精霊が人間と共に生活している事は例が殆どない、それこそ、守護者だったアリナの祖父が、人間を助けていたという記録が残っている程度で、それ以外に人間と精霊が関わった痕跡、というのは殆ど残されていない。
「アリナのおじいさんは、人間を助けたいと願っていた、ってアリサは言っていたけれど、そう言う精霊は本当に少ないからね。……。人間同士での争い、それは悲しいね。人間同士、同じ種族なのに、何故争うんだろうか。人種、って言うのが違うのが、そんなに重要な事なのかい?」
「それは、宗教が起因するな。この世界における精霊への信仰、それと同じ様に、セスティアでは神を祀っている国が多い、神を信仰して、それでいて、それに従わない人間を虐殺していたって言う歴史がある。今でも、色んな宗教があって、色んな宗派に分かれてて、そこでも争いがあったりはするな。人間同士仲良くしろ、って言っても、知性ある生き物に共通して言える事なのかも知れない、それは無理なんだろう。動物でも、群れ同士で争いがあったりするだろう?それに似た感覚だな。」
宗教の違いで争いが起こる、という事に少しピンと来ていない四人だったが、群れの話をされて少し納得した顔を見せる。
この世界は基本的に竜神と精霊を信仰していて、どちらも実在する者達、というのが認識として正しいだろう。
であるからして、架空の存在である「神」を信仰して、そしてその違いによって争いが起こる、というのが、理解出来ない事ではあるのだろう。
ただ、この世界にも、ごく少数ではあるが、魔王を信仰している存在はいる、魔王に世界を滅ぼして欲しいと願っている存在がいないわけではない、とモートだけは知っていたが、それでも、その存在は基本的に魔王の軍勢の軍門に下るだけで、人間と争うという勝ち目のない事はしない、人間だったモンスターというのが少々いる程度で、それ以外の人間は基本的に大きな争いを好まない、それがモートの認識だった。
ジンとソーラは、ある程度の揉め事は経験しているが、大きな戦争は経験をした事が無い、それこそ、歴史の中で、一度か二度人間同士で戦争が起こった事がある、と知っている程度で、それも数千年前の話だ。
アリナはそもそもが森で暮らしていた、だからそれを知らない、という事もあり、単語として戦争という言葉を知ってはいたが、人間同士が争い合う環境、というのを想像が出来ない、という顔をしている。
「まぁ、この世界ではそう言う事が起こらなかった、そう言う事が少なかった、それは救いなんだろうな。ある種、人間と精霊に対する魔王、って言う構図が出来上がってるから、争う余地が無いんだろう。……。だから、皆はその事に関しては気にしなくて大丈夫だ、魔物と、それを使役しようとしてるデモスを倒す事に集中してくれ。」
ディンは、異世界の話はこれでお終い、と食事を終え、煙草を吸いに宿の外に出る。
アリナ達は、戦争がどんなもので、どんな事をしていて、異世界の人間達はどんな営みをしているのか、それを想像しながら、それぞれが食事を終えた。




