二十三話 果てに待つ孤独
「ふー、疲れたね。」
「でもよ、モートの体力強化のおかげで疲れが出てくるのが遅くなったよな。」
「そうねー、私もある程度魔力の増強が出来てるわよー?」
「それは良かった、使えなかったらどうしようかと思ってたんだ。」
身体強化、体力強化、魔力強化の三つの魔法をモートが習得してから三日、ペースを上げて修行をしていたアリナ達は、そろそろディンの出番ではないか、と感じていた。
まだアリナよりジンの方が強いレベルだが、今のままで修行を続けたとしても、最短の道にはならない、と感じていて、それならばディンに修行を付けてもらうのが一番ではないか、と。
ソーラも、そろそろ自分も修行に加わって、錆落としと練度を高めるという行動を取った方が良いのだろう、と感じていた、魔物の至近距離で感じたあの感覚に慣れる、と言うのには時間がかかりそうだが、しかしそれでも何もしないよりはマシだろう、と。
「ねぇディン、そろそろ私達に修行付けてくれないかな?」
「ん?そうだな、そろそろ身体強化にも慣れてきた頃か。なら、俺が出張るのが筋かな。」
「ディンってよ、能力封印してんだろ?それでも俺よりつえぇんに、能力開放したらどんだけ強くなるんだ?」
「そうだな、とある存在を除いて、と言うか、この世界群の誰よりも強くないと、竜神王は務まらない、俺が死ぬ、って事は、次代の竜神王に力を継承する事になるけど、それでも今現状で俺に勝てる存在って言うのは、殆どいないかな。」
ディンより強い存在、というのが想像が出来ない四人は、その存在について少し考える。
ディンより強く、尚且つディンに敵対する相手、そんな相手がいるのだろうか、いるとしたら、どんな見た目をしていて、どんな攻撃をしてきて、どんな活動をしているのか、と。
ディンが世界群を飛び回って世界を守り続けているという事は、その敵対者は世界を破壊しようとする者か、とソーラとモートは考えたが、世界群を超えて活動出来る破壊者、というのが想像がつかない。
「ディンより強くて、ディンと戦う人……。どんな人なんだろう?」
「そうだな、それだけは俺の口からは言えない事だ。この世界群の決まり事、大いなる闇とだけ答えておこうか。正直な所、俺もその正体をしっかりとは知らないんだ。ただ、世界を破壊に導く存在、世界群を破滅へと誘う存在がいる、その存在と戦う為に、竜神王は歴代に渡って力を継承し続けた、っていう経緯があるな。」
「力を継承し続けた、という事は、竜神王様は歴代の力を受け継いでいる、という事になるのかな?となると、初代の竜神王様よりディンの方が強い、とか?」
「俺は完全な竜神じゃない。だから、まだ初代や歴代の竜神王に並ぶ力を持ってるか、と問われると、違うだろうな。ただ、潜在能力的には、歴代の中で一番強い、とは言われた事があるな。それと同時に、俺の息子は、潜在能力としては、俺よりも強くなる素養を持ってる。俺の息子、竜太は、十一代目の竜神王となるべくして生まれた、だから、俺の力を継承した場合、歴代の誰よりも強くなるだろうな。」
竜太、という少年は、現在十二歳のディンの息子であり、竜神であるリュート・アストレフと、坂崎竜太、という赤子の魂を融合した存在だ。
ディンの時は、坂崎悠輔という少年の中にディンの魂が存在していて、いわば一つの肉体という入れ物に二つの魂が混在していた状態だったのだが、ディンはそれが原因で悠輔を一度失った、と考えていて、それを防ぐ為にリュートと竜太の魂を融合した、という経緯があった。
「竜太という子は、今歳はいくつ何だい?ディンの息子という事は、竜神様である事に変わりはないのだろうけれど。」
「今年で十三歳になるな。まだまだ生まれて間もない子だよ。」
「ディンが千歳を超えてるんでしょー?あでもそっかー、竜神様って、何百万年も生きる神様なんだっけー?なら、子供が小さくてもおかしくはないわよねー。」
「そうだな、俺と違って、竜太は人間と竜神の魂を融合した状態で生まれた、だから、何百万年と生きるのか、それとも人間の寿命として生きていくのか、それも今の所わかってないな。ただ、なんとなくだけど、俺が死んで力を継承しない限りは、人間として生きていく気がするな。」
それは、希望的観測でもある。
ディンが死んだ場合、ディンが継承した全ての竜神の力を継承する事になる、ディンが打ち倒した千幾ばくかの竜神達の魂、そして先代までの竜神王の魂、そしてレイラやライラと言った、ディンの血族の魂、それらを継承して、生きていかなければならない。
並大抵の精神力ではそれは叶わないだろう、受け入れる事も出来ないだろう、人間としての肉体では、その暴風雨とも言える量の魂の濁流に、耐えられないだろう、とディンは考えていた。
それは、人間の姿を保っていられないだろう、という推測でもある、竜太が竜神王となった場合、ディンがぎりぎりの所で人間の姿を保っていた所を、人間ではなく竜の姿になってしまうだろう、と。
「……。俺は、竜太に後を継がせるつもりはないんだ。大いなる闇、それとの対決を俺の代で終わらせる、それが目的であって、目標だからな。」
「大いなる闇……。それが、ディンの敵なんだよね?私達守護者が、魔物に対する戦うカウンターだ、って言っていたけど、ディンは、その大いなる闇にとってのカウンター、なのかな?」
「そういう事になるかな。歴代の竜神王は、世界を破滅へと導く存在と戦ってきた、それはどの代でも変わらない、らしい。俺も詳しい事は聞かされていないし、そこまで知ってるわけでもないんだけどな。大いなる闇と竜神王は、一千万年間戦ってきた、それが歴史として知られている事だ。この世界では、神話として残ってたか。大いなる厄災、って言う話があったはずだな。それと、竜神王は戦い続けてきた、って。」
「俺、聞いた事あんぜ?大いなる厄災ってよ、あれだろ?俺達が何世代前か分かんねぇけど、世界を闇に堕とそうとした奴がいて、それに竜神王様達が立ち向かった、って言う神話の事だろ?」
ディンの話を聞いて、ジンが何かを知っている素振りを見せる。
ジンは、歴史に造詣が深い、というよりも、レンジャーという肉体労働の枠組みに入る人間としては珍しく、本をたくさん読むタイプだった。
魔導書を読み込んでいた時期もあれば、歴史書を読み込んでいた時期もあって、それも相まって、ディンの言っている事の意味が分かった様子だ。
ソーラとモートはそもそもが精霊と研究者、大いなる厄災に関しては知っている、という事をディンは知っていたが、前回の世界軸の際、ジンがそれを知っている素振りを見せた事が無かった為、ディンは少し驚いていた。
「大いなる厄災、それは竜神王が立ち向かわなければならない、世界群全体の存亡に関わる大事だ。百万年に一度、その大いなる闇と竜神王は戦ってきた、って言う話だ。それが、何故か俺の代になって、百万年だったのが一万年になって、俺が生まれた時には、もうその存亡に関わる危機に世界は瀕していた、って言う話だな。」
ディンが勝てないかもしれない相手、それに関して理解したアリナは、とても悲しそうな顔をする。
それにもし勝ったとしても、自分達や人間達とは違って、ディンは何百万年と生きる事になるのだろう、そして、数多いた竜神達は、その殆どをディンが殺めたと言っていた、そこから考えられるのは、ディンの途方もない時間の孤独だ。
数百万年後に人間が現存するのか、そして、ディンと触れ合う人間がいるのかどうか、それはわからない事だが、もしも人間が進化していた場合や、人間が滅んでいた場合、ディンは果てのない孤独の旅路を辿る事になるだろう、と。
他に竜神が残っているのかはわからない、ただ、ディンが最期の竜神となった場合、ディンに待っているのはどうしようもない孤独で、どうしようもない悲しみで、それがアリナ心を曇らせる。
「ねぇディン、もしも、ディンがその大いなる厄災に勝って、もしもその厄災が二度と現れないってなったら……。」
「……。その時は、俺は独りぼっちになるだろうな。俺が今、竜太以外の竜神の中では一番若い、それが世界を超える事で歳を重ねた事になったとしても、それでも俺がい地番長生きをする事になる、と思う。でも、それでも守りたい人達がいるんだ。」
「それでも守りたい人達……?」
アリナは涙ぐみながら、ディンの手を握る。
それがどんな人達で、どんな関係性を築いていて、それを知らないアリナからしたら、それは悲しいと同時に、羨ましい。
ディンが命を賭けて守りたい人達、そして、孤独になったとしても生かしたい人達、その人間の事を考えると、胸が苦しくなってくる、と。
「……。それは、アリナ達の事でもある。俺は、家族と守護者達さえ守れれば、他の人間なんてどうでも良いんだ。家族を守りたい、守護者達を守りたい、そして、その為には世界を守らなきゃならない。ただそれだけの為に、俺は戦う道を選んだ。それが竜神達との決別だったとしても、その業を俺が背負わなければならなくなったとしても、人間を滅ぼそうとしたあいつらを、俺は許す事が出来なかった。……。アリナ、俺にとって守りたい存在、その証はな。心の優しい、とても暖かな光を持っている人達の事なんだ。俺の家族、そして世界群の守護者達。皆は、とても暖かな光を持ってる、だから、俺はその人達を守りたいんだ。」
「私達の、事……?」
「そうだ、世界群の守護者達、魂がその在り方を持っている、素養をもって生まれた者達。守護者達は、何処に行ったって、度の守護者だって、暖かな心を持っていたんだ、アリナ。それはアリナ達も変わりはない、どれだけ自分達を穢れた存在だと認識していようと、どれだけ落ちぶれた存在だと思っていたとしても、それは変わらないんだ。」
「でもよ、俺達には戦ってほしいって思ってるんだろ?なのに守りてぇって、違くねぇか?」
「違くないよ、ジン。俺に出来る事、俺が守護者達を守る為に出来る事、それは守護者達を育ってて、世界の守護を終えた後の人生を謳歌出来る様にしてやる事なんだ。無駄死にさせない為にも、道半ばで死んでしまわない為にも、俺は戦う術を身に着けさせる。それしか、俺は守護者を守る術を知らないんだ。俺が全てを解決する、それは許されていない事なんだ。世界群を先代が生み出した時、世界を別った時、そのルールを敷いた、だから、俺達竜神は、そのルールに従わなきゃならないんだ。俺の命をもって、そのルールを変える事は出来るかもしれない、ただ、それをしてしまったら、竜太に全てを背負わせる事になってしまうんだ。だから、俺に出来る事、それは守護者を育てる事なんだよ。」
アリナの手を握り返し、ディンは悲し気な顔をして話をする。
ジンは、そう言う理由なら、と理解をした様で、モートはその仕組みを知っていたから驚かない、という表情で、ソーラは何かに納得した様子を見せる。
アリナは、それでも守りたいと願った、というディンの言葉を聞いて、涙を流してしまう、それまでの覚悟を持って、文字通り命を削ってまで、ディンは世界を守っている、守りたい者達の為に、命を懸けている、それが、悲しくも誇らしい、そんなディンに恋をしている自分まで、まるでそんな気になってしまう程、アリナはディンの事を想っていた。
「ディン……。貴方は……。」
「だから良いんだ、アリナ。たとえ、果てに待つのが果てしない孤独だったとしても、俺は守りたい、そう願った。そうじゃなかったら、竜神達に任せて、世界を滅ぼせば良かったんだから。それをしなかった、それを望まなかった、それは俺の選択だ。俺は、俺自身の選択を間違ったものだと思ってない、竜神達を殺めた事を、間違った事だとは思ってない。人間を守る、そう誓ったあの日から、俺の歩む道が決まってしまったとしても、それが孤独の道だったとしても、それでも俺は、皆を守りたいんだ。」
「……。ディンは、果てに待つ孤独を知っていて尚、守りたいと誓ったんだね。その決意、その意思、その想いが、自分自身の命を削ってしまったとしても、それを許容出来てしまう位に……。悲しい、そう感じてしまうのは、僕のエゴかもしれない。ただ、ディンに守りたい人達がいる様に、僕達だってディンに幸せになってほしいんだ。まだ、出会って幾ばくかの時間しか経っていない僕達がそれを言うのは間違っている、それはわかってるよ。ただ、僕も沢山の人間を見てきて、沢山の精霊達を見てきて、皆に幸せになってほしいと願ってた。それが竜神様だったとしても、竜神王様だったとしても、僕の想いは変わらないんだ。ディン、ディンは果てに待つのが孤独だとしても、それでも幸せなのかい?」
「……。幸せか不幸か、それはなってみないとわからない事だと思う。それは、今はまだわからない事なんだ、モート。ただ、俺はそれを誇りに思っている、俺は、皆を守れる事を、守ろうとする意志があり続ける事を、誇りに思ってる。俺の剣の名は誇り、竜の誇り。竜神の剣は、その竜神が生まれ持って持っている感情、その中で最も強い、最も大切にしなければならない事柄、そんな事が名前になるんだ。俺の剣の名は誇り、それは、愛する人達を守る事を、誇る剣。俺はな、モート。その果てに何が待っていたとしても、今を生きる事を選んだんだ。それは、竜神としては間違っている感情かも知れない、竜神王として、間違った選択かもしれない。ただ、俺は今を生きたい、今を大切にしたい、そう願った。その果てに孤独が待っていたとしても、どれだけの時間を孤独に生きていかなければならなかったとしても、今がかけがえのないものだったら、それで良いんだ。」
ディンは、本気でそう言っている、モートはそれを理解した。
果てに待つ孤独、それを理解している、そして、そうなる事を知っている、ただ、それでも今を生きる事を選んだ、未来を生きるのではなく、今を生きたいと願った、と。
それは、ディンが世界軸を移動した事に起因する感情だ、ディンは一度家族を失っている、闇に堕ちてしまった千年前の守護者の竜神、デインに敗北し、兄弟として接していていくれていた、陰陽師の末裔達を失っている。
それが嫌で、それが許せなくて、それが受け入れられなくて、孤独な終着を迎えるとしても、家族を守りたい、兄弟を守りたい、そう願って、時空超越という、過去に戻る魔法を発動したのだ。
結果として、ディンが過去に戻る事は無かった、というのは、その世界軸の、過去に戻る事はなかった、不完全な竜神王であるディンの時空超越は、過去に戻る事を許されず、世界軸を跳んで、所謂並行世界へと跳ぶことになった。
その結果生まれたのが竜太であり、そして今現在は、父として兄弟達と接している、それが間違いだったのかもしれない、それは正しかったのかもしれない、ただ、ディンの元居た世界軸は、守護者を失い終末を迎えた。
その事は、ディンだけが知っている、ディンのみが知り得る情報だ。
「なんだかなー。ディンの想いは素敵だけどー、悲しいのねー……。」
「そだな、ディンがそれで良いってんなら、俺達がとやかく言える事じゃねぇけどさ、なんだか悲しいよな。」
ソーラとジンは、ディンの決意を悲しいと感じていた。
それは悲しい事だ、孤独が決まっている、独りぼっちで生きていかなければならない未来が待っているのにも関わらず、それでも世界を守らなければならないのだから。
「ディン……。ううん、貴方はきっと……。」
アリナは、ずっとディンのそばに居たい、と感じていた。
果てに待つ孤独、そのそばに居られたら、寄り添って、生きていけたら、と。
それが出来ないのはわかっている、数百万年を生きる竜神とアリナでは、寿命が違いすぎる、それはわかっている。
だが、それを願わずにはいられなかった、そう願わずにはいられなかった。




