第二十二話 支援魔法
「それで、支援魔法ってディンは言っていたけれど、具体的にはどういった魔法になるんだい?」
「まずは膂力、基礎身体能力を上げる魔法だな。その後に防御系の魔法を覚えてもらうのが一番だろう。」
街の修錬場に来ていた五人、ソーラとジンがアリナの修行を付けている間に、ディンはモートに支援系の魔法を教える時間を作っていた。
それが終わったら、全員でディンと修行になる、時間はあまり残されていない、というのが四人の認識で、モートはモートなりに焦っている、というのが正しい感情だろう。
「どうやって覚えればいいかな?」
「そうだな、俺がモートに掛けてみて、それを真似するのが一番早いだろうな。」
ディンはそう言うと、一冊の本を取り出す。
それは、精霊の文化における魔導書で、ディンがこの世界に来るにあたって、竜神の住まう世界から持ち出したものだった。
『身体強化。』
「……。」
ディンが唱える、それは身体能力を上げる、一種の上昇効果を持っている魔法だ。
精霊の中でも初級魔法に当たる、しかし回復魔法しか学んでいなかったモートにとっては、知ってはいたが使えない魔法。
それをモートに掛ける、モートは、身体能力が向上する感覚を覚えて、今ならある程度肉弾戦が出来る程度に向上している、と感じていた。
この魔法は使用者によって上昇量が異なる、その使用者の魔力によって、もたらされる恩恵が変わってくる、という性質を持っているのだが、ディンが全閉状態で使っていてこれなのだから、モートが使った場合、何段階か強化された状態の魔法になるだろう、という事が推測される。
回復魔法しか使えない、と一口に言えば簡単な話かもしれないが、この世界において、回復魔法とは上級魔法に位置する、そして、精霊のみが使える類の魔法で、発動には多くの魔力を消費する。
モートはそもそもの魔力量が精霊の中でも高い方だ、というのがディンの認識で、回復魔法を使える時点で、精密な魔力操作を出来る、という事になる、と考えていた。
事実、ディンは治癒魔法を他人に使う事をしない、しようと思えば出来ない事はないが、竜神の使う回復魔法は、人間に使ってしまうと、身体に異常をきたす可能性があり、そして現在のディンでは、それを完璧にコントロール出来るかと問われると、否と答えるだろう。
移癒という、他者の傷を自身に移して、そしてディン自身の魔力で治癒能力を高めて治療する、という高等技術を持っている、それはある種治癒魔法より難易度が高いのだが、ディンとしては、魔力の接触が一番少ない移癒が使いやすい、と感じていて、普通の治癒魔法は使わない。
「これを僕もやってみれば良いんだね?」
「そうだな、モートはセンスはある方だから、一回覚えれば大体の事は出来るだろうな。」
ディンに魔法を使ってみる、ディンは魔力耐性が高い、それは能力の向上だろうと下降だろうと、基本的に他者の魔法を受け付けない、そういった類の魔力を持っている為、効果の程がわからなかった。
「あれ?失敗したかな?」
「いや、俺には基本的に魔法が効かない、ってだけだ。アリナ達に発動してみると良いな。」
「わかった。アリナー、ジンも必要かな?」
「どうかしたの?」
アリナとジンを呼んで、モートは掛けられた魔法を基に、それを解析して発動する。
『身体強化』
「お、なんか体の中から力が湧いてくるみてぇだ!」
「そうだね、なんだか普段以上の力が使えそう!」
身体強化は基礎的な魔法、万が一精霊が戦うという事になった場合、最初に教えられる魔法でもある、それを使えない様では、そもそも回復魔法は使えないだろう、という事をディンは知っていて、だからモートはすぐに身体強化を使える様になるだろう、と理解していた。
護身術としての意味合いが強い魔法ではあるが、元来戦闘に向かない精霊が、戦うという選択肢を取った場合、最初に教わる魔法、そして、必ず覚えなければならないと言われている魔法、それが身体強化だ。
先代の守護者であるアリナの祖父、ドーガンが得意としていた魔法でもある、とディンは認識していて、ドーガンは元来武力が高い方ではなかったが、身体強化を極める事によって、戦う為の土台を整えた、というのが、精霊の中で伝わっている伝承だ。
でなければ、魔法には長けていても、身体能力としての武力としては人間に劣る精霊が、魔物を相手に戦える理由が無かった、というのが、精霊達の認識だったのだろう。
千何百年か前、その時は人間から守護者が選抜されていて、精霊は武器を与えるだけだった、という記録も残っていて、代々人間から選抜されるはずだった守護者と言う役割が、精霊から選ばれた特例、としても、ドーガンは有名だった。
「じゃあ、これを元にやってみようか。ディン、他の支援魔法はどんなものがあるんだい?」
「一個一個覚えてもらうのが一番だな、次は……。」
ジン達が身体強化をどれ位維持できるか、という課題は残りはすれど、一度使われただけの魔法を発動出来る、というのは、モートの魔法の潜在能力の高さから来るものだろう。
逆に考えれば、回復魔法と言う高等魔法を使えるのに、初球の魔法に当たる支援魔法を使えない原理はないはずだ、と。
前回の時もそうだった、何故か回復魔法しか使えなかったモートは、ディンが精霊と交渉した結果得た魔導書を読んで、一回でそれを発動していた、それがディンに掛けれられる、というプロセスに変化したとしても、それは変わらないのだろう。
「ふー……。普段より疲れるのが早いかな?」
「そだな、なんとなく、普段より体力使ってる気がするわ。」
三十分程、モートがディンに色々な支援魔法を掛けられている間、近接戦闘の修行をしていたアリナとジンは、普段より疲れを感じて休憩を挟んでいた。
ソーラは、それを見ながらどこで魔法を差し込むか、どこで攻撃を入れるか、それを計算しながら、二人が休憩するのなら自分も休憩をしよう、と修錬場のベンチに座って、水を飲む。
「身体強化、だっけ?それを使ってもらった影響なのかな?普段より動けるけど、その分体力を消耗するとか。」
「どうなんだろな?ディンはなんかわかんねぇのか?」
「ん?そうだな。身体強化と体力強化は別の魔法だからな、それの弊害だろうな。身体強化は、文字通り身体能力を向上させる魔法、そこに体力の強化は含まれてない。それで、今モートに丁度掛けたのが、体力強化の魔法だ。これは、身体能力強化より少し難しい魔法だけど、体力の底上げに使う魔法だな。後は魔力強化と、硬化の魔法が支援としては一般的な魔法になってくるかな。硬化の魔法を極めれば、殆どの武器では体が傷つかなくなる程度には、防御力が上がってくる、ただ、その代わりにそれは体力と魔力を消耗する、だから、どっちかを優先するか、どっちとも中途半端か、暫くはそんな感じになるだろうな。」
身体強化魔法と、体力強化魔法が違う、それはモートは知っていたが、他の三人は知らなかった、魔力の強化という魔法がある事も知らなかった、ならば、魔力の強化をした場合、ソーラはどれだけの力を得る事になるのか、と言われると、それはモートの熟練度次第な所があり、発動者の熟練度によって、効果時間やその強さは変わってくる。
硬化、という魔法を極めた場合、大概の武器の攻撃であれば、素手で受けられる程度の効力を得る事が出来る、ただ、それを出来る様になる為には、数十年の鍛錬が必要だ、と精霊達の中では言われている。
精霊の中でも、傭兵の様な役割を持っている下級の精霊がいるが、その精霊達が、基本的に習得するのが身体強化と体力強化、そして硬化の魔法だ。
ただ、それを鍛錬する事は基本的に許されていない、精霊は縦社会的な面が強く、上位の精霊に対して反旗を翻す可能性がある事、に関しては基本的に下級の精霊達は禁じられている。
稀にモートの様に上位の存在でありながら異端とされる事もあるが、モートは異例中の異例、精霊が数千年を掛けて習得する回復魔法を、十五歳の頃に発動しようとして発動出来てしまった、という異例の存在だった。
そもそもが治癒の魔法に特化した魔力を持っていたモートは、幼少の折から回復魔法を鍛錬してきた、適性があると認識されていて、精霊の中でも稀に生まれるレベルの魔力を持って生まれた、というのがあったが、しかしそれでも、その稀に生まれる精霊でさえ、数百年の鍛錬の末に回復魔法を使える様になる、それを十五歳で使える様になった、それはモートが歴代の精霊の中でも初めての存在で、それが原因で、モートは異端と扱われていた。
「モートの魔力操作は、ソーラより繊細だからな、多分修錬はそこまで必要にはならないだろうな。勿論、ソーラも十分凄いとは思うけどな。十二歳でウィッチになった、それは歴代のウィッチの中でも、最年少だ。今のソーラなら、グランの座にいてもおかしくはないだろうしな。」
「そうかなー?私、研究気質じゃないからー、グランになる事は無いと思ってたけどねー?」
「実力的には、お父さん達に追いつくレベルだと思うよ。俺の見立てでは、だけどな。ただ、ソーラの性格的に、グランを名乗る事はしないとは思ってる、そう言う子じゃないって、少し関わっただけでわかるから。グランの座に到達するだけの能力はある、ただ、性格的にそれを欲してない、それよりも、って言う感じなんだろうな、って。」
身体強化の魔法、それは初級とはいっても、精霊しか扱えない魔法だ、繊細な魔力操作をしないと、掛けた者に異常が出てきてしまう。
それが今のところない、二人は少し疲れるのが早くなっただけで、身体に異常をきたしていない、という事は、モートの魔力操作の能力は、余程ポテンシャルが高い事が伺える。
ディンはそれを知っていたから、最初からアリナ達に掛ける様に促したが、本来であれば、下級の精霊相手に練習をして、慣れてきたら他人に掛ける、ないし自分に掛ける、それが精霊達のやり方だった。
本来人間に掛ける事を想定されていない魔法、それが精霊の魔法だ。
だから、それを人間に掛けても問題が起こらない、それはモートの生来の魔力の親和性もあるが、それだけ綿密な魔力操作が出来る、という事でもある。
「じゃあ、次は体力強化の魔法を掛けてから身体強化の魔法を掛けてみようか。二人がもう少し休憩したら、で良いかな?」
「私、行けるよ!」
「俺もいけるぜ?」
修行に使える時間はあまり残されていない、というディンの言葉を覚えていたのか、二人は揃って立ち上がり、何時でもどうぞと剣を構える。
ソーラはソーラで、魔力強化の魔法を受けた場合の想定をして、どれ位上がるのか、どれ位魔力として上昇するのか、それを知りたいのか、立ち上がって少し場を整えている。
「モート、魔力的には大丈夫か?」
「うん。回復魔法を使っている時に比べると、あまり魔力を消費している感覚もないかな。後数回、なら皆に掛けても問題ない位だと思うよ?」
「わかった、それじゃ、それを想定して修行を始めようか。」
ディンは、まだ自分が出る場面ではない、ディンが四人に修行を付けるのは、この身体強化系の魔法に慣れたらだ、と考えていて、それ位の猶予はあるだろう、と南の大陸を探知しながら考えていた。
南の大陸、魔王デモスが支配する大陸は、その闇の濃さを増している、ただ、まだそこまで慌てる程でもない、というレベルだ、とディンは認識していた。
だから、ではないが、最大限皆のペースで修行を、と考えていた、それ位の余裕はあるだろう、と。




