第二十一話 魔物と探知と
「魔物だな、行こうか。そうだ、皆には魔物の気配を覚えて貰わないといけないから、俺が戦うよ。皆は、魔物の気配を覚える事に集中してくれ。」
「うん、わかった。」
『同時転移』
宿で書物を眺めている時、ディンが魔物の気配を探知し、それを四人に伝えて、転移魔法を使う。
五人はその場から消え、同時に書物が誰かに読まれる事が無い様に、と認識阻害の結界が張られた。
「さて、行きますか。」
転移した先、ウィザルとは違う街の入口付近で、魔物は出現していた。
アリナ達は、改めてその魔物を観察する、気配を覚えなければと考えた時、どう気配を覚えれば良いのか、それが分からなかったが、本能的な部分がそれを補ってくれるだろう、とディンは言っていた。
だから、観察をする、今回の魔物は、植物に手足と触手が生えた様な形をしていて、前回の四足歩行の獣型の魔物とは、様子が違う事が伺える。
ただ、魔物である事に変わりはない、その気配、悍ましいとも言える、恐怖すら覚える、その気配。
それを、心身に叩き込む、その為にここで観察をしなければ、と四人は考える。
「竜神剣・竜の誇り。」
そんな四人を庇う様に、ディンは魔物と対峙する。
ディンにとってそれは、当たり前の行動、魔物と戦う事も、守護者に協力することも、当たり前の行動だ。
それに疑問を持った事はない、疑問に思う余地もない、それが、ディンアストレフの存在する意味であり、竜神王たる者の存在する意義なのだから。
「こっちだ。」
魔物を誘い、ディンの方に攻撃が向いてくる様にと挑発する。
魔物は根源的に光を恐れる、と言えば良いのだろうか、それとも、光を羨んでいるのだろうか、強い光に向かっていく習性があった。
それを考えると、以前の世界軸の業という、闇全てを持っているディンと、守護者達で言えば、守護者達に向かっていきそうなものだが、竜神王と呼ばれるのは伊達ではない、その強い光を以て、魔物達を誘導する。
「怖い、ね……。」
「そうねー……。戦った時は、こんな風に気配を探知する暇が無かったけどー……。こうやって集中すると、悍ましいねー……。」
「なんか、背中がゾワゾワするってか、そんな感じがするよな。」
「そうだね、そんな感覚があるよ。」
全ての生物は、光と闇を持っていなければ、存在出来ない、それは生物に限った話ではあるが、全ての生物は、須らく光と闇の両方を心に宿している。
ただ、その闇の集合体たる魔物を見ていると、心が恐怖を覚えてしまう、それは間違いではない、そして当たり前の事だ。
だが、それでは戦う事は出来ない、守護者とは、その闇と戦わなければならない、その恐怖心を抑えつけ、克服し、そして戦わなければならない。
それが守護者の守護者たる在り方、そして、それはこの世界この時間では、アリナ達だ。
「……。」
それを本能で理解している、これは、勇者では戦う事は出来ない、自分達しか戦う事は出来ない、と理解している。
だから、その恐怖とも戦わなければならない事もわかっている、わかっているから、こうして今ここに立っているのだ。
「おっと、そっちには行かせない。」
四人が恐怖と戦い、本能にその気配を染み込ませている中、ディンは、百体はいるであろう魔物を、一人で相手していた。
ディンにとっては、この程度の数は問題にならない、この程度の強さなら、普段漏れ出ている魔力だけで戦える。
ただ、それを今の四人にしろ、と言っても、出来るとしたらソーラだけだろう。
まだ戦闘経験の浅いアリナと、回復専門のモート、そして、魔力のコントロールがまだ出来ていないジンでは、この数の魔物都は戦えないだろう。
ディンの認識では、まだデモスは魔物を使役しきれていない、というよりも、それを御しきれる存在は殆どいないだろう、今戦っている魔物は、まだモンスターとの融合体ではない、という認識だった。
「甘いな。」
それらを倒しながら、アリナ達の探知の精度が一気に上がってくれると助かるが、と考え、アリナ達の方を見やる。
アリナ達は、食いつく様に魔物とディンの戦いを見ていて、これなら魔物の気配を覚えるのも時間の問題だろう、という感覚だ。
「行かせない、って言ってるだろ?って言っても、通じないか。」
魔物は、どこから発しているのかわからない、不快な音を立ててディンに突撃してくる。
ディンの放つ光、眩い程の光に、魔物の生命活動としての本能、それを消し去りたいという本能が、刺激されているのだろう。
それと同時に、魔物は恐れている、とディンは感じていた。
元来魔物は、生命体の負の思念が、その生命体の許容量を超えた時に発生する存在、負の思念とは、闇と言い換えても通じるだろう。
その闇は、光を恐れている、そして、光に焦がれている、それがディンが戦い続けている内に、気付いた事だった。
本来ならば、光と共にあるはずだった存在、零れ落ちてしまった、欠落した存在、それが、共同体だった光を求めて、苦しんでいる。
苦しんでいて、その苦悩から逃げたいという想い、感情があり、そして光を襲うのだ、と。
「っと。」
酸の様な液体を噴射され、それを躱しながらディンは考える。
魔物、その在り方、その悲しさ、そして愚かさを。
いつも考えてしまう、考えた所でその在り方が変わる訳ではない、魔物を魔物たらしめるのは、どうしようもなくなって、行き場を失った闇だ。
竜神王は光を守る者、光を育み、そして守る者だ、だから、闇である魔物を慮る必要は、元来無いだろう。
ただ、ディンは憐れんでしまう、それだけの闇を抱え、救済すら許されていない者達がいる、それを憐れんでいた。
人間を疎んでいる、と言って憚らないディンだったが、主にその人間から生まれる魔物に対しては、そう言った感情を持っていた、それは、ある種魔物は生命体に対する被害者である、という認識があるからだ。
竜神剣、それは闇を癒し還元する剣、その意味する所は、その切っ先をもって闇を癒し、元あった場所に還す、という意味合いだ。
「……。」
残り十体、後は気を抜いたところで勝てるだろう、ディンは目測を立てて、アリナ達の方を見て、確認をする。
各々、魔物の在り方を覚えただろう、それはつまり、探知が出来る様になってくるだろう、という事だ。
テンポを上げて、一気に十体の敵を倒す、アリナ達は気づいていなかったが、その速度はジンに修行を付けている時の数倍の速度だった、つまり、ディンの今の強さは、能力を封印していたとしても、ジンの数倍だという事がわかる。
超えろ、というのは酷な話だが、せめて数段階は解放したとしても、ついてこれる程度の強さになってもらわなければ困る、それがディンの考えだったが、現状それをさせる事が出来るのは、ソーラだけだろう。
ソーラは元がウィッチと呼ばれる上位の人間なだけあって、ディンだったとしても二段階は解放しないと遅れを取るだろうが、ジンやアリナ相手では、まだ一段階も解放をしていない。
「皆、魔物の気配は覚えたか?」
「うーん……。多分、覚えられた、と思うよ。」
魔物をあっという間に倒し、ディンは剣を消してアリナ達に問う。
アリナとモートはぼんやりと、そしてジンとソーラはしっかりと、魔物の気配を覚えていた、というのがそれぞれの認識で、これからは主に、ソーラの転移魔法を使って活動する事になるだろう、それが正しい、竜神はあくまでサポートが役割だ、竜神王になったとしても、それは変わらない。
「魔物って、本当に怖いのねー……。私、こんなに怖いって思った事、人生で無かったわよー?ほら、何日か前に戦った時には、そんな事考えてる余裕もなかったしー、そもそも気配を探ってた訳じゃなかったでしょー?だから、分からなかったんだけど、こんなにも怖いとは思わなかったなーって。」
「そうだね、魔物は僕も記録でしか知らないけど、ここまで恐ろしい存在だとは思わなかった。……。立ち向かうには、どれだけの勇気が必要なんだろうか、そんな事をふと考えてしまったよ。僕は後方支援が基本だから、まだ平気な方かもしれないけれど、アリナ達はどれだけ怖いか、それを想像するだけで……。」
「ホントによ、ゾワゾワするってか、本能がこえぇって言ってる感じがするんだよな。……。戦えっかな、俺達。」
それぞれ、魔物の脅威というのを、本能的に感じ取っていた。
それが当たり前の世界では、それぞれが対処するのが当たり前、というのがそうなのだが、この世界においてはそれは違う、魔物とは、ある種天災の様な存在だ。
それを魔王が使役しようとしている、使役出来るとは限らないが、モンスターと融合させる事により、ある程度のコントロール権を得ようとしている、それはまだディンしか知らない、知らないのだが、魔物をコントロールしようとしている事に関しては、アリナ達ももう知っている。
だから、ではないが、モンスター相手に戦えたとしても、魔物相手に戦う事が出来ないのが勇者だ、と言われても、納得してしまう、それだけ悍ましい気配を持っていて、それだけ恐ろしい存在なのだと、アリナ達は認識した。
ただ、その存在と戦わなければならない、そんな恐怖をしている暇はない、恐怖に支配されている時間はない、とも。
「さて、街に戻るか。」
「うん。」
『同時転移』
転移魔法を使って、ウィザルに戻る。
周囲に人はいなかった、だから今回は被害がなかった、それは僥倖ともとれるだろう。
街の入り口で良かった、とアリナ達はホッとしていて、転移でウィザルに戻る。
「それで、魔物と戦う事について、改めて思った事はあるか?」
「うーんと……。怖いって言うのはよくわかったけど、私達で戦えるのかなって。ほら、ソーラとジンはずっとレンジャーだったりウィッチとして活動してたでしょう?私はまだ、一か月も修行をしてないからさ、戦えるのかなって。」
「そうだな、今のアリナじゃ、弱い魔物相手位しか出来ないだろうな。ただ、それを強い魔物相手に出来る様にするのが、俺の役割だ。」
宿に戻って、文献を眺めながら、ディンが問うと、アリナが不安を吐露する。
それは当たり前のことだろう、魔物と言う世界の脅威に対して、自分は弱すぎる、それを痛い程感じている、それがアリナの心境だ、それをディンもよくわかっていた。
だから、ではないが、これからは修行のペースを早めないと駄目だ、とも感じていて、今までの様にアリナのペースに合わせての修行、はここから先出来ないだろう、と判断する。
「修行のペースを上げる、それはアリナ達に無理をさせる事になる、それはわかってると思うけど、そうだな……。魔物がどういう存在で、どういう脅威で、って言う事を認識した以上、これからはゆっくり修行は付けられない、ペース配分はある程度考えるけど、個々の修行然り、連携の修行然り、少しペースを上げていかないといけないな。モートも、そろそろサポート系の魔法を覚えてもらわないと困るかもしれないな。」
「僕もかい?」
「そうだな、モートは支援型の魔法が主になる、それは間違いじゃないだろう。生来の気質って言うか、そう言うのが支援向きの魔力だからだな。でも、回復だけじゃ役回りとしては足りない部分が出てくる、だから、支援魔法をある程度覚えてもらう必要が出てくるはずだ。」
「でも、僕は精霊の湖畔を出てしまった身だから、精霊が今更魔法を教えてくれるとは思えないけれど……。人間の魔法は僕には使えないだろう?」
「そうだな、精霊はモートに魔法を教えたりはしないだろうな。ただ、それだけが全てじゃない、って言えば良いかな?俺が覚えてる精霊の魔法、それを教える事は出来るだろう?」
ディンの言葉を聞いて、モートは驚く。
竜神が精霊の魔法を使えるとは思わなかった、竜神には竜神固有の魔法があり、それを使っていると認識していた為、精霊の魔法を行使出来るとは考えが及ばなかった様子だ。
「ディンは精霊の魔法が使えるのかい?」
「竜神は、その世界にいる時に限って、その世界の魔法を行使する事が出来る、それは、そう出来ないと困る事があるからだな。だから、俺はこの世界にいる時に限って、精霊の魔法も、人間の魔法も使えるって事になるな。勿論、アリナのお母さんが遺した魔導書だったり、ソーラが持ってる魔導書だったり、難易度の高い魔法に関しては、ある程度熟達しないと使えないけど、そこまでじゃない、中級クラスの魔法だったら、使えるよ。」
「そうか、竜神様はその世界における守護者の育て役、だから使えないと困るって事だね?」
「その解釈であってるよ、モート。だから、明日からは暫く、アリナにはジンとソーラに鍛えてもらって、俺がモートに支援系の魔法を教える、それを基にして、連携を覚えてもらうって言うのが、一番近道かもしれないな。」
ソーラは、ディンが自分の持っている、グランの座レベルではなければ使えない魔法、に関しても、ある程度の熟達で使える事に驚いていた、ただ、そもそも神と呼ばれるだけの存在だ、それ位出来てもおかしくはないだろう、と考えを纏める。
ジンが魔力を持っている事に気づいていたり、精霊の魔法が使える、という事が当たり前なのだから、それもそうだろう、と。
「それじゃ、明日からペースを上げて修行するから、覚悟をしておいてくれよ?」
ディンはそう言うと、文献を眺める。
以前の世界軸との違い、何か差異があったり、何が違って何が一緒で、という事を確認しておきたい、という思いがあったのだが、それは言えなかった。
アリナ達は、修行に備えて覚悟をする、それはまだ甘ったれた覚悟かも知れない、ディンからしたら、まだ甘いと言われてしまうかもしれない、ただ、それでもやると決めたのだ、と。




