第十八話 煙草
「ふあぁ……。」
「ソーラ、おはよう。」
「アリナ、おはよー……。寝れないと思ってたけど、意外と寝れるわねー?」
キャンプを張った翌朝、日の出とともにソーラは目を覚ます。
アリナは先に起きていて、軽く運動をしていた、ディンやジン達ももう起きていて、現在は朝食をディンが作っている。
「おはよう、眠れたか?」
「うんー。意外に寝れた感じがするわー?皆は眠れたのー?」
「俺そもそもテントで暮らしてたし、寝るのはなんの不自由もなかったぜ?モートも結構ちゃんと寝たみたいだしな。」
「そうだね、意外な事だと思ったけれど、こういった場所で寝るって言うのは初めての経験だった、でも眠れたね。」
今日の朝食は、昨晩作ったシチューの残り、ソーラには野菜を用意していたが、それはソーラが本当に野菜しか食べた事が無いからであって、これから必要であれば、その流れを切る必要があるかもしれない、とモートは考えていた。
「うーん……。どうしようかしらー?」
「どうかしたの?」
「ほら、私だけ違うもの食べるっていうのはさー、なんだか違う、って思うのよー。今までは街で暮らしてたんだし、それでもよかったんだけどー。これから先、それは皆の負担になっちゃいそうじゃないー?」
それはソーラも自覚していた様子で、今までの人生で野菜か果物しか食べた事が無かった、偏食というわけでもないが、それをする必要が無かったからそうしてこなかった、しかし、これから先の事を考えると、今から野菜や果物以外の食べ物に慣れておいた方が良い、と感じていた。
「食べてみるか?シチューなら、野菜も使ってるし、まあソーラが食べる葉野菜と違って根菜だから、少し趣は違うかもしれないけどな。パンもあるし、それを付けて食べてみるのはありだな。」
「うん、そうしてみるわー?」
こだわっていた訳ではない、ただ、習慣としてそうしていただけだ、食に興味がなく、最低限栄養さえ取れていれば良かった、というのがソーラの感情で、今では少しだけ、それに興味がある、そんな所だろう。
シチューの香りを嗅いで、自分が食べられるものかどうか、それを判断している。
「さ、出来た。パンもあっためたから、食べよう。」
「お、腹減ってたんだー!」
「頂きます。」
「ソーラ、食べてみる?」
ソーラ以外の四人は、器に盛ったシチューにパンを付けて食べている、ソーラは、それを初めてやってみる、と少しわくわくしていた。
「……。美味しー!こんなに美味しいなら、もっと早く食べておけば良かったわー?」
「良かった、口に合うかどうかがわからなかったからな。」
ソーラは、目を見開いて衝撃を受けている、初めて感じる動物性の旨味、そして根菜とミルクの香り、それらが合わさって、ソーラに衝撃を与えている様子だ。
「これならいっぱい食べれそうだわー?」
「良かったね、ソーラ。ずっと野菜ばかり食べていたから、こういうのが食べられるかどうかは、少し不安だったけれど、大丈夫なんだね。」
ソーラが、普段の小食ぶりは何処へやら、パクパクと口にパンとシチューを放り込んでいる姿を見て、モートは安心していた。
ウィッチやウィザードという人種は、基本的に食事を取る事が少ない、というのは、精霊の湖畔にいた頃から知っていた、上級の使い手になると、大気中の魔力、マナを栄養に転換し、そして体内を循環させる事で、食事すら取らない、という事を知っていた。
そんな中で、ある程度は食事という事をしていたソーラが、野菜以外を食べる、それは想像がつかない事だったが、それはそれで有りなのかもしれない、と。
「シチューってよ、二日目の方が美味いんだぜ?昨日のも美味かったけどよ、大将が言ってたぜ?こーいう煮込み物ってのは、一日位置いとくと味が良くなる、って。」
「そうなのー?素敵ねー!」
「ソーラったら、まるで子供みたいだね。初めて美味しい物を食べた人って、そう言う反応になるのかな?私も、街に出てくる前は森の生き物しか食べた事が無かったから、新鮮だったけど、ソーラみたいに野菜しか食べない、ってわけでもなかったから、最初はびっくりしたんだよ?」
ディンはある程度食べた後何処かに行って、四人は食事を続ける。
特に、普段は小食なソーラが、二杯目をおかわりした事について、三人は驚いていた。
食事に意味を見出せなかった、それが当たり前だったソーラにとって、食事の喜びというのは、未体験の事だったのだろう。
ソーラ自身、ウィッチとしての歴はある程度ある、小食なのも、ある程度は大気中のマナを転換していて、胃を動かさないと体に支障をきたす、という理由だけで食事を取っていた、だから、美味しいと感じる体験をあまりした事がなかった。
街に出てからは、少しだけそう言った体験をした事はあったが、ここまで感動したのは、食事に関しては初めてだろう。
それほどに無頓着だった、栄養補給とは、研究の時間を邪魔するもの、という認識、それがウィザード達の中では常識だった、というのが伺い知れる。
「ふー。」
四人から少し離れた場所で、食後の煙草を吸っていたディン、ディンは、探知魔法を使って、魔物の所在を探知していた。
現在、魔王が支配しているという南の大陸の方に魔物は集中している、昨日戦ったのは、いわば先兵の様なものだろう、と考えられる。
まだデモスは魔物を使役しきれていない、ただ、ここから先、魔物を完全に使役出来る様になってしまったら、世界各地で魔物が現れるだろう。
その前にデモスを討伐するのが最善、最悪の場合、各地で魔物による被害が増えてくる、そして、その被害によって負の思念は増幅し、魔物が強大な存在へと変貌を遂げる、そうなる前に、何とかしておきたい所だ、とディンは考えていた。
ただ、以前の世界軸の時には、デモスが魔物を使役し始めた頃には、アリナ達は南の大陸にたどり着いていた、それに比べて、今回はまだ旅を始めたばかりだ。
歴史の差異、歪みとでも言えるだろう、そう言った違いがある、だから、ディンも慎重に物事を進めなければ、と考えていた。
「あらー。ディンったら、煙草を吸ってるのー?」
「ん?ソーラか。飯は美味しかったか?」
「とってもねー!煙草なんて懐かしいわー?お父さん達と同じで、魔力を供給してるのー?」
「そうか、この世界においては、煙草って言うのは魔力供給の為の道具だったな。それとはまったく違うよ、俺の世界の煙草は、所謂嗜好品、肺に煙を入れる為に吸うんだよ。」
「あらー、そんな違いがあるのねー?」
この世界に煙草は存在しない、それは、煙草と言う名前のものがあっても、同一の役割を持った物品ではない、という意味合いだ。
この世界における煙草とは、魔力を帯びた葉を乾燥させて、葉巻の様に加工したもの、そして、それを元に魔力を体内に供給する道具だ。
ディンが吸っている様な、タールとニコチンを摂取する為のものでは無い、だからディンは、人前で煙草を吸う事を控えていた、という事だった。
「隠れて吸う必要はないんじゃないー?ディンが他の世界から来たって事は、みんな知ってる事なんだしー、堂々としてれば良いんじゃないかしらー?」
「子供に煙を吸わせる様な代物ではないからな、そういう癖がついてるだけだよ。」
「確かにー、体には悪そうねー。」
ソーラは、物質を魔法を通して解析する事が出来る、例えば大気中に構成される元素、それらを解析して、酸素濃度を変えたりする魔法すら使える。
それを使って、ディンが言っている事の意味を知ったのだろう、煙の成分は、ソーラが今まで見た事が無い成分で構築されていて、体に害がある、というのも間違いではないのだろう、と経験則から感じる。
ただ、ディンが隠れて吸う必要はない、とも感じていた、ディンは異世界の出身、その世界において煙草と言うのがどういった役割を持っているのか、それを知っただけで、別段それを気にするわけでもない、という感じなのだろう。
「所で、ソーラは探知魔法は使えるか?」
「探知魔法って、誰がどこにいるかを知る魔法の事ー?使えるわよー?ただ、魔物の気配って言うのは、まだ感触が掴めてないのよー。」
「そうか、それならこれから魔物と関わる事で理解出来る様になるな、俺の負担が少し減るから、早めに探知を出来る様になってくれ。」
「わかったわー。」
煙草の火を消して、ディンはソーラの探知の精度について確認する。
ソーラは、探知魔法に関してはグランの座にいてもおかしくないレベルの魔法を使える、ならば、魔物に対する探知も出来る様になるはずだ、と。
期待している、という側面もあるが、命を魔力に転換しているディンとしては、少しでも魔力の消費を抑えたい、が本音だろう。
「あ、ディン、おかえりなさい。」
「ただいま、アリナ。」
「何かしてたの?」
「そうだな、ちょっと悪い事をしてた。」
ジンとモートがテントを片づけていて、アリナは勝手がわからないから、とそれを見学していた。
そこにディンとソーラが戻って来る、アリナは、ディンのいう悪い事、がわからなかったが、ソーラと二人で話していた、という事実に、少し感情が揺れ動く。
今までは感じた事が無い感情、これを何と表現すれば良いのかがわからないが、もやもやする、心がざわつく、と言った所感を得た。
「何処かに行くなら、私も連れて行ってね?ディンと離れ離れは、ちょっと寂しいよ。」
「ごめんな、アリナ。次からは気を付けるよ。」
ディンは、アリナの心に気づいていた、というよりも、守護者と言うのは、竜神に対して好意的になる様になっている、というのが正しいだろうか、ディンの生来持っている魔力、安らぎの翡翠と慈愛の琥珀、という、一種のチャームの暗示もあったのだが、アリナが母以外で初めて関わった相手、そして、アリナにとっては、道を示してくれた人、というディンが、どう思われているのか、それはよくわかる。
たとえディンが心を読めなかったとしても、それがわかる程度には、アリナの心は素直で、悪く言えば単純明快だった。
ソーラ達に対しては、心強い仲間、という程度の認識を持っていたアリナは、ディンに対しては何を思っていたか、それは、恋心だろう。
母を失って、その直後に現れた導き手、そして、在り方を教えてくれた相手、そんなディンに、アリナは恋をしているのだろう。
もやもや、という感情の正体、それは嫉妬心だろう、と。
「ディンってば、煙草を吸いに行ってただけなんだってー。私達の知ってる煙草とは違うからー、吸うのを控えてた、んだってよー?」
「煙草?魔力供給の為にウィザード達が使っている道具の名前だったかな?それとは違うという事は、使用用途が世界によって違う、という事なのかな?」
「そうだな、俺達のいた世界の煙草って言うのは、ニコチンとタールって言う、ある種の依存物質を含んだ有害な煙だ。好んで吸う人は多いけど、俺の場合は思考を纏めるのにちょうど良くてな。」
「へー、そんなんがあるんか。でも、有害って事は、体に悪いって事だろ?吸うのに問題とかねぇんか?」
「そうだな、大体の国では、二十歳以下の子供が吸ってはいけません、肺の病気になる確立が高くなります、その他諸々の病気にかかる確立が高くなります、って話だな。人間にとっては、だから、俺にとっては害にも何にもならないけど、俺は人間と生活してた時期が長かったから、そこらへんが人間と同じ流儀って言うか、そう言う感じになってるんだよ。他の竜神は、煙草を吸うやつはいなかったな。」
煙草についての説明、ソーラは成分からなんとなく有害なのが分かった、と言っていたが、ジンやモート、アリナはそこまでわからないだろう、とディンは説明をする。
煙草、echoのソフトケースを取り出して、中の煙草を一本出して、試しに火を点ける。
「ほへー、それが煙草、ってやつなんか。」
「そうだよ。臭いって言えば臭いけど、慣れるとこの香りが良くてな。」
「ジンと私は吸っちゃいけないんだよね?って言っても、ディンの世界のお話だから、私達には関係ないのかな?」
「関係はないけど、吸わせるつもりもないな。元来、これは体に毒なものだから。俺にとっては必要ってだけで、必要が無いのであれば、吸わない方が賢明だ。」
煙草のにおいを初めて嗅いだ三人は、これがウィザード達が吸っている物とは違うのか、と認識する、ソーラは、匂い自体は似ていて、成分が違うのだ、という風に認識していた。
ディンは、これは隠して吸う必要もないか、と感じていて、これからは普通に吸うか、それともここにいる間だけでも禁煙するか、と少し考えていた。
実際、ディンはセスティアでも、子供達の前では煙草を吸わない、家のベランダに灰皿を置いて、そこで煙草を吸っている。
人間にとっては毒である事に変わりはない、という認識を持っていて、それをマネしない様に、と注意している、というのがディンの現在だ。
これから先、アリナ達がこの世界の煙草を吸う事になるか、魔力供給としての喫煙をするかどうか、それはわからないが、ディンが持っている煙草を吸わせる事はないだろう、それは理解していた。




