第十一話 街並みの中で
「アリナ、買い出しにでも行ってみるか?」
「え?良いの?」
「そろそろ人間の社会に慣れて貰わないと、ってこの前話しただろう?仲間が出来てそれを忘れてたけど、そろそろわかってきた頃だろうしな。」
「やったー!」
修行を終え、夕食の買い出しに出ようとディンがアリナを誘う。
アリナは、修行ばかりの日々で、それに精一杯喰らい付いていたのだが、人間の社会に触れられる事に喜んでいた。
「混血である事は秘密、それは守ってくれよ?」
「わかってるよ。人間だっていえば良いんでしょ?」
「そうなるな。じゃ、モート、行ってくる。」
「はい、行ってらっしゃい。」
ジンはリビングで休憩をしていて、ソーラは自室で魔導書を読み漁っている、モートは、一瞬心配そうな顔をしたが、まあディンがいれば大丈夫だろう、と思考を切り替え、二人を見送った。
「街って、凄いんだね!私、ずっとお母さんに教えて貰えなかったけど、憧れてたんだぁ。」
「そっか、お母さんは精霊だったから、人間の街に関する知識は乏しかったんだろうな。」
街並みを眺めながら、アリナは興奮気味にはしゃいでいた。
ディンはそれを見ながら、今までのアリナの人生、森で母と二人きりで過ごしてきた人生、というのは変わらなかったのだな、と心を曇らせる。
街並みにはしゃぐ様子、それはよく覚えている、もう数百年は前の事になるが、アリナはこうして人間の街に繰り出した時、はしゃいでいた。
それも変わらない、アリナは世界軸を超えても何一つ変わらない、ディンはその事を話すつもりはなかった、セスティアの家族には伝えていたが、それをアリナ達に伝えるつもりはなかった。
アリナは、前の時間軸で、守護者として世界を守った末に、人間に殺された。
魔王デモスを討伐し、そして凱旋をした際に、混血である事がばれてしまい、人間に糾弾され、そして処刑されたのだ。
今度はそうならない様に、とディンは心の中で思っていたが、しかし人間の営みに干渉する事は竜神には許されていない、もし万が一、ばれてしまったら、アリナは同じ末路を辿る事になるだろう。
ディンが個人的感情として、嫌だと思っていても、それが人間の営みである以上、受け入れなければならないのだ、とディンの母レイラは言っていた。
それをしなければ、それに従わなければ、世界が歪んでしまう、世界が歪んでしまったら、それは綻びとなり、やがて世界群の破滅を呼んでしまう、そう伝えられていたのだ。
「こっちは何かなぁ?」
「ここは肉屋だな。アリナがこの前食べたソーセージ、それを買ったのがここだ。」
「魔法で冷やしてるのかな?そう言えば、そろそろ暑くなってくる時期だけど、暑さを感じないね。」
「精霊と俺の加護を掛けた洋服を着てるからな。大抵の気温差なんかには対応出来る様になってるんだよ。アリナが森で暮らしてた頃、暑さ寒さに疎かったのは、お母さんが編みこんだ魔法があったからだな。それに俺の加護を加えた服だから、余計にそれを感じないんだろう。」
「そうなんだ!すごいね!」
周りに人がいない事を確認して、ディンは話をする。
アリナは、精霊が与えた服、というのにも驚いていたが、ディンの掛けた加護という野にも驚いていた。
竜神なのだから、ある程度の事は出来るだろうとは思っていたが、こういった利便性の高い事が出来る、それにたいそう驚く。
革のジャケットでは暑い季節になってきているはずが、暑さを感じないというのに疑問を持っていたアリナは、その答えを知って、驚いていた。
「それは後で話すとして、買い物は何にしようか。ジンは肉を食べたいだろうし、ソーラは野菜しか食べないから、後で八百屋にもいかないとな。」
「そうだね!私は何を食べようかなぁ……。」
「ゆっくり決めると良いよ。」
初めての街並みに興奮しているアリナ、色々な物を売っている店を眺めて、これはなんだあれはなんだと疑問を持ちながら、ディンに一つずつ聞いていく。
「嬢ちゃん、見ねぇ顔だな。新入りか?」
「え?私?」
「そっちの小僧も見ねぇ顔だ、二人そろって新入りたぁ、珍しい組み合わせじゃねぇか。」
店を渡り歩き、買い物をしていると、話しかけられる。
アリナとディンがそちらを見ると、初老の男性が二人を珍しそうに見ていて、小じわが目立つ目元は、不信がっている様子も伺える。
「新入りっちゃ新入りだ。俺はディン、こっちはアリナ。アリナは森で母親と暮らしてたんだけどな、お母さんが亡くなって、街に出てきたんだ。俺はそのお供って言うか、そんな感じだよ。」
「森で暮らしてた?精霊でもねぇのにか?」
「アリナのお母さんは魔力に対して敏感でな。街の魔力に拒絶反応が出てしまうから、って言う理由で、森で暮らしてたんだよ。」
「ほーん。そんな話、どっかで聞いた事があんな。そんで、アリナっつったか、嬢ちゃんは森から出てきて、どこに住んでるんだ?」
「え?えっとね、モートの所でお世話になってるんだ。ディンも一緒に、後ジンとソーラもね。」
アリナは、初めてではないが、街中で話をする、という体験にわくわくしていた、声をかけられた、この街にとっては新参者になるアリナとディンは、興味の対象になるのだろう。
初老の男性は、モートやジンの事を知っているのか、顔をしかめる。
「あんな奴らと一緒なのか?じゃあ嬢ちゃんもろくでなしって事だな。そっちの小僧も同類か?」
「……。なんでそんな事言うの?モートは私達に居場所を貸してくれてる、ジンは、レンジャーとして人を助けてる、ソーラだって、勇者の仲間になりたい、人の為に何かをしたいって、ずっと願ってた。おじさん、それも知らないの?」
「あんな奴らに助けられる方がお気の毒ってやつだな。嬢ちゃん、悪いこたぁ言わねぇ、あんな奴らと関わるとろくでなしだと思われるぞ?」
「ろくでなしなんかじゃない!皆私の大切な仲間!私が守護者に選ばれたって事を信じてくれた、大切な仲間だもん!」
「はぁー?守護者?嬢ちゃんが?なんかの冗談だろ?馬鹿々々しい譫言はそこら辺にしときな。」
そう言うと、男性はシッシと手振りをして何処かに行ってしまう。
「……。ねぇディン、皆って、あんな風に言われてたんだね。」
「そうだな。変わり者達の集まり、っていう風に捉えられても仕方がないだろうな。ジンは体外的に魔力を持たない、ソーラは一般的には見えないウィッチ、そしてモートはそもそも精霊の湖畔に住んでた精霊。変わり者だって言われたとしても、おかしくはない。ただな、アリナ。誰がどういうか、じゃなくて、アリナがどう思ってるか、じゃないか?」
「私が、どう思ってるか?」
「そうだ、三人の事を、アリナがどう思ってるか。仲間だと思ってるのなら、それを誇ればいい。仲間が変わり者だろうと、そんな事は些末な事だ。変わっていたとしても、何処かおかしかったとしても、同じ世界を守りたいと願った仲間、なら、それで良いんじゃないか?」
悔しそうな顔をして立ち尽くしていたアリナを諭す様に、ディンは声をかける。
アリナにとって、皆は仲間だ、大切な存在だ、なら、それで良いじゃないか、誰が何と言おうと、それは変わらない事実だ、と。
「……。そうだよね。私にとって、皆は大切な仲間、守護者として、仲間として、大切な人達。誰が何を言っても、そうだよね。」
「そうだ、誰が何と言おうと、皆は仲間なんだ。それを信じてやらないと、誰も報われない。」
アリナは、人間と関わる事をとても楽しみにしていた。
ただ、最初に関わった人間、ジンをお節介焼きだと言っていた男性や、今しがた話した男性を見て、少しだけ疑問を持ってしまう。
人間は素敵だ、と母は言っていた、人間は醜くもあり、美しくもあり、儚くもあるのだと。
その言葉を信じたかった、信じていた、だから、ジンやソーラを仲間だと言ったのだ。
それを自分自身が信じないと、皆への侮辱になってしまう、そう考えを纏め、先程の男性の事は気にしない、と心を入れ替える。
「ありがとう、ディン。貴方がいてくれなかったら、私きっと、悲しくなってた。ううん、悲しいって言う気持ちはある、でも、信じてあげたい、その気持ちの方が大きいんだ。」
「それで良いんだよ、アリナ。誰が何と言おうと、アリナの心は縛れないんだ。人間を疎いと思ってる俺がこういうのは間違ってると思う、家族や守護者達しか愛せない俺が、こんな事を言うのは間違ってる、それはわかってる。ただ、人間はそこまで醜いのばかりじゃない、美しい心を持った人間もいる、そう言う人間の為に、守護者は生きていくんだ。」
「……。貴方は優しいね。わかった、その言葉は胸に刻んでおくね。」
アリナは寂しそうな顔をする、それは、ディンが人間を疎んでいるという事が、事実だからだろう。
人間を信頼していない、守護者とその仲間に関しては信じている、そして人間の家族を愛していると言っているディンだが、それ以外の人間に関しては、疎んでいるのだろう、と。
それは竜神でも変わらない、ディンは殆どの竜神を殺めてここにいると言っていた、つまり、竜神という同じ種族の存在であったとしても、対立してしまったら、その覚悟を決める、という事だろう。
アリナはそれを悲しんでいた、同じ混血として、人間にも精霊にも疎まれている存在だ、という自覚はあった、ただ、ディンにまで同じ想いをして欲しくない、と。
「さ、買い出しを済ませちゃおう。アリナは何が食べたい?」
「え?うん、そうだね。うーん……、何にしようかな。もう少し、街を回っても良い?」
「あぁ、まだ夕暮れだからな、構わないぞ?」
取り合えずこの話はお終い、とディンが声をかけ、アリナはそれに従う。
胸の内で色々と考えながら、アリナは市場と呼ばれる、食料品店が並んでいるという場所に向かった。
「ただいまー。」
「お帰り、随分と時間がかかったんだね。」
「色々と見てたら、遅くなっちゃった。」
「お、アリナにディンじゃねぇか!腹減ってまってたぞー?」
気が付いたら夜になっていて、街は魔力で灯されている街灯に包まれていた。
そんな街灯の美しさに目を奪われていたアリナは、急いで帰って来たのだが、だいぶん時間が遅くなってしまった様子だ。
「今ご飯作るね。」
「おうよ!」
今日はアリナが食事当番、初めての経験だが、今まで森で過ごしてきた中で、調理に関してはある程度知っている。
モートに教わった、料理用の火を起こす魔法を発動して、窯に火を灯す。
今日のメニューは、アリナとジンが赤牛のステーキ、モートが木苺の盛り合わせ、そしてディンは赤キノコと黒鳥のシチュー。
シチューを除けば難易度は低い、ソーラが食べているサラダはドレッシング類は付けていないから、水で洗うだけで良かった、そして赤牛のステーキは焼くだけ、シチューは鍋に材料を入れて煮込まなければならないが、簡易的なものであれば、作れるだろう。
食事を作るのも修行の一環、旅先で何があっても大丈夫な様に、とアリナはディンに話していた、だから、今日の料理当番はアリナというわけだ。
普段ならディンかモートが料理を担当しているのだが、それでは二人に負担がかかる、とアリナは言っていた。
「ジン、ちょっと待っててね?」
「はいよー!」
「ディン、黒鳥のお肉はこれ位で良いの?」
「そうだな、一口大に切ってもらえれば大丈夫だ。」
ディンに指南を受けながら、料理をてきぱきと作っていくアリナ。
母が森で時折獣を取っていた、そしてその調理法を見ていたアリナは、なんとなくだが料理の方法を理解していた。
慣れない手つきでだが、コツコツとこなしていく、アリナは適正があるのだろう。
逆に、ジンは自分で料理をした事が無い、対外的に魔法を扱えないジンは、火をおこす魔法を使えない、だから、料理という料理をした事が無かった。
ただ、それを咎める者はいない、出来ない事があるのであれば、それは他の仲間が補えば良い、それがディンの考えだった。
「ご飯できたよー!」
「はーい!」
「お、美味そうじゃん!アリナ、初めて作るってわりに、センスあんだな!」
「そうかな?嬉しいな、そう言ってもらえると。」
食卓を囲みながら、夕暮れに話しかけてきた男性の言葉を思い出すアリナ。
変わり者、ろくでなしと言われたとしても、誰がどう言ったとしても、仲間は仲間だ。
それを改めて実感する、アリナの突拍子もない話についてきてくれて、今では修行を付けてくれている、大切な仲間。
この仲間達を守っていこう、そして、人間を愛していこう、アリナは、ステーキを食べながら、そう誓った。




