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君の恋、雨の色  作者: 石戸龍一
第十一章 偏愛と倒錯
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第二話 卑屈って傲慢

”星まつり”が終わり、星ヶ崎高校は静かで退屈な日常を取り戻していた。来年の春を迎えるまで、目ぼしいイベントは特にない。


三年生にとっては受験という最大の試練がこれから待ち構えているが、一年と二年には関係が無く、部活動や委員会活動、中間テストや期末テストに精を出すくらいだ。


風も冷たくなり、木枯こがらしが次々と木々を赤と黄色に染めていく。秋という物憂ものうげな季節が、お祭りが終わって寂しくなった気持ちを一層悪化させていた。まるで、学校全体がため息をついているかのようだった。


そして、ここにもため息をつく憂鬱ゆううつな男が一人いた。


「はぁ……」


裕一は魂も一緒に出て行ってしまうんじゃないかと思われるくらいの、大きなため息をらした。


今は掃除の時間だが、竹箒たけぼうきを握る手は全く動いていなかった。彼は一年校舎の外の落葉をかき集めるという任務を与えられていたが、まともに取り組んでいなかった。いや、取り組むことができないと言った方が正しいのかもしれない。


(僕は一体何をしているんだろう?僕は整ともお姉ちゃんとも関係を続けている。ただの浮気じゃないか。本当はどちらか選ばないといけないのに、何もできない。結局、僕は二人を裏切ってる……)


裕一は愛海と整について悩んでいた。彼は二人の愛人を持つという倒錯とうさく的な生活を送っていた。


ある日は愛海と愛し合い、別の日は整と愛し合い、またある日は時間をずらして、それぞれと愛し合うということもあった。


こんな生活は、普通の男子高校生にふさわしくなかった。裕一は堕落だらくしきっていた。


(でも、もし僕が誰かを選ぶとしたら、選ばれなかった方は悲しい思いをする。僕はそれも嫌なんだ。選ばなきゃいけないのに、選べない……。僕はどうすればいいんだ……)


弟と会えなくて涙を流していた愛海の姿と、愛海のもとに去ろうとする裕一に恨み言をぶつける整の姿が、同時にフラッシュバックした。もうあんな二人の顔を見るのは嫌だった。彼女たちを悲しませたくなかった。


だが、それは結局何もしないという選択肢を取ることになる。それでは何も意味がない。何も事態は改善しない。


つまり、裕一の優しさが裏目うらめに出てしまっていたのだ。優しすぎる彼は、愛海と整のどちらかを切るという選択肢を選ぶことができなかった。


「はぁ……」


また一つ、大きなため息がこぼれた。


「よお、傘馬。さっきからずっと手が動いてねぇぞ?あたしみたいにさぼってんのか?」


「上川さん」


竹箒たけぼうきを握り締めた佳澄が近くにやって来た。突然の天敵の出現に裕一は動揺したが、佳澄はお構いなしに裕一の隣に座った。


佳澄は俗に言うヤンキー座りをしていて、そのギャルっぽい見た目から、本物の不良のように見えた。これで煙草たばこでも吸っていたら完全にヤンキーだが、バスケ一筋の佳澄にそれはあり得ない。スポーツ選手に喫煙きつえん厳禁げんきんなのだ。


(まあ、『不良っぽく見えるぞ』なんて口が裂けても言えないんだけど……)


裕一は横目でチラチラと佳澄を見つつ、申し訳程度にほうきを動かしていた。


「それでよ、文化祭はどうだったんだよ?楽しめたか?」


「い、いや、まあ、普通に」


「普通って何だよ?どっか店には行ったのか?」


「う、うん。整と一緒にね。ちょっとだけ……いや、たくさん行ったかな」


ただの日常会話なのに、お喋りが苦手な裕一はビクビクとおびえながら答えていた。佳澄が話し相手だからというのもあるのかもしれない。


しかも、既に二つも嘘をついていた。文化祭は楽しくなかったし、周ったお店も一つだけだった。結局、裕一は愛海のクラス以外にはどこにも行かなかった。


「それにしてもよ、お前知ってるか?ウチのリサイクルショップ、一年の中じゃ下から数えた方が早いくらい大赤字だったみたいだぜ?値下げするのが早すぎたのが敗因だとあたしは思ってる。委員長のやつ、売れ残るとやばいからってあせりやがってよ。ほとんどタダ同然で売っても利益にならねぇじゃねぇか。傘馬もそう思うだろ?」


「う、うん」


「結局、一番稼いだのは一年五組なんだってよ。なんてことはねぇ。ただの涼風唯織人気なんだよ。あいつが客寄せパンダになって、男どもにみつがせたってわけさ。天堂あかりっていう涼風の金魚のフンも、放送部の権限をフル活用して援護えんごしたみたいだぜ?校内放送で自分のクラスのことを宣伝したんだとさ。ずりぃよな。ウチのクラスの放送部にもお願いすりゃよかったよ」


そう言えば、やたらとあかりのダミ声が放送で流れていたなと、裕一は今更ながら思い出した。あかりらしい手段を選ばないやり方である。


「来年はこうはいかねぇ。しっかり準備して、次こそ三組がトップの利益を叩きだしてやる。打倒五組だぜ。お前も手伝えよ、傘馬。こういうのはクラスが一丸いちがんになって頑張んないとダメだからな」


「う、うん……」


「なんか気の抜けた返事だな。お前は情熱とかやる気とかねぇのか?今回の結果を受けて、悔しいとか見返してやるって思わねぇの?」


「ど、どうだろ?あはは……」


裕一は苦笑いするしかなかった。文化祭なんて最初から興味ゼロだし、そもそもクラスに馴染めていない彼は、それほど三組に思い入れが無かった。一年三組が惨敗ざんぱいしても、何も思わなかった。彼は連帯れんたい意識が欠如けつじょしていた。


「まあ、それもお前の性格なのかもしれねぇけど、たまにはやる気出せよ?クールなのもいいが、ちょっとドライ過ぎるぜ?」


そう言って、佳澄は立ち上がった。この一年でさらに身長が伸びたらしく、佳澄は裕一よりも頭半個分ほど背が高くなっていた。彼女の目を見るためには、裕一は少し顔を斜め上に傾けないといけない。


「それで、お前はいつ心を開くんだよ」


「え?」


佳澄の声は一トーン下がり、いつにない真剣さを帯びていた。裕一は佳澄の横顔を見た。彼女の耳には銀色に光るピアスがぶら下がっていた。


「クラスのやつらがお前と仲良くしたがってるのに、なんでお前はそんなに無愛想ぶあいそうなんだって話さ。傘馬っていつも教室の隅で不機嫌そうな顔して座ってるだろ?お前に嫌われるようなことでもしたんじゃないかって、みんな心配してんだよ」


「僕はみんなことが嫌いってわけじゃないよ……」


裕一はクラスメイトのことが嫌いなわけではない。みんないい人だということはわかり切っている。


それでも、傘馬裕一は他者を信じられない。あのトラウマがえない限り、裕一は自分の殻を破ることができないのだ。


裕一は自分のことが情けなく思えてきた。佳澄の言うように、三組のみんなに心配をかけているのはまぎれも無い事実であり、それもこれも全部裕一のせいなのだ。


(僕の存在がみんなの迷惑になってる。僕のせいだ。僕なんか居ない方がいいんだ……)


裕一は半ば自暴自棄じぼうじきになりかけていた。もう放っておいて欲しいとすら思い始めていた。


「ぼ、僕のことなんか気に掛けなくてもいいよ……。性格が暗いから、みんなと仲良くなれるわけないし……。僕はこんな情けないやつなんだ……。もう放っておいてよ……」


「そっか。そうかよ……」


佳澄はほうきを手放した。次の瞬間、佳澄は裕一の胸倉むなぐらを掴んで彼を壁に叩きつけた。


「うわぁ!?」


「ふざけんじゃねぇよ!!!」


佳澄は裕一のことを激しくにらみつけて、首が締まるほど彼の胸倉むなぐらを引っ張り上げた。


「そうやって、卑屈ひくつなふりしてみんなこと見下してんだろ!?あたしたちのことを馬鹿にして、自分だけ特別だって思い込んでえつに入ってんだろ!?だから、誰とも関わろうとしないんだろ!?目合わせても挨拶しねぇし!話しかけてもまともに返事しねぇし!どうなんだよ!?答えろよ!?アァ!?」


「か、上川さん……っ!」


「何が『性格が暗い』だ!何が『仲良くなれるわけない』だ!そうやって言い訳して、卒業するまで誰とも関わらないつもりかよ!?そんなにあたしたちのことが気に食わねぇのかよ!?あたしたちのこと、友達にする価値もないって思ってんのか!?どこまで傲慢ごうまんなんだよ、てめぇは!!」


佳澄から激しい怒りをぶつけられて、裕一はカッとなった。裕一は佳澄を思いっきり突き飛ばした。


「う、うるさい!お前に僕の何がわかるって言うんだよ!僕の気持ちも知らないで、勝手なこと言うなよ!」


裕一は叫んだ。心に思い浮かんできた言葉をそのまま外に吐き出した。


こんなことは整にも愛海にもやったことが無かった。これほど強く感情をき出しにしたのは生まれて初めてだった。


初めての経験にショックを受けたのか、裕一は両肩を震わせながら泣いていた。顔を手で覆って、何度も涙をぬぐいながら、嗚咽おえつしていた。


「うぅ……!ひっく……!ぐす……!」


佳澄は裕一に突き飛ばされたというのに、なぜか満足そうな表情をしていた。泣きじゃくるクラスメイトを見る彼女の目は、とても優し気だった。


「なんだ……。大きな声出せるじゃん。ちゃんと自分の気持ち言えるじゃん。お前もやればできるじゃねぇか。ったくよ……」


佳澄は裕一に近寄って、彼をぎゅっと抱き締めた。クラスメイトの震えている背中に手を回し、涙が止まるように優しくでてあげた。


「手荒な真似して悪かったな。お前の心を開くにはこれぐらいやらなきゃダメだって思ってたんだけど、ちょっとやり過ぎた。わりぃ」


「ひぐぅ……!か、上川さぁん……!」


「あぁ、もう。男のくせに鼻水垂らして泣くなよ。ほら、あたしのハンカチ貸してやるから。これで涙()けって。あたしが悪かったんだ。だから、もう泣くなよ」


佳澄は裕一を落ち着かせるために座らせて、その隣に腰を下ろした。裕一はまだ泣いていて、佳澄のハンカチで目を覆っていた。


「お前、いじめられてたのか?」


「え?どうして?」


「なんとなくそう思ったんだ。いじめられたやつは今のお前みたいに、なかなか心が開けなくなる。そういう子、中学の時にも何人かいたなって思ってよ。いつまで経っても友達が出来なくて、最後まで一人ぼっちで……。なんかしてやるべきだったのかなって今でも思ったんだ。だから、もし高校生になってそういうやつがクラスにいたら、絶対に仲間外れになんかさせねぇって決めてたんだ」


「上川さん……」


「だからよ、あたしがお前の最初の友達になってやる。友達一号だ。よろしくな、傘馬」


「で、でも……」


「アァ?あたしがなりたいって言ってるのに、お前は拒否すんのか?もう一回、胸倉むなぐら掴まれてぇのか?」


「い、いや、それは遠慮しておく……。でも、いいの?上川さんみたいな人気者が僕と一緒にいたら……いててっ!?」


佳澄はまた卑屈ひくつモードに入りそうな裕一の頬をつねった。


「あたしはそもそも人気者じゃないし、お前がどんな野郎だろうが関係ねぇ。それと、上川さんって呼ぶのやめてくれるか?クラスであたしのことを名字で呼ぶの、お前だけだぞ?名前で呼べよ。友達になったんだからさ」


「じゃ、じゃあ、佳澄さん……」


「呼び捨てでいい。男らしく大声で言ってみろよ」


裕一は照れながら、上川佳澄の名前を叫んだ。


「か、か、佳澄っ!」


「あはは!どもりながら言うのかよ!?お前の今の顔、死ぬほど真っ赤だぜ?たかが名前を呼ぶくらいでこんなに照れるなんてさ、お前って面白いやつだな」


佳澄は手を叩きながら笑っていた。その笑い方はどことなく整に似ていて、顔全体をくしゃっとさせて笑うのである。あの強面こわもての佳澄が、こんな自然な笑顔を見せるなんて、裕一は思ってもみなかった。


「ま、そういうわけでこれからもよろしくな?さっさと掃除終わらせちまおうぜ?”裕一”も早く帰りたいだろ?」


「うん。わかったよ、佳澄」


上川佳澄という新しい友達ができて、裕一の心は雨上がりの空のように爽やかだった。彼の中では心地の良い風が吹いていて、裕一はその風に乗って、どこまでも飛んで行けそうな気がした――。



その日から、傘場裕一は大きく変化した。校舎裏で起きた十分にも満たない些細ささいな事件だったが、ほんの数分の出来事が人の人生を変えることは、往々(おうおう)にしてよくあることである。


教室に入ると、かつて天敵だった上川佳澄が裕一の席を占領していた。以前の裕一なら話しかけることすらできず、ただ隅っこの方で佳澄がどくのを待つだけだった。


だが、今の裕一は違う。彼は堂々と佳澄に近寄り、彼女の目を見て自分の気持ちをはっきりと伝えた。


「おはよう、佳澄。席、座りたいんだけどいいかな?」


「裕一か。おはよう。すぐどくよ。勝手に使って悪かったな」


佳澄は裕一に軽くびて、自分から席をゆずった。佳澄はもう裕一の友達なのだから、これくらいのやり取りはして当然なのである。


だが、クラスメイトは二人が友達になったことを知らなかったので、裕一の変化に驚いていた。かつての裕一なら佳澄の目すら見れなかったはずだ。


「なあ、佳澄。お前、今傘場から呼び捨てで名前呼ばれてたよな?そんな親しい仲だっけ?」


「あたし、こいつと友達になったんだ。だから、名前で呼び合うくらい当たり前ってことよ。結構面白いやつだぜ?こいつ」


佳澄と裕一が友達になったという事実は、クラスメイトの意識を一気に裕一に向けさせた。今まで何だか気まずくて話しかけにくかった裕一だが、あの佳澄が認めるくらいだから、きっといいやつに違いないと彼らは思った。


上川佳澄の発言をきっかけにして、クラスメイトは裕一の周りにどんどん集まりだした。


裕一は今までとはうって変わって、人に囲まれてもそれほど緊張しなかった。それどころか、クラスに馴染なじもうと頑張ってコミュニケーションにはげんでいた。


佳澄のやり方は荒療治あらりょうじだったが、裕一に自信をつけさせたようである。他者に自分の心の中の言葉をそのままぶつける体験をさせたことで、裕一は以前よりも気軽に喋れるようになっていた。


「へ~!傘馬くんってそういう趣味なんだ!私もそれ好きなんだよね!」


「今度、連絡先交換しようぜ?お前もそのアニメが好きだとは知らなかったよ。語りたい相手を探してたところなんだ」


「お?お前と俺って家の方角一緒なんだな。今日、一緒に帰っていいか?」


半年以上沈黙を守っていた裕一がいよいよ心を開いたと知って、クラスメイトは次々に彼と会話をはずませていく。


裕一はすぐに三組の一員として認められて、佳澄以外にも友達がたくさんできた。そんな彼の様子を後ろで眺めながら、佳澄はしたり顔で微笑ほほえんでいた。


(ったく、世話焼かせやがって。でも、よかったな。やればできると思ってたんだよ。お前は人と関わるのが少し苦手なだけで、本当は良いやつだってことは、最初からわかってたからな)


裕一をクラスに馴染なじませるという、入学当初からの目的を達成できて、佳澄は満足していた。これで、一年三組がもっと良いクラスになったことは間違いなかった。


だが、裕一の変化を必ずしも全ての人が喜んでいるわけではなかった。


偶然、三組の前を通りかかった愛海は、雷に打たれたかのようなショックを受けて、目を大きく見開いていた。彼女の目の前には信じられない光景が広がっていた。


人見知りで、ごくわずかな人以外には心を許さなかったあの裕一が、大勢の人に囲まれて談笑だんしょうしているではないか。


「ゆう……いち……?」


愛海と整の世界に閉じ込めようとしていた弟は、知らず知らずのうちに外の世界に飛び立とうとしていた。愛海は恐怖すら覚えて、一年三組の教室の前で立ちすくんでいた。

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