↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の恋、雨の色  作者: 石戸龍一
第八章 黒猫のこころ
PR
49/96

第二話 瞳のように丸い心

裕一が整の住むマンションにやって来たのは中学の時以来だった。近代的な大型の共同住宅で、打ちっぱなしのコンクリートで外壁が構成されている。


まだ夜になっていないためか、照明はついておらず、思いのほか内部は暗かった。階段を歩くと足音がよく反響する。一階から最上階まで吹き抜けになっているので、音がよく響くのである。


整はドアを開けた。中には誰もおらず、真っ暗だった。ぱちんっ。整が電気をつける。


「じゃあ、あがってよ。あたしの部屋はわかるよね?お茶とかお菓子とか準備するから、あんたは一足先にあたしの部屋で休んでてよ」


「うん。お邪魔します」


裕一は廊下の突き当りにあるドアを開けて、整の部屋に入った。内装はこざっぱりしていて、ぬいぐるみとか可愛い壁紙とか、少女らしい装飾は見られない。必要最低限の家具が置いてあるだけの、スマートで中性的な室内だった。


あえて着目する点を挙げるとするならば、テレビの横にある棚に敷き詰められた大量のゲームソフトだろうか。


貧しい傘馬家にはゲームソフトを買う余裕はなかった。だから、裕一は整の家に遊びに行って、ゲームをプレーさせてもらったものだった。


いつしかゲームは二人の共通の趣味となり、学校でもよくゲームについて話した。高校受験を機に、ゲームで遊ぶ機会は減ってしまったが。


「ん?裕一、さっそくゲームやりたい?」


「いや、そういうわけじゃ……」


しかし、整はお盆を床に置くと、さっさとコードを繋げて起動の準備をしてしまった。半ば強制的に裕一にコントローラーを持たせて、整はゲーム機本体のスイッチを入れた。


「まあ、ごちゃごちゃ言わずにやってみなさいよ。あんたの得意なシューティングゲームよ?どう?面白そうでしょ?最近買ったんだ」


「できるかなぁ?久しぶりだから無茶苦茶下手になってるかも」


裕一はコントローラーを握り締めて、さっそくゲームを始めた。小さな自機を動かして敵の弾を躱(かわ)しつつ、敵機を撃墜していく。


「よっと……ありゃりゃ。さっそく一機失っちゃった」


裕一は数か月ぶりのゲームを楽しんでいるようだった。整はベッドの縁(ふち)に座り、クッキーを咥(くわ)えながら裕一が遊ぶ姿を眺めていた。


(ふふ。やっぱり無理にでも遊ばした方がいいのよ。高校生になってから、全然ゲームやらなくなっちゃったもんね。あんたの趣味が何なのか、これで思い出しなさいよ)


裕一は次々と自機を墜落させられていき、遂に二面の途中でゲームオーバーになってしまった。すっかり衰(おとろ)えた幼馴染の情けない姿を見て、整はきゃっきゃと笑っている。


「あはは!いくら初プレイだとしてもそれはダサ過ぎでしょ!あたし、初プレイでも四面まで行ったのよ?あんたの腕もすっかり劣化しちゃったわね」


「しょ、しょうがないだろ。毎日練習できる整とは違うんだよ。僕だってもっと練習すれば同じくらい上手くなるさ」


「ふぅん?素直に負けを認めないんだ?じゃあ、昔やった『パズルでポンポン!』でもやる?小さい頃、一番やり込んだゲームだったじゃない?あんたとあたしで」


『パズルでポンポン!』とは裕一たちが小学生だった頃に発売した、対戦型パズルゲームである。よくある落ちものゲーで、相手よりも早く、そして一度にたくさんのブロックを消した方が勝ちとなる。


すっかりレトロゲームの仲間入りを果たしていたが、つい最近ダウンロード版が出て復刻(ふっこく)したのだ。今回はその復刻(ふっこく)版で遊ぶことにした。


(小学生の頃、一緒にやったゲームを今の裕一とやる……。何もかも昔と同じね。こうやってテレビ画面の前でぴったりくっついて、二人でコントローラーを握り締めて……)


整はとある昔のエピソードを思い出した。親が迎えに来てもまだゲームがしたくて、無視して遊んでいたら親に無理やり電源を落とされたのだ。その時は、二人で一緒に親の非道(ひどう)な行為に抗議したものだった。


「よっと、あらよっと、ほら三連鎖。お次は必殺の五連鎖で、ジ・エンドってね」


「うわわ!整!少しは手加減してよ!」


「お~っほっほ!勝負に手加減は無しよ!裕一は弱点まで昔と同じね!お邪魔ブロックが落ちて来たらすぐパニックになって死ぬんだからさ!あんたは喧嘩でもゲームでもあたしに勝てないってわけよ!」


整は悪役令嬢のような高飛車(たかびしゃ)な笑い声をあげていた。裕一はリセットを押して、再戦を挑む。


「もう一回!勝つまでやるよ!」


「上等よ!それでこそ、あたしの幼馴染ってもんだわ!」


幼馴染同士の懐かしくも楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。裕一は整とテレビゲームをしている内にかなりリラックスしたのか、自然と笑顔も見られるようになっていた。


「裕一。あたし、ちょっとお盆とか片付けてくる。一人でゲームしてて」


「うん。わかったよ」


裕一の笑顔を見つつ、整は台所に一度退いた。流しで皿を洗いながら、整は裕一の朗(ほが)らかな笑顔を頭の中で思い返していた。


整は裕一の控えめな笑顔が好きだった。優しそうで、可愛くて、ちょっと照れてるところがたまらなく愛(いとお)しかった。その裕一の笑顔がようやく戻り始めたのだ。


(あたし、やっぱり裕一のこと好きだよ。あんたのことが好き……本当に好き……。今日はあたしと二人っきりなんだ。告白するなら今がチャンスじゃないの。お父さんもお母さんも遅くまで帰って来ないし、なによりも、今日は愛海さんがいない)


裕一の恋人という席は今は空席になっていた。整にとっては絶好のチャンスだった。それを意識すると、じっとしていられないほど気が急(せ)いて来る。心臓がドクドクと跳ねて、顔面に血が溜まってきた。


言いたい、裕一に自分の気持ちの全てを打ち明けたい、そして彼と一つになりたい――。


(女子と二人っきりっていうシチュエーション……。普通の男だったら向こうから襲ってくるもんだけど、裕一は臆病なんだからできるわけがない。そうよ。あたしから動かなきゃダメなの。あたしが、リードしなきゃ……)


整は自分の部屋に戻った。裕一はゲームを中断して、ベッドに座って退屈そうにしていた。その隣に、整は腰を下ろして体育座りした。


沈黙がしばらく続いた。整は思いを伝える言葉をなんとか形にしようとしたが、上手くできなかった。彼女の臆病さがそれを妨(さまた)げていた。


「……今日はありがとう」


「え?」


意外にも、沈黙を破ったのは裕一だった。


「僕を元気づけるために誘ってくれたんでしょ?」


「ま、まぁね!幼馴染なら当然じゃん?それにしてもさ、裕一は愛海さんに何したってわけなのよ?あんなに愛海さんがあんたを避けるなんて、今までなかったじゃない?姉弟(きょうだい)始まって以来の大喧嘩でもしたの?それとも、愛海お姉さまに何かスケベなことでもしたんじゃないでしょうね?」


我ながらわざとらしいなと整は思った。整は何もかも知っていた。どうして裕一が愛海に拒絶されるようになったのか、どうして二人の恋仲が絶たれてしまったのか、それも全部、整が愛海にそう迫ったから起きたことなのだ。


「お姉ちゃんと喧嘩したわけじゃないんだ。なんか、その、突然冷たくされちゃって……。僕も全然わけがわからなくて困ってるんだよ。整は何か知らない?」


「し、知らないわよ……。愛海さんのことは裕一が一番よく知ってるんじゃない?裕一がわからなきゃ、あたしだってわかんないわよ」


真っ赤な嘘だった。整は裕一の目を見ることが出来なかった。彼女の中の良心がずっと整を責め立てていた。『この嘘つき!嘘つき!嘘つき!』と叫んで止(や)まなかった。


整は幼馴染相手に嘘をついたことが辛かった。思わず、シーツをぎゅっと握り締めた。


「僕、お姉ちゃんと喧嘩したことないんだ」


「え?そうなの?」


「うん。お姉ちゃんは何でも許してくれるし、僕も押しが強いタイプじゃないからね。だから、喧嘩したことがあるのは整ぐらいなんだ。喧嘩したのも仲直りしたのも整だけ。他の人とはそういうことをしたことが無いんだ」


「そっか……。あたしだけ……なんだ……」


整は頬を赤くして、身体全体を縮(ちぢ)こませた。愛海は裕一の全てを知っていて、自分なんて少しも及(およ)ばないと思っていた。でも、愛海でも体験したことがないことがあったのだ。それを思うと、整は嬉しくてたまらなくなった。


「だから、僕はお姉ちゃんとどう仲直りすればいいのかわからないんだ。整みたいに話すのが上手いわけでもないし、そもそも経験があまりないし……」


裕一の顔は寂しそうだった。ゲームをしている最中は楽しそうに見えたが、根本的なところはまだ癒されていなかった。


やはり、裕一は愛海を求めていた。姉がいなければ裕一の傷は塞(ふさ)がりそうになかった。


(あたしは裕一を元気にしたい。でも、できるのかな?あたしなんかにできるのかな?)


裕一に寂しい顔をさせないために、整は幼馴染として頑張って来た。今日だって、裕一を元気づけるために家に誘ったのだ。でも、やっぱり自信が無かった。


愛海という巨大な存在の代わりにはなれないのではないか?自分は愛海よりも遥(はる)かに小さな存在なのではないか?数多くの疑問符(ぎもんふ)が、整の自信を打ち砕こうとしていた。


「あたし、ちゃんと裕一のこと守れたのかな……」


「僕を守る?」


「うん。あたしが勝手にやってることなんだけどさ。礼子さんは仕事が忙しくて、愛海さんだって用事があれば裕一のそばにいてあげられない。そういう時はあたしが裕一を守るんだって思って来たの。なるべく近くにいてさ、楽しいことも嬉しいこともいっぱい教えて、あんたが幸せになれるようにって。でもやっぱ、あたしに愛海さんの穴は埋められないみたい。あはは……」


整は笑った。それは自分に対する嘲(あざけ)りだった。結局、愛海に勝つことはできないのだ。整は己の無力さを笑っていたのだった。


「だってさ、あんたずっと寂しい顔してるもん。あたしがこんなにそばにいても、やっぱり上の空でさ……。あたしなんかが愛海お姉さまに勝てるわけないよね。あたしには、愛海さんみたいにあんたを慰めることなんてできないのよ……」


「……そんなことない!」


裕一の手は整の手に重ねられていた。裕一は整の丸い瞳を真っすぐ見つめていた。それは整がかつて教えてくれたことだった。思いを伝える時は目を見て話すこと――。


「整は僕のことをちゃんと守れてるよ。整がいなかったら、僕はもっと早い段階でダメになってたかもしれない。僕がこうやってなんとか学校に通えてるのも、整がいたからなんだ。今だって整は僕を元気づけようとしてくれている。だから、そんな悲しいこと言わないでよ」


「ゆう……いち……!」


整を押しとどめていた最後の壁が、遂に無くなったように思えた。愛海に勝てるわけがないという思い込みが、彼女を臆病にしていた。だから、整は一歩前に踏み出せず、ずっと同じ場所で右往左往(うおうさおう)していた。


だが、裕一が、大好きな幼馴染自身が言ったのだ。雨野整はちゃんと裕一を守れていると。自分は裕一の役に立っているという確信が、彼女に自信を取り戻させた。裕一の優しい言葉が整の心を奮(ふる)い立たせた。


整は立ち上がり、部屋の電気を消した。そして、裕一をベッドの上に押し倒した。裕一と整はお互いの息がかかるほど接近していた。


整の唇は、ずっと隠してきた思いを告げるために、ゆっくりと動き始める――。


「……好きです。付き合ってください」


「せ、整……」


裕一の返事を待たずに、整は彼の唇に接吻(せっぷん)した。やっと待ち望んだものを手に入れた彼女は、キスもやってみると意外とあっけないものだなと思っていた。


整はまだ満たされていなかった。その先にあるものを獲得するために、静かに上着のボタンを外し始めた。

挿絵(By みてみん)

「あんたの寂しさ、あたしが埋めてあげる。あたしはもう子どもじゃない。ちゃんと慰められるようになったから……。ちゃんと大人になったから……。今度こそ、あんたを守ってあげるからね……」


整は愛海に負けないくらい裕一のことが好きだった。だからこそ、愛海が捧(ささ)げたものと同じものを裕一にあげたかった。


それが整自身が望んだことだから、そして、大好きな裕一を守ってあげたかったから――。

2026/2/27挿絵を追加しました。AIで生成しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。