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君の恋、雨の色  作者: 石戸龍一
第六章 熱愛の日々
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第三話 裕一に触らないで

愛海はソファに横になってテレビを見ていた。台所では裕一が食器を洗っている。


今は夜の九時である。少し眠気も出てきて、愛海はクッションを胸の前で抱きながら、うとうととしていた。


普段ならそろそろ母親が帰って来る頃だ。母の夕食の準備をして帰りを待っているのだが、まだ礼子は戻ってこない。今日は残業が長引いているのかもしれない。


十時になっても帰宅しなかった場合は、食事をラップに包んで冷蔵庫に入れて、先に休んでしまおうと愛海は考えていた。


がちゃり。玄関の扉が開く音がした。時刻は九時四十分である。母が帰ってきたようだ。愛海はソファを降りて、母を迎えに行く。


「お母さん。おかえり」


「ただいまぁ、愛海ぃ……」

挿絵(By みてみん)

礼子は千鳥足(ちどりあし)の状態で、壁に手をついていないと転んでしまいそうだった。アルコール臭がぷんぷんと漂っている。顔は真っ赤だし、目もとろんとしていた。母はひどく泥酔して帰ってきたようだ。


礼子はハイヒールを雑に脱ぎ捨てて、躓(つまづ)きそうになりながら廊下に上がった。


「お母さん、飲んできたの?」


「会社の人たちと一緒にねぇ……。ったく、係長がどんどん飲めって勧(すす)めてきやがってさぁ。あっはは。あたしもグビグビ飲んじゃったってわけぇ」


帰りが遅くなったのは、残業ではなくて飲み会のせいらしい。


母は今にも転びそうな様子だった。愛海はそうならないように母を支える。すると、お酒のツンとした匂いが鼻に突き刺さった。思わず、愛海は自分の鼻を手で覆った。


「えふっ。ごめん、愛海……。肩貸して……」


「うん。転ばないように気をつけてね」


愛海は酒に飲まれた母をなんとかリビングまで連れて行った。礼子はどすんと椅子に座り、机の上に鞄を放り投げた。衝撃で鞄から中身がこぼれたが、全く意に介(かい)していない様子だった。


「母さん、お帰り。って、酒クサッ!?飲んできたの?」


「うん。会社の人と飲んできたんだって。裕一はそのまま食器洗ってて?お母さんの面倒は私が見るから」


愛海は冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出して、コップに注いだ。だが、礼子はコップを無視して、ペットボトルを愛海から奪い、口をつけて直接飲んだ。


「ごく、ごく……。ぷはー!冷たくて気持ちいい~!気分がちょっとしゃっきりしたよ。ありがと、愛海」


「う、うん……」


酒を飲むと性格が変わることはよくあることだが、礼子の場合はかなり面倒くさくなるタイプだった。乱暴に振舞ったり、クドクドと無駄話をして人を拘束したり、暴飲暴食したりする。


酒に酔うと、母は一家を一人で支える大黒柱から、周りを困らせる乱暴者に変身してしまうのだ。愛海は酔った母のことが少しだけ苦手だった。


「お母さん、夕食はどうする?一応生姜焼きを作ったんだけど……」


「んん?いらないよぉ。だってあたし、いーっぱい食べてきたんだもん!串鳥(くしどり)の美味しいお店に行ったんだけど、あの香ばしい醤油ダレがまたビールと合うんだよねぇ!えっへっへ!あたし、おばさんなのに十本も食べちゃったんだ!あたしもまだまだいけるなぁって思っちゃったね!愛海もそう思うだろ?」


「そ、そう。それは良かったね。じゃあ、お料理は冷蔵庫に入れておくから、明日にでも食べてね?」


「はいはーい!いつもありがと、愛海!あんたはあたしの自慢の娘だよ!あははっ!」


母は笑い上戸(じょうご)になっていた。アルコールで脳をやられた彼女からすれば、どんなことでも面白いのだろう。風が吹いただけでも笑い転げてしまいそうである。


「お風呂はいつ入る?身体を綺麗にして早く寝ちゃった方がいいよ?もう夜も遅いんだし」


「なーに言ってんだよぉ!まだ十時にすらなってないじゃないの!あたしの夜はこれからこれから!確か冷蔵庫の中に……」


礼子はふらりと台所に侵入し、冷蔵庫を開けて缶ビールを二本取り出した。慣れた手つきで缶を開き、酔った身体にさらにアルコールを注ぎ込む。


「んっ、んっ、んっ……ぷはぁ~!やっぱ、暑い夜はビールに限るねぇ!」


「お、お母さん!?何やってるのよ!もうあんなに飲んできたのに……!」


母の愚行に愛海は悲鳴を上げた。これ以上泥酔したら一体どうなってしまうのか、娘は心配でしょうがなかった。


だが、心配する愛海のことなど意識には無いらしく、礼子は腰に手を当てて、まるで風呂上がりの牛乳を飲むが如く、一気にビールを飲み干してしまった。


裕一が洗い物をしているシンクの中に空の缶を投げ捨てて、礼子は二本目のビールの蓋(ふた)も開けてしまう。


「ぐふふ……。これよこれ。あれっぽっちじゃ全然足りないのさ。あたしはもっと飲むんだよ。飲んで飲んで飲みまくらなきゃ。はあ、美味しい……ゴクゴク」


泥酔して理性が吹き飛んでいる礼子は、浴びるように酒を飲み続けた。もはやそこには母の威厳(いげん)などなく、一塊(いっかい)の酒乱(しゅらん)が存在しているだけである。


礼子は二本目も軽く空にしてしまった。


「美味いったら美味い!これぞ人生の醍醐味(だいごみ)ってねぇ!他には無いの?まだまだ飲み足りないよ。ビールって二本だけだっけ?下の方に三本目があったはず……」


「お母さん、もうやめようよ?二日酔いになっちゃうよ?」


冷蔵庫を漁(あさ)っていた礼子は愛海の方を振り返り、呂律(ろれつ)の回っていないヘラヘラした口調で叫んだ。


「あたしが二日酔いになったところ、見たことあるって言うのぉ!?無いでしょお!?えへへ!傘馬礼子さんはお酒には滅法(めっぽう)強いんだからね!だいじょーぶ、だいじょーぶ!全然平気れすよぉ……」


目的物を見つけた礼子はさっそく蓋(ふた)を開けて、缶を口元に押し付けた。黄金色の魔法の液体が、豪快(ごうかい)に喉を下っていく。


「ゴクゴク……。んんっ、ぷはぁー!たまんないよぉ!ビール最高ぉ!」


こんな風に酒に溺(おぼ)れるのにも訳があった。残業からくる仕事のストレス、一家を一人で支えているというプレッシャー、そして夫がいないという寂しさから逃げたかった。酔っている間は全てを忘れられるのだ。


そのためなら、たとえ醜態(しゅうたい)を子どもの前に晒(さら)すことになっても、構わないと思っていた。毎日はさすがにダメだとしても、月に一度くらいは”だらしがない酔っ払い”になりたかった。


この点では、傘馬礼子もどこにでもいる中年女性に過ぎない。いくら普段は気丈(きじょう)に振る舞っていても、誰もが持っている弱さを礼子も持っているのだ。母は決して強い人間では無かった。


愛海もそれは理解していた。常日頃から母が晒(さら)されているストレスを思えば、たまにはこんな風にだらけてしまうのも仕方がなかった。なにより、姉弟(きょうだい)が多少貧しくても普通の暮らしができるのは、母のお陰なのだ。


愛海に文句を言う権利はなかった。でもやっぱり、度が過ぎているように感じられた。


(今日のお母さんは飲み過ぎだよ。病気になっちゃったら元の子も無いんだから……)


そろそろ母の飲酒をやめさせようと愛海が考えていた時である。礼子は泥酔による恍惚感(こうこつかん)に満たされながら、裕一の後ろ姿に目が留まった。


彼は流しの前に立って食器洗いに専念している。裕一は息子でありながらも、立派に成長しつつある一人の男性でもあった。


息子、男、息子、男。二つの観念が頭の中を周回し、礼子を混乱させた。酩酊(めいてい)しているせいで理性の歯止めはとっくのとうに効かず、礼子は裕一を一人の男として意識してしまった。


離婚してから、男の人、特に若い男性とは全く接点が無かった。礼子は無意識のうちに男に飢えていた。


礼子は後ろから裕一に抱き着いた。彼の腹の辺りに手を置いて、いやらしく撫(な)でまわし始めた。


「んっふっふ。裕一ぃ?あんたも結構いい男になってきたんじゃないのぉ?ほら、お母さんに腹筋見せてよ?」


「や、やめてよ!母さんったら!」


母のセクハラだった。酔っぱらった礼子に悪気はなかった。ただ魔が差してしまっただけだった。ほんの悪戯のつもりだった。


しかし、この母の愚行は愛海をひどく刺激した。


「お母さん……!?」


愛海の中で瞬間的に憎悪が湧(わ)き起こるのがわかった。自分が愛する男にちょっかいをかけられて、爆発的な怒りが生じた。


愛海は席を立った。母のもとに近づき、彼女の肩を引っ張って裕一から引き離した。そして――。


ぱんっ。愛海は礼子にビンタをした。


礼子はバランスを崩して、その場に倒れ込んだ。酒に酔って紅潮(こうちょう)していた頬に、赤い手の痕(あと)が刻まれていた。母は怯(おび)えた目で娘を見上げた。娘は唇を噛み、怒りで目が血走っていた。


そして、愛海は激しく怒鳴った。


「もうやめてよ!いい歳してなにみっともないことしてるのよ!裕一に触らないで!」


裕一たちの前で、愛海がこんなにも強く怒りの感情を剥(む)きだしにしたことは今まで無かった。普段の愛海の姿からあまりにも乖離(かいり)していた。だから、裕一も礼子も、目の前のこの人物が愛海だとは信じられなかった。


あの誰よりも優しい愛海が、母親に暴力を振るうなんて――。


「ま、愛海……?」


礼子は酔った頭が急激に醒(さ)めていくのがわかった。そして、冷静に状況を理解し始めた。


礼子は愛海にビンタされたのだ。お腹を痛めて産んだ娘に顔を叩かれたと思うと、胸が切なくなるのがわかった。ただ悲しかった。ひたすらに悲しかった。


「あ、あんた……親に手を上げるなんて何考えてんのさ!」


それだけ言い残し、礼子は隣の部屋に行ってしまった。すすり泣く声が扉の向こうから聞こえてくる。母は泣いていた。赤く腫(は)れた左頬を押さえつつ、しめしめと涙を流していた。


(私……)


愛海は自分の右手を見た。まだヒリヒリするような痛みが残っている。


(私、我慢できなかった……。裕一があんな風にお母さんに触られて、それが嫌でたまらなくて……。でも、お母さんに悪気はなかった。ただお酒に酔って羽目を外しちゃっただけ。なのに私、馬鹿みたいに怒って……。なんてことしちゃったんだろう?人に暴力を振るったのはこれが初めてかもしれない……)


愛海はすぐさま後悔した。雪崩(なだれ)のような自責の念が愛海を押し流そうとしていた。


だが、愛海以上に混乱していたのは裕一だった。母と姉の喧嘩という生まれて初めて見た光景に、どうしていいのかわからず、あたふたと慌(あわ)てていた。


愛海はすぐに裕一のパニックに気がついた。


「……びっくりさせてごめんね?今のは全部お姉ちゃんが悪いの。裕一は何も心配しなくてもいいんだよ?」


「お姉ちゃん……」


愛海は穏やかで優しい普段の状態に戻っていた。それを見て、裕一は少し安心した。


「ちょっとお散歩してくるね?頭、冷やしてくる……」


愛海は弟と母を家に残し、蒸し暑い夜の世界に出て行った。



公園のブランコに腰を下ろして、愛海は一人で項垂(うなだ)れていた。激しい後悔と罪悪感が愛海を襲って、なんだか頭が重くて持ち上がらなかった。


母をビンタした光景が何度もフラッシュバックした。その度に、自らの罪の重さが増していくように思えた。


(なんて謝ればいいんだろう?許してくれるのかな?あんなことしちゃった私を……)


謝罪の言葉はいくらでも思い浮かぶが、どれも愛海の失態(しったい)を帳消しにできるとは思えなかった。いくら悩んでも答えは見つからず、自分がしたことの滑稽(こっけい)さを自嘲(じちょう)するしかなかった。


(私、母親相手に嫉妬してる。なにやってるんだろう?)


確かに嫉妬だった。愛している男性が、別の女性からボディタッチされている。そんな光景を見て、愛海はマグマのように熱いジェラシーを感じたのだった。


自分だって、あんな風に裕一に触りたいのに――。


だが、嫉妬の相手は母親だった。礼子は酒に酔っていたものの、裕一の母親であるのだから、冗談のつもりでちょっと身体を触るなんて、そんなに異常なことでもなかった。あれはちょっと親密過ぎたが、母子のスキンシップの範疇(はんちゅう)に入っていた。同じ歳のガールフレンドが触るのとはわけが違うのである。


だが、愛海は耐えられなかった。まるで自分の大切な宝物が汚されているように感じた。


「ん?あれは……」


公園に誰か入って来た。見慣れたシルエットだった。小柄でポニーテール、気が強そうなツリ目が特徴的である。


それは雨野整だった。彼女は犬を連れていた。おそらく、ゴールデンレトリバーだろうと愛海は思った。


「あれ?愛海さん?こんな夜に公園で何してるの?」


「ちょっとね……。整ちゃんは犬のお散歩中?ペット飼ってたの?」


整はリードの紐をブランコの棒に縛(しば)って、犬にお座りさせた。そして、金色の胸毛を愛おしそうに撫(な)でた。


「この子はあたしのペットじゃなくて、近所のおばさんの犬。腰が悪くて散歩に連れて行けないから、あたしが代わりにやってるのよ。ついでに、名前はワン子。あたしがつけたんだよ?」


(犬だからワン子って……。もう、整ちゃんったら)


安直過ぎるネーミングセンスに、愛海は噴き出してしまいそうになった。


「おばさんの犬ってことは、元の名前があるんだよね?本当はなんて言うの?」


「それはね、忘れた」


堂々と自らの忘却を白状し、整は満面の笑みを浮かべた。あまりの開き直りっぷりに、堪(たま)らず愛海は笑ってしまった。


「ふふ。整ちゃんらしいね」


「でしょ?でもさ、この名前もなかなか合ってると思うんだよね。ほら、このボケッとした顔とか、目がクリクリしてるところとか、なんか”ワン子”って感じがしない?」


「そうかなぁ?」


愛海はワン子を見た。整の名付けが正しいかどうかはともかく、確かに愛くるしい顔をしていた。太郎とか定吉とか、そういう渋い名前よりは、ワン子みたいな可愛げのある名前の方がしっくりくる感じがした。


整は愛海の隣のブランコに座った。軽くブランコを漕(こ)ぎながら、整はさっきの質問を繰り返した。


「それで、愛海さんはこんな夜に何してるわけ?一人で夜のお散歩?それとも、公園でブランコの練習?そんな感じじゃないよね。何か嫌なことでもあったんでしょ?」


「え?なんでわかるの?」


「だって、凄く落ち込んでるんだもん。今の愛海さんの顔を見れば誰にだってわかるわよ」


愛海は整の勘の鋭さに感心しつつ、母との喧嘩について正直に話すことにした。


「実は、お母さんと喧嘩しちゃったの」


「えー!?愛海さんって母親と喧嘩とかするんだ~!?なんか意外ね!」


整は大声を出して驚いた。ブランコを漕(こ)ぐ足が思わず止まるほどだった。


「お母さん、今日はすごく酔ってて……。整ちゃんも知ってると思うけど、お母さんって酔うと性格がすごく悪くなるタイプなの。言葉遣いが乱暴になったり、誰かにちょっかい出したり……。それで、私はそんなお母さんにイラッてしちゃって……」


「あははっ。礼子さんって、酔うと人に絡むタイプだよねぇ。あたしも経験あるからわかるよ?話は長いし、ほとんど愚痴だし、面倒くさいったらありゃしない。そりゃ、愛海お姉さまもキレちゃうよねぇ?」


整はケラケラと笑っていた。彼女はブランコの板の上に立って、立ち漕(こ)ぎを始めた。ブランコは軋(きし)むような音を出しつつ、激しく前後に動いている。


「私、仲直りできるかな……」


「できるよ、絶対……。よっと!」


整はブランコの上から勢いよくジャンプして、空中で一回転しながら見事に着地した。そして、その場でターンをして愛海の方に振り向いた。


「なんつっても、喧嘩できるのも仲直りできるのも家族だからこそ、だしね。あたしのウチなんてすっげー放任主義でさ、あたしから喧嘩吹っかけても無視されるだけだもん。母親と喧嘩できる愛海さんがちょっと羨(うらや)ましいくらいだよ」


「整ちゃん……」


「だから、何も心配することはないんじゃない?喧嘩した時と同じくらい、自分の気持ちをばーってぶつけてさ、後はごめんなさいって言えば許してくれるよ。喧嘩できるなら仲直りもできる。それが家族ってもんでしょ?」


心が通じ合っている家族だからこそ、たまには喧嘩するし、すぐに仲直りもできる。なんてことはない。愛海はやるべきことは、自分の思いを言葉にして正直に伝えるだけなのだ。


愛海は整を見た。裕一どころか自分さえもぐいぐい前に引っ張ってくれる少女は、いつも通り自信満々な表情を浮かべていた。


こんな頼りになる子が本当に自分の妹だったらいいのにと、愛海は思った。整のお陰で愛海は立ち直ることができた。


「ありがとう、整ちゃん。私、なんとかなりそう。やるべきことがわかって、すごくスッキリした」


「へへっ。愛海お姉さまのお役に立てて光栄ですってね。まあ、早く仲直りしちゃいなよ」


整は縛(しば)っていたリードを解き、ワン子と一緒に散歩に戻ろうとした。だが、愛海にはまだ言わなくてはならないことがあった。


「あ、整ちゃん。ちょっと待って」


「ん?何?」


「この前はごめんね?私、整ちゃんの気持ちを考えずに自分のことばっかり優先して……」


数日前、整は裕一を遊びに誘ったのだが、見事に振られてしまったのだった。しかも、姉との約束を優先した結果だった。ショックを受けた整は二人を置いて走り去ってしまった。


愛海はあの時の整の言葉を一言一句(いちごんいっく)覚えていた。


『なんでなのよ!裕一、最近は愛海さんとばっかり一緒にいてさ!あたしと全然遊んでくれないじゃん!』


あの時のことを愛海は申し訳なく思っていた。必ず整にお詫びして、あの時の埋め合わせをしようと決めていたのだった。


「次は整ちゃんの約束を絶対に優先するね。裕一にも言っておくから。だから、許して欲しいの。私のことも裕一のことも」


「もう怒ってないよ。裕一と愛海さんにとっては大切な家族の時間だもんね。あたしがぶち壊すわけにはいかないよ。別に遊ぶのは来週でも再来週でも良かったんだからさ。あたしもちょっと大人げなかったかも。あたしの方こそ、ごめんね?」


整はちょっと照れ臭そうな顔をしつつ、愛海に謝った。


「でも、愛海さんがそう言ってくれるなら話は別。さっそくだけど、今週末は裕一を借りてもいい?」


「もちろん。整ちゃんなら裕一を夜まで連れ回してもいいよ。ふふ」


愛海と整は顔を見合わせて微笑んだ。その姿はまるで本当の姉妹のように見えた。


家族だからこそ喧嘩するし、仲直りもできる。家族同然の整だからこそ、この前みたいに喧嘩したり、今みたいに仲直りもできる。


愛海はさっきとはうって変わって、軽快な足取りで弟の待つ家に向かった。夜だと言うのに、彼女の心は朝のようにすこやかで晴れ晴れとしていた。

2026/2/17挿絵を追加しました。AIで生成しました。

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