推しは自分を救う為に生まれ変わった未来の自分だった
「あなた、生まれ変わりって信じてますか?」
喫茶店のカウンター席で、隣に座っていた女性が突然話しかけてきたので、俺はビクッと肩を揺らした。
ベレー帽を被った茶髪の長い髪の女性は、顔をくいっと、こちらに向けている。初対面の女性だ。眼鏡の下は大きな瞳で、綺麗な顔立ちをしている。
「いや、まぁ人並みには。っていうか、なんですか急に」
訝しみながら、俺は言った。
「じゃあ、自分の生まれ変わりが、今現在のこの世界にいるって言ったら、どう?」
「え?どういうことですか?」
女性の言葉の意味がわからず、俺は眉を寄せた。
「あなた、自分の人生を変えた人に出会ったことはある?」
「まぁ高校時代の恩師とか、恋人とか、後は、推してる女優とか。それが何なんですか?」
そう言ってから、俺は気づいた。この女性、眼鏡に茶髪でベレー帽を被っているけれど、眼鏡を外して髪を黒髪にすればーー。
鼓動が早まるのを俺は感じた。
「え?もしかして、滝川純、、」
言いかけた俺を、女性は口元に人差し指をあてて、シーッと止めた。
「え?ええ?なんで?どうして?」
パニックなる俺をよそに、俺の推しである女優の滝川純は冷静に、静かに、と一言いうと、ホットコーヒーを口に運んだ。
「あなた、今無職だよね?」
推しを目の前に浮かれ出した俺の胸を、滝川純はグサリと突き刺した。確かに現在、俺は無職だ。2ヶ月前に仕事を辞めてから、貯金を潰して暮らしている。でも、そのことをどうして推しの彼女が知ってるんだ?
「あなたこのままだと、近いうちに精神を病んで生活保護を受けて、40歳手前で死ぬよ」
「は?何を、、、」
俺は今29歳だが、精神疾患はない。それに生活保護だって、受ける気もない。
「あの占いとか、そういうのですか?」
怪訝に思いながら、聞くと彼女はハハッと笑った。
「私がそんなことしないの、知ってるよね?」
「いやまぁ、隠れた趣味とかで」
「ないよ。ない」
「じゃあ、何なんですか?」
「さっき言ったこと、覚えてる?」
「え?」
「自分の生まれ変わりが、今現在、この世の中にいる」
「はぁ、それが?」
「私」
一言彼女は言うと、人差し指で自分を指差し、それから俺を指差した。
俺は彼女の意図を察したが、いやいやと頭を振った。
「有り得ないでしょ」
「じゃあどうして、あなたが無職って、私が知ってるの?」
「それは、探偵か何かに調べて、、、」
「なんで私がそんなことするの?」
「いや、なんでって、、、」
俺は言葉に詰まった。確かに彼女がそうする理由が、皆目見当もつかない。
「私を推してる理由、言ってみて?」
「え?なんで?」
「いいから」
「えー、初めはテレビで見て、やたらヘラヘラ笑う女優だなーて、印象はあんまりだったけど、、、あれ??」
そういえば、なんで俺は彼女を推してるんだっけ?あっ。
「誕生日が同じ5月で、イニシャルも一緒だったから、それで何となく親近感を感じて、、、いつの間にか」
「よくわからないけど、いつの間にか、気がついたら、好きになってた?」
彼女の言葉に、俺は、はい、と頷いた。
「それね。そうなるように、仕組んで生まれ変わったの、未来のあなたが」
「は?」
「40手前で孤独死した未来のあなたが、自分を救う為に生まれ変わった。それが私」
「孤独死?」
「そう。夢も希望もなく、生活保護を受けて友達も離れて両親も死んで、孤独に一人で死んでった」
「そんなの想像もつかないけど、だって俺今、普通に幸せだし、無職だけど。仕事だって、すぐ見つけるつもりだし」
「それはなんでかな?」
ニーっと笑って、彼女は俺を見る。
「あ、滝川純さんが、いるからです」
「それだけじゃないよね?あなた、女優の私にリア恋して、結婚できたらなんて考えてるでしょ?」
「いやー、まぁ、はい、そうですね、、、」
本人に改まって言われると、何だかクソ恥ずかしくなってきた。
「そういうあなたの習性を利用して、私はあなたを救ってるの」
「まぁ確かに、女性タレントにガチで恋するのは子供の頃からだけど。救ってるっていうのは?」
「未来のあなた、つまり私なんだけど。私があなただった時、私は仕事を辞めた後、一切そういうことを辞めたの。タレントに恋するとか馬鹿げているって。無職の自分がいくらタレントに恋したって叶うはずもないからって。そうやって、希望や夢をひとつひとつ捨てていった。その果てに孤独になって精神を病んだ」
「へぇ、想像もつかないな、そんな俺」
「それは私がいるからね、今は」
「それも想像つかないけど」
「生まれ変わりって、常に未来にするわけじゃないんだよ。過去にだって、生まれ変わることができる。そうやって、過去の自分を救う為に生まれ変わることだってあるんだよ」
「なるほど、、、」
ようやく俺は彼女の言ってることが理解はできた。が、到底信じることはできない。
「そう。容姿も性格も全然違うけど、私は私があなただった時のこと、はっきり覚えてる」
「そう言われても、、、」
「じゃあ言うね。あなたの高校時代の恩師は平川先生で、恋人は中学時代に出会った川野紗里ちゃん、初体験は17歳の時で、でも途中で、、、」
「うわっ、やめてください。推しに言われたくない」
「推しって言ったって、私の過去生あなたなんだから。あなたことは全部わかる」
「本当なんですか?よくテレビでやってる占いの何でも見えちゃう人的なやつじゃ、、、」
「もっと言おうか?あなた歳を重ねるごとにアレの、、、」
「もういいです。信じます。言わないでください」
これ以上推しに辱めを受けたくなくて、俺は認めることにした。確かに占いでもないなら、ここまで彼女が俺のことを知ってるのはあり得ない。
「でも、じゃあ今日は何の為に?生まれ変わって女優になって、俺も順調に推しになってるなら、万事OKじゃないですか。わざわざどうして会いに?」
「それなんだけどね、、、」
彼女は少し神妙な顔つきになった。
「はい」
「私が本当にあなたを救うには、私はあなたと結婚しなければならない」
「は!?」
「それがあなたを孤独死から救う唯一の方法なんだけど」
「それは願ってもないことだけど、あっ、、、」
そうか、と俺は思った。彼女にとって俺は、過去の自分なのだ。幾ら女性に生まれ変わって、売れっ子の女優になったからといって、、、。
「自分と結婚するなんて、クソ気持ち悪いですよね」
「わかってくれたー?」
心底安堵したように、彼女は言った。
「もうムリムリ。そりゃ死んだ時はさ、救えるものなら過去の自分救いたいって思ったけど、今や私日本のトップ女優だよ?それなのに、わざわざ無職の男相手にするとか、しかも過去の自分だし。もう絶対ムリ」
「あ、でもこっちはそれほどでも、、、」
「だろうね。だからね。今日は諦めてもらいたくて来たの」
「あーなるほど」
「あのさ、インスタライブとかでコメントとかするのも、やめてくれる?どうやったってもう私とあなたは繋がることないから。変な希望抱かないで」
「いや、それだとまた同じ未来が、、、」
「そうならないように、こうして会いにきてあげたの。あなたは、ちゃんとすれば大丈夫だから。私に会えたってことで、人生もきっと変わっていくよ」
「いやでも会えただけで、結局振られたんじゃ、、、」
「そこはね、自分で何とか折り合いつけて。私はあなたの人生は背負えない」
「でも、俺を救う為に生まれ変わったんですよね?」
「そうだったけど、別に絶対果たさなきゃいけない義務はないから。私は私の今世を生きる。そう決めたから」
彼女はそう言って、真剣な眼で俺を見た。
「じゃあ、これから俺はどうすれば」
「女優やアイドルなんていっぱいいるし、アニメだってあるし、とにかく誰か他に適当にさ、私以外の推しを見つけて。推し活さえしてれば、多分大丈夫だから、あなたは」
「そんな無茶苦茶な、、、」
「じゃあね。あっ、インスタとかのフォローも外してね。私とは金輪際一切赤の他人だからね」
滝川純はそう言うと、立ち上がって、颯爽と勘定を済ませて、喫茶店から出て行った。
残された俺はしばらく、途方に暮れた。
本当なのか?本当だったのか?滝川純は、本当に俺の生まれ変わりなのか?
そして俺を救う方法が、俺と結婚することだったなんて、、、。
考えていると、やりきれなさが溢れてくる。
彼女がちゃんと、その使命を果たしてくれていれば、、、。
俺は何となく悟った。
きっと俺はまた孤独死をして、そして次こそは自分を救う推しに生まれ変わるのだと。
推しは過去の自分を救う為に生まれ変わってきた未来の自分。
信じたいような、信じたくないような、、、。