第98話 似ても似つかない
温かい湯船につかって天井を見上げてると、ボーっとしちゃうよね。
特に今日は、なんかもう、頭の中がぐちゃぐちゃだから。
心地いいお湯の中から出たくない気分だよ。
「だからって、お風呂で寝ちゃったら危ないですよ、リグレッタ様」
「そうよ。私が様子を見に行かなかったら、溺れてたかもしれないんだから!」
「ごめんねぇハリエットちゃん。ありがとね」
「構わないわ。それに、私もリグレッタには何度も助けられてるから、気にすることないでしょ?」
ハリエットちゃんがそう言ってくれるのは、すごく嬉しいな。
「ところでベルザークさん。ハナちゃんはどこにいるの?」
全員揃ってるこの場にハナちゃんが居ないのは珍しいよね。
いつもなら、そこのソファでグデェってしてるはずなのに。
お風呂から上がったら、あの可愛い姿を愛でることが出来ると思ってたのに。
いないもんねぇ。
お風呂に入らず、どこに行ったのかな?
「ハナちゃんなら、鍛練場に行くと言ってましたよ。彼女も中々、見込みのある子に育っているようです」
「ハナちゃんが良い子だってのは分かるけど、それはどういう目線なの?」
「師匠、ですかね?」
「いつの間にか師弟関係になってた!?」
「まぁ、冗談ですが」
ホントかと思ったじゃん。
なんとなくだけど、ベルザークさんってそう言うの好きそうだし。
「話してるところ申し訳ない。少し聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
そう言ってベルザークさんとの会話に割って入って来たのは、ホリー君だね。
なんか、メモとペンを持ってるけど……。
長くなりそうな気がするよね。
「ホリー兄さん、程々にしてよね」
「分かってるってば。聞きたいことを幾つかまとめて来たんだ」
「それって、懐古の器の件だよね?」
「もちろん!」
当たり前だよっ!
と続きそうなぐらい、語気に力が込められてる。
でもまぁ、私もさっき見たことを全部綺麗に整理出来てるワケじゃないから、良い機会かもだね。
「どうぞ」
「それじゃあ1つ目。リグレッタはお母さんが300歳を超えてるかもしれないってことは、知ってた?」
「ううん。知らなかったよ」
「どうして?」
「だって、年齢を聞いたら母さん凄く怒るんだもん」
笑顔なのに、笑ってない。
そんな感じで、すごく怖かったのを覚えてるよ。
そのせいで、父さんにも年齢を聞くのが怖くなったし。
「そっか。うん。それじゃあ2つ目。プロス・ペリテの出来事は知ってた?」
「知らなかったよ。街の名前も、風のことも聞いてなかったね」
知ってたことと言えば、シルフィードくらいかな。
そう言えば、前に母さんの懐古の器を見た後、ノームを使えるようになったんだっけ。
今回はシルフィードを使えるようになってたりしないかな?
砂粒と合わせて、雷も作ってたし。
明日にでも試してみよう。
「ふむふむ。ここまでの話を整理すると、リグレッタのご両親は風の台地で起きた事を内密にしておきたかったってコトかな」
「単純に、その話をすると自分の年齢がバレるから、しなかっただけじゃないっスか?」
「あはは。たしかに、母さんならあり得るかもだね」
父さんに、強く口止めしてる様子が目に浮かぶよ。
想像して苦笑いする私。
対するホリー君は、気を取り直すように咳ばらいをして見せた。
「次はリグレッタのお父さんについてなんだけど。今回も前回も、残されてた魂はソラリスさんのものだった。プロス・ペリテでも、飛ぶのに慣れてないとか言ってたし。これについて、リグレッタは何か思う所はある?」
「それは私も気になってたところだよ。だって、一緒に暮らしてた時は普通に飛んだりしてたし」
少なくとも、飛ぶのに慣れてない父さんなんて想像したことも無かったなぁ。
「なるほど。ですが正直、ボクは少しだけ納得できた気がしているんです」
「え? そうなの?」
「そうね。私も兄さんと同じ考えだわ」
ハリエットちゃんまで!?
どういうことなのかな?
「ボクらが知ってた解放者は、綺麗な白髪の女性なんですよ。文献にも、男性だったという記載はありませんでした」
「そういうことかぁ。でも、父さんも間違いなく解放者だったよ?」
「そうなんです。それが一番の謎ですね」
そう言ったホリー君は、少し俯いて考え込んじゃった。
「それにしてもよくそこまで考えられるっスねぇ。俺なんか、昔この場所にでっかい街があったんだなぁくらいしか思わなかったっスよ」
「あなたと違って、ホルバートン様には知識がありますからね」
「喧嘩売ってるんスか!?」
「ほらほら2人とも。喧嘩は止めてよね」
ベルザークさんとカッツさんって、仲が良くないのかな?
じゃれ合ってるだけにも見えるけどさ。
「うん。だいぶ整理出来たと思う」
ベルザークさん達がバチバチと視線でじゃれ合ってると、ホリー君が納得したように頷いた。
「なんにせよ、これ以上の情報を得るために出来ることは2つだね」
「2つ? また母さんの魂を探すってだけじゃないの?」
「もちろんそれが2つの内の1つだけど。もう1つ、過去を知る方法があるとボクは考えてる」
「プルウェア聖教国、ですね」
「その通り。さすがですね、ベルザークさん。あの街にティアマトを寄こしたのがプルウェア聖教国なんだとしたら、当時のことを何か知っているかもしれません」
カッツさんと視線のじゃれ合いをしてたはずのベルザークさんが、静かに割って入ったよ。
感心して見せるホリー君だけど、なんか今、視線が鋭くなったような?
「プルウェア聖教国と言えば、フランメ民国と深い繋がりがあるとボクは認識していますが、そのあたり、どうお考えで?」
「繋がりなどと称するようなものではありませんよ。殺し合いをしているだけです」
あわわわ……。
今度はベルザークさんとホリー君がバチバチし始めちゃったよ。
なんでそんなに喧嘩しちゃうかなぁ。
取り敢えず、2人の話を遮った方が良いよね。
そう判断した私が口を開こうとしたその瞬間。
元気な足音が、階段を駆け下りて来たのです。
「リッタ!! 見て見てっ!! ハナね、出来るようになったよ!!」
「ハナちゃん? なにが出来るようになったのかな?」
今までにないくらい得意げに胸を張る彼女。
すごくご満悦な顔だ。
これは凄く楽しみだね。
そのまま壁に向かって歩き出した彼女を、私は凝視する。
直後、壁に両手両足を這わせたハナちゃんが、器用に壁を登り始めたのです。
「ほらっ! 壁を登れるよ!!」
「ハナちゃん!? あ、危ないよっ!?」
「だいじょーぶだよ! みんなしてたもん!」
みんなって、プロス・ペリテに住んでた獣人たちのことを言ってるの?
ご、ごめんハナちゃん。
彼らと今のハナちゃんの姿は、似ても似つかないように見えるよ。
なんて言ったらいいのかな?
ほら、こう、あれだよね。
「なんか、ゴキブリみたいっスね」
はしゃぐハナちゃんの背中に投げかけられたその言葉のせいで、部屋に緊張が走りました。
もちろん、耳の良いハナちゃんがその言葉を聞き逃すはずがありません。
ピクッと身体を反応させた彼女は、ゆっくりと壁から降りました。
そして、涙目に頬っぺたを大きく膨らませた表情で、カッツさんを睨み付けたのです。
「あ、いや、ちがっ」
「ゴキブリじゃないもん!!」
逃げるようにお風呂に駆け込んでくハナちゃん。
「ゴキブリは無いんじゃない?」
「ほんとよ! 最低だわ」
「さすがにデリカシーに欠ける発言だと思います」
「知識だけでなく、良識も欠けていたのですね」
「酷いぜ、カッツ兄ちゃん」
「違うっスよ!! なんか見たことあるなと思ったら、地下の下水道で良く見たゴキブリに似てたからっ! 思わずポロっと出ただけっス!!」
なんにもフォローできてないよ。
あーあ。
全員の視線がカッツさんに突き刺さってるね。
これはカッツさんが悪いから、仕方が無いでしょう。
あとでちゃんと謝ってもらわなくちゃだね。
それにしても、どうやって壁に貼り付いてたのかな?
ふと疑問に思った私は、答えを知るために壁に視線をやりました。
そう、見てしまったのです。
「か、壁に、沢山の爪痕が……ハナちゃぁーーーん!! もしかして、鍛練場でずっと練習してた!?」
もしかしたらもしかすると、カッツさんの失言は良い結果をもたらしたのかもしれません。
だってそうでしょ?
大量の傷を付けながら自慢げに壁を登るハナちゃんを止めることが出来る人なんて、彼くらいしかいないかもしれないからね。