第97話 塵になるまで
台地の縁に向かって歩き去って行く母さんの姿。
その映像を最後に、懐古の器は消えちゃった。
この台地で起こったこと。プロス・ペリテという街で起こったこと。
そんな過去の記憶を私たちが見たからかな?
まるで、隠し事は無くなったよと開き直るみたいに、台地を取巻いてた無数の風が静かに収まって行く。
吹き付ける砂も全て足元に落ちちゃったから、もう口に砂が入り込む心配もないね。
「母さん……」
魔物の骨に宿っていた母さんの魂。
あれは、一つの大きな街を壊すために作られたんだね。
どうして、生き物に魂宿りの術を施してたのか、理由が分かって良かったよ。
まぁ、疑問が1つ晴れた分、沢山の疑問が生まれちゃったけどね。
「納得いかないわ!」
「ハリエットちゃん?」
「ワイズって獣人はどうして、街を放棄したの? あれだけ栄えてた街なのよ!? 壊されても、もう一度、作り直せばいいのに!」
いつになく興奮気味のハリエットちゃんだね。
ワイズさんが街を放棄した理由かぁ。
そんなこと、私に聞かれても、正しい答えはわかんないけどなぁ。
「彼は分かっていたのでしょう」
「分かっていた? それはどういうことですか? ベルザーク様」
「レインオーブを作り出した獣人たちが、あのまま街に住んでいたら、再び襲撃されることをです」
「で、でも、そうなっても、またソラリスさんと一緒に撃退すればいいじゃない!」
今日のハリエットちゃんは、やけに強情だね。
何か、思う所でもあったのかな?
そんな彼女に対して、ベルザークさんが何かを告げようとしたその時。
突然、ホリー君が走り出しました。
向かう先は大地の縁。
そんなに足が速いわけじゃない彼を、私達は追いかけることにします。
「ホリー君? 急に走り出したりしてどうしたの?」
「はぁ……はぁ……やっぱり、そうだ。そうだったんだ……」
息を切らしながら、台地の縁にしゃがみ込む彼。
そんなところにしゃがみ込むのは危ないよ。
なんて言葉も、今の彼には届かないみたいだね。
「リグレッタ。気づかない? この台地、さっき見た君のお母さんの記憶より、だいぶ低いんだ」
「え? そ、そうかな? 言われてみれば確かに、低い気がするけど」
「間違いなく、低いよ。そして、この石柱さ!」
石柱?
さっきから話が良く分かんないんだけど。
ホリー君は何が言いたいのかな?
「ボクはてっきり、この石柱はプロス・ペリテの建物なんだと思ってた。でも違う。これは元々、台地だったんだよ」
「兄さん、何を言ってるの?」
「だから、この石柱の天辺あたりが、本当の台地の地面だったんだよ!」
「なるほど……」
一人納得してるベルザークさん。
対称的に、カッツさんは頭を掻きむしって混乱を見せてるね。
「ちょっと待つっス。この石柱が台地だったってことは、風がこの台地をこの高さまで削ったってことっスか?」
「そうだよ!」
「それって、どんだけの時間が掛かるんスか!?」
「そうです。そこがボクも気になってるところなんですよ」
そう言ったホリー君は、少しだけ目を輝かせながらも、口を開きました。
「リグレッタ。さっきのソラリスさんは、本当にあなたのお母さんですか?」
「うん。そうだよ。間違いないと思う」
「だとしたら、リグレッタのお母さんは、300歳以上の年齢だったということですね」
急に失礼な話をしてない!?
母さんが聞いたら、絶対に怒っちゃうよ!
でもまぁ、確かに。
ホリー君が言ってることは間違ってないのかも?
「ボクが知る限り、ブッシュ王国が建国した300年前には既に、死神の森がありました。そして、プロス・ペリテという名の都市は、当時の書物にも残されていません」
「そうなんだ」
「つまり、さっきのは300年以上昔の話ってことっスか?」
「ボクはもっと昔の話だと思っています。そして……」
そこで言葉を切ったホリー君は、とある人物に視線を投げたよ。
自然と、その人物にみんなの視線が集まるのです。
「な、なにっ!? なんでみんな、ハナを見るの!?」
「獣人たちは、解放者と共に歩み、森の傍に新しい村を作ったのだと思います」
そっか。
ハナちゃんは、さっきの獣人たちの……。
良く分かって無い様子のハナちゃんは、皆の注目を浴びて動揺してる。
口をすぼめながら、視線で助けを求めて来るの、可愛いな。
「ほらみんな、ハナちゃんが困ってるからそのくらいにしてあげようよ」
「そうっスね。ハナちゃん、良かったスね。ハナちゃんたち獣人が昔住んでた街が、ここにあったんスよ」
「昔住んでた……?」
カッツさんが示した頭上を見上げるハナちゃん。
その瞳には、この台地がどんなふうに映ってるのかな?
聞いてみたい。
聞いてみたいんだけど。
今は、先にもっとやるべきことがあると思うのです。
「さぁみんな! 取り敢えず懐古の器も見たことだし、ネリネに戻ろうよ! そしてお風呂に入ろう!」
「賛成だわ!」
「ボクはもう少しここで、調べてたいんだけど」
「何を調べるって言うのよ、兄さん。ここには砂と岩しかないのに」
「でも、柱の上はなにも見れてないからさ」
「それじゃあホリー君。私がハナちゃん号で上まで連れてってあげるよ」
「ホントに!?」
「ハナも行く!!」
他の皆がそそくさとネリネに戻っていくのを手伝った後、私は2人を乗せて大地の上空まで飛びました。
不規則に削られてる石柱の上には、なんにも残って無かったよ。
ホントに、塵になるまで風化させちゃったんだね。
「500年……いや、もしかしたら、1000年以上昔かもしれないな」
「それって、母さんが1000歳を超えてるって言いたいの!?」
「ちが、そう言う意図は無くて!! ボクは単純にっ!」
慌ててるホリー君。
そんな彼の横で、ハナちゃんが小さく、呟いたのでした。
「なんにもないね」
それがどこか寂しそうで、ギューッとしたくなっちゃったよ。