第96話 懐古の器:繫栄と風化④
天に伸びていた建物が、次々となぎ倒されていきます。
堅牢に見えたプロス・ペリテの街も、大量の水を前にしたら、ひとたまりもないようですね。
建物の中にいた人は、大丈夫かな?
……可哀そうだけど、彼らの安否を確認する前に、ティアマトを止めなくちゃ。
たしかティアマトは、戦闘時に11体の魔物を生み出すはず。
そんなに沢山の魔物があちこちで暴れたら、私でも対処が難しいからね。
「すこし暴れすぎですよ! 私はここにいるから、襲うなら私を狙ってください!」
試しに挑発してみましたが、やっぱりダメですね。
おそらくティアマトは、私を襲うのと同時にこの街ごと破壊するよう、命令されているのでしょう。
「仕方ありません。力づくで止めます!」
イージスさまが向かった先に被害が出ないように、ティアマトを押し出してしまいましょう。
幸いにも、それに使えそうなものが沢山転がっていますので。
「散らかしたもの、ちゃんと片づけてくださいね!!」
先ほどティアマトがへし折ってしまった建物を、風で押し上げる。
そして、その巨大な岩の塊をティアマトに投げ返してあげました。
衝撃と共に、無数の飛沫が街中にはじけ飛びます。
それでも、本体の大半が残ったままなのは、さすがですね。
あ。
もしかしたら、大失敗しちゃったかもです。
「飛沫で魔物を作ろうとしてる?」
飛び散った飛沫のいくつかが、そのまま台地に染み込んでいって、なにか怪しげな動きを見せてますね。
すぐに止めに行きたいところですが……。
「そう簡単に行かせてくれるわけありませんよね?」
牽制するように水弾を放ってくるティアマト。
気を抜いたら、水の中に閉じ込められてしまうかもですね。
服が濡れちゃうのは嫌なのです。
「仕方ありません。あなたの相手をしてあげますから、大人しくしててくださいね」
とはいえ、さっきみたいに飛沫を飛ばしてしまうのは避けたいですね。
どうしましょうか。
風で抑え込んでみますか?
いえ、それではいつまでたっても戦いが終わりません。
「厄介ですが、1つ試してみることにしましょう」
必要なのは、岩の瓦礫。
ここには沢山あるから、困りませんね。
それらをシルフィードの風に乗せて手元に集めるのです。
丁度いいから、ティアマトの水弾で瓦礫を細かく砕いてもらいましょう。
そうして、粉になった瓦礫をぐちゃぐちゃに混ざる風の球に入れてあげれば……。
「ふふふ、上手く行きましたね。バチバチ言ってますよ」
即席の小さな雷雲が完成です。
見た目はただの砂の塊なので、雷砂とでも呼びましょう。
時折小さな雷が走りますし、触りたくはない代物ですね。
「ティアマトさん。ちょっと刺激的なお食事はいかがですか? おかわりも沢山ありますからね」
試しに1つ、雷砂を水弾に当てると、水に飲み込まれちゃいました。
失敗かな?
と思ったけど、どうやら上手く行きそうですね。
その証拠に、雷砂を取り込んだ水弾が、見る見るうちに縮んでいってるのです。
シルフィードの風を総動員して、雷砂を追加していきます。
もっと大きな雲を作れれば、きっとティアマトを消すこともできるでしょう。
「ソラリス! 下だ!!」
「ん? イージスさま?」
不意に聞こえてきたのは、イージス様の叫び声。
咄嗟に見下ろした私は、大きな口が近づいて来るのを目にしました。
「邪魔するつもりなら、容赦はしませんよ?」
大きな翼をもつドラゴン型の魔物。
間違いなく、ティアマトが生み出したものですね。
よく見れば、獣人たちが他の魔物達と交戦してるようです。
やはり、早く終わらせた方が良いでしょう。
無謀にも、突進を仕掛けて来たドラゴンをヒラリと躱した私は、すり抜け様に、魂を抜き取ります。
容赦しないと言いましたからね?
落ちていくドラゴンを視界の端で見送り、雷砂を作る事に専念します。
他の魔物からの追撃が無かったのは、イージスさま達のおかげですね。
「さて、そろそろ潮時です。観念してください!」
街の上空に出来上がった巨大な雷砂。
それと対峙しても怯むことのないティアマトは、その巨大な尾で街を薙ぎ払いました。
懲りない子ですね!
しっかりと反省してもらいましょう!
勢いよく腕を振り下ろすと同時に、気流に乗った雷砂が降りて来ます。
そんな雷砂を飲み込むように迎え撃ったティアマトは、眩い光と共に消えてなくなりました。
さて。
これでひとまずは一件落着ですね。
宙に残った雷砂は適当に散らして、残された魔物を倒してしまえば、終わり。
そう、思ったのですが……。
そんな穏やかには済まなさそうですね。
「じっちゃん!! しっかりしてくれよ!! じっちゃん!!」
「くそっ! 俺がもっとしっかりしてれば……っ」
「……気に病むな、これは俺達が……俺が選んだことじゃよ」
11体の魔物を討伐して、イージスさまの元に戻った時。
彼の足元には、下半身を噛みちぎられてしまったワイズさんが倒れていたのです。
「俺が……俺が弱いせいでっ! じっちゃん! ごめんよぉ……」
事情は分からないですけど、ナフティ君の様子を見るに、ワイズさんは彼を庇ったせいで、致命傷を受けてしまったのでしょう。
さすがの私でも、今の彼の怪我を治療することは、困難です。
他の方の下半身を頂けるのなら、出来るかもしれませんが。
そんなこと、誰が望むのでしょうか。
「ワイズさま」
「これは……情けのない所をお見せして……がはっ」
「痛いですか? 苦しいですか? 望むなら、私が楽にして差し上げますが?」
「お、おい! ソラリス姉ちゃん! 何するつもりだよっ!」
「ナフティ! 彼女を責めるでないよ」
「じ、じっちゃん、でも」
涙をボロボロと零してるナフティ君。
辛いですよね。
そんな彼に、私は頭を撫でてあげることもできません。
出来るのは、安らかに眠らせてあげる事だけです。
「っ。ホントにやるのか? ソラリス」
「彼が望むのなら。私なら、痛みを与えずに終わらせてあげられますので」
私の考えに、周囲にいる獣人たちは何かモノ申したい様子ですね。
でも、そんな意見を聞いている時間は、あまり残されていないように感じます。
無理矢理にでも、ワイズさまに触れてしまいましょうか?
どうせ、だれも私を止めることなど、出来ないのですから。
そう思った瞬間、ワイズさまが声を張り上げたのです。
「皆の者!! よく聞け!! 我らは今日をもって、この街を放棄する!!」
突然の彼の宣言に、獣人たちが騒めきます。
「じ、じっちゃん!? 何を言ってるんだよ!?」
「黙って聞かんか!! これは、俺の最期の意思じゃ!!」
「っ……」
「俺ら獣人は、死神と呼ばれる彼女に、生かされたっ。なればこそ! 誇りと名誉にかけて、彼女と共に道を歩めっ!!」
彼が叫ぶ度に、大量の鮮血が辺りに飛び散ります。
「どちらにせよ、レインオーブを生み出してしまった時点で、俺達には他の道は残されておらぬ……」
「じっちゃん……」
「分かったか!! 皆の者!! 今日この時より、街を放棄するのじゃ!!」
そこまで叫んだワイズさんは、私に視線を移しました。
「すまんが、頼まれてはくれんかのぅ。そうでないと、安らかに眠れない気がしないのじゃよ」
「……それはズルいと思いますよ」
「無駄に歳だけは重ねておるからなぁ」
「分かりました」
「それともう一つ。聞いてはくれぬか?」
そう言ったワイズさんは、最期の願いを告げたのです。
未だに少し硬い頬が、スーッとほぐれていく感覚が、残っています。
そして今、私は彼との約束を果たすために、台地の中心地に赴きました。
こんな場所で何をするのか。
簡単です。
栄えていたこの街を、プロスペリテの街を、破壊するのです。
獣人たちの帰る場所を消し去るために。
そして、私が新しい獣人たちの帰る場所になるために。
「ワイズさん。よっぽど獣人たちに慕われてたんだね」
死に際の宣言を聞いた彼らは、躊躇いながらもワイズさんの遺した言葉に従うと言っていました。
そんな彼らの想いに応えるためにも、私はするべきことをしてしまいましょう。
台地の各地に展開した10体の魔物に、私は魂宿りの術を施しました。
そうして、台地の中心に浮かべた最後の魔物にも、魂を練り込みます。
彼らの身体が朽ち果て、骨になって、風化してしまうまで。
長い年月をかけて、無数の風がこの街を塵に変えてしまうでしょう。
「小さな塵になってしまっても。きっといつか、この街のことを、プロス・ペリテという街を、見つけてくれる人が現れるかもしれないですよね」
道中で拾ってポケットに入れておいたレインオーブが、怪しく輝いています。
さて、このままここに残ってたら砂まみれになっちゃいそうです。
早く降りてしまいましょう。
そして、すこしだけ大所帯になった皆と一緒に、先に進むのです。