第93話 懐古の器:繁栄と風化①
「わぁ~。スゴイですねっ! ホントにお空を支えてるみたいです!」
切り立った台地の上に作り上げられた獣人の国。
プロス・ペリテ。
ただでさえ高い台地の上に、彼らは更に石材を積み上げて、一つの都市を作ってしまいました。
空を支える腕。
そんな風に呼ばれるこの街の光景は、まさに絶景なのです。
そんな光景を目にして、気分が舞い上がっちゃうのは、仕方ないと思います。
でも、イージスさまは、それどころじゃないようですね。
「ソラリス。あんまり目立つようなことはしないでくれ。頼むから」
「ふふふ。イージスさまったら、そんなにビクビクしてたら、逆に怪しく見えますよ?」
「それはそうなんだけどさ……」
そう言いながら、大きめの帽子を深く被り直したイージスさま。
なんかちょっと、新鮮な感じですっ。
「大丈夫ですよ。さすがに彼らだって、この崖で獣人たちと渡り合えるわけないのですから」
「それはそうだけど。すでに街の中に紛れ込んでる可能性だってあるだろ」
そんなことあるのでしょうか?
獣人たちは、仲間意識が強いって話を聞いてるので、よそ者を簡単に受け入れたりしないと思うんですが。
でもたしかに、紛れてるんだとしたら、危険ですね。
「わかりました。大人しくします。だからイージスさまも、挙動不審にならないでくださいね」
そうは言ってみるけど、既に私達はこの街で浮いた存在になっちゃってるみたいです。
彼らは目も耳も鼻も良いので。
私たちが獣人じゃないってことくらい、すぐに見抜いてるはずなのです。
遠巻きから飛んでくる鋭い視線が、それを物語っています。
そんな状態で、私達に声を掛けて来る獣人なんて、知り合いくらいでしょう。
「ソラリスねーちゃーん! こっちだよこっち! 早くおいでよ!」
「あ、ナフティくん! そんなところに居たんですね」
私たちが台地の下で助けた獣人の男の子。ナフティ君。
少し高い位置にある窓から、顔をヒョコッと出した彼は、こちらを見下ろしてます。
彼が招待してくれたから、私達はこの街に来ることが出来たのです。
うん。
感謝しなくちゃいけません。
「あんなところ、どうやって登れば良いんだ? 裏に階段でもあるんだよな?」
「飛んで行けるので、大丈夫ですよ」
「え……じつは俺、飛ぶのってまだちょっと慣れてないんだ。気分が悪くなるっていうかさ。だから」
「大丈夫。きっとなんとかなりますよ。ねぇリンちゃん」
『飛ぶのって、楽しいんだよっ?』
「うおぉい! そんな適当な!!」
リンちゃんも賛成してくれてるし、ここは飛んで行きましょう!
嫌がってたイージスさんも、風に身体を浮かび上げられてからは静かになってくれたのです。
きっと、叫んだりして目立つのを避けたのでしょう。
ナフティ君が顔を覗かせてた窓に向かって飛び込みました。
一瞬、外の獣人たちがちょっとだけ騒めいたような気がします。
まぁ、良いでしょう。
「とうちゃーく!」
『とうちゃーく!』
「つ、ついたのか……?」
足が床についてるんだから、着いたのです。
息を整えてるイージスさまは放っておいて、私は部屋の中にいたナフティ君たちに目を向けました。
「ナフティ君。案内ありがとね。それでえっと、初めましてですよね?」
「ほえぇ~。この別嬪さんが、噂の解放者ってやつかい?」
そう言ったのは、椅子に座ってる老人。
老人って言っても、犬の獣人ですけど。
身体はかなり鍛えられてるみたいです。
ナフティ君が歳を取ったら、こんな感じになるかもですね。
「そうだよ、じっちゃん! 解放者のソラリス姉ちゃんとイージス兄ちゃんさ。地下の調査中に、俺のことを助けてくれたんだ」
「ほう。それはありがたい話じゃ」
このお爺ちゃん、柔らかい口調ですが、傷だらけの顔が雰囲気を出してます。
こういうのをなんて言うのでしょう。
大人の余裕?
じっくりと私達を観察する彼の目は、ちょっとだけ怪しくも見えちゃいました。
「え、えっと」
「おっと、これはすまんのぅ。あまりに綺麗じゃから、見惚れておったわい」
「見惚れて? え、もしかして私にですか? えへへ~。やっぱり見惚れちゃいます?」
「おいソラリス、なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「イージスさま、もしかして嫉妬しました?」
「してないから!」
イージスさまったら、照れ屋さんです。
「それでナフティ。俺達に会わせたい人がいるって言ってたけど、それがこの爺さんなのか?」
「そうだよ! 俺のじっちゃんで、この街のお偉いさんなんだぜ」
「お偉いさん? そ、それは本当なんですか?」
「本当じゃよ。それがどうかしたかい、若者よ」
「いえ、その、爺さんとか言ってすみませんでした」
悪戯っぽく笑うお爺さん。そう言えば、まだ名前を聞いていませんでした。
「ところで、お爺さんのお名前を聞いても良いですか?」
「おぉ、自己紹介を忘れておったな。これは失敬。俺の名はワイズじゃよ」
そこで言葉を切ったワイズさんは、椅子から立ち上がる。
「この度は、孫が世話になったようで、改めて礼をさせてくれまいか」
「いえいえ。そんな大したことはしてないです。まさか、穴の下で誰かが溺れてるなんて、思ってませんでしたけど」
「ホントだな。ナフティ。結局あんな縦穴の中で何をしてたんだ?」
イージスさまの問いかけに答えたのは、ワイズさんでした。
「この子には、地下水の調査を任せておったのじゃよ」