第92話 ボクに出来ること
数日前のボクが、今のボクを見たら、なんて言うだろう。
きっと、薄っすらと嘲笑しながら、眼鏡越しに観察するんだろうな。
でも、それは仕方が無いことかもしれないよね。
だって、こんな砂まみれになって、肉体労働をしてるのが自分自身だなんて思わないだろうからさ。
リグレッタが台地から引っ張り出した巨大な頭蓋骨。
見るからに重たいそれを、ボクらは今、台地の中心に向かって引っ張ってる。
彼女が全部運んでくれれば、一番速いんだけどね。
どうもそう言うわけにもいかないみたい。
ベルザークやハナちゃん、それから盗賊団たちの提案もあって、2つの小さめの頭蓋骨を、ボクらの手で運ぶことになったんだ。
身体を動かすのは苦手だよ。
でも、全員で手伝う雰囲気だし、断る訳には行かないよね。
それもこれも全部、国のためなんだから。
ボクの名前はブッシュ・カルドネル・ホルバートン。
その名の通り、王族だ。
王族として生まれたからには、国の繁栄のために、出来うることを全うしなければならない。
物心ついた時から、何度も言い聞かされた考え方を、ボクは案外気に入ってる。
だって、王族にしかできない生き方だろ?
そう思えるだけで、ちょっとだけ誇らしい気持ちになれるんだ。
いつの日か、兄さんが国を治めることになる。
そうなったときに、ボクに出来ることは何だろうか。
考えた末に辿り着いたのは、参謀と言う役回りだった。
まぁ、武芸は苦手だから、他に選択肢はなかったけどね。
だからボクは、王城の資料室を漁りまくり、ありったけの知識を身に着けた。
そのせいで、目が悪くなっちゃったんだけど。
戦いに出ることは無いから、構わない。
そろそろ城の資料室は読み漁ってしまった。
なんてことを考えていた頃、ボクの耳に解放者の情報が飛び込んで来たんだ。
伝説上の存在だと思ってた解放者。
そんな情報を知れるだけでも、ワクワクするよね。
しかも、そんな彼女と一緒に旅をするなんて、普通じゃできない経験と知識を得られるに決まってる。
あわよくば、彼女が扱う不可思議な術を学べたら。
そんな気持ちで、ボクは彼女の旅に同行することを決意したんだ。
ちなみにハリエットも、リグレッタとの旅の中で、より広い人脈と知見を得たいと言ってたな。
持ち前のコミュニケーション能力と交渉術を伸ばして、国のためになりたいって考えてるらしい。
我が妹ながら、立派だよね。
そんな妹も今、ボクの横で何かの頭蓋骨を押してるところだ。
「重ったいわねぇ!! 一体なんの頭蓋骨なのよ!」
「さぁねっ。ボクにもっ分からないよ……ふぅ」
「ちょっと兄さん! 手を抜かないでよね!」
「抜いてないさ!」
「お二人とも、お喋りする余裕があるのですか?」
「も、申し訳ありません、ベルザーク様!」
謝罪した直後、ボクを睨み付けて来るハリー。
さすがにそれは、逆恨みだと思うよ。
ダメだね。
あんまりいろんなことを考えてると、余計に疲れてしまうみたいだ。
でも、疲れたおかげかな、随分と台地の中心に近づいて来たみたいだね。
その証拠に、頭上に浮かんでる大きな砂の塊が、はっきりと見えて来たよ。
塊の傍に浮かんでるのは、リグレッタみたいだ。
ホントに、奇怪な術を使うよなぁ。
理屈も何もない、ただ、彼女が操る魂によって編み出される術。
到底、ボクらにマネできるモノじゃないってことが、この数日だけでも分かったよ。
でも、プルウェア聖教国の刺客が扱う魔法に、似てるような気もするんだよね。
「皆さん! あと少しですよ!! 頑張りましょう!!」
この砂嵐の中で、よく叫べるよね。
さすが、ベルザークだよ。
そんな彼の言う通り、この頭蓋骨ももう少しで台地の中心に集結だ。
少し離れたところから、カッツたちも頭蓋骨を押して来てるのが見て取れる。
まぁ、ボクらが持って行こうとしてる中心地には既に、8種類の頭蓋骨が集まってるんだけどね。
やっぱり、リグレッタに任せた方が、早かった気がする……。
でもまぁ、そんな彼女は今、頭上の砂の塊に苦戦してるらしい。
まぁ、それも仕方が無いかもしれないよね。
だって、その砂の塊の中に、さいごの魂があるって言うんだから。
リグレッタ曰く、台地の中に埋まってた頭蓋骨と違って、浮いてる砂の塊は、一際強い風を生み出してるとのこと。
その強い風のせいで、台地の上に砂が溜まってるって言ってたよ。
この話を聞くだけでも、この風が自然のそれとは違うって分かるよね。
「ふぅ。これでやっと10個が集まったわけだけど、さいごの1つはどうなったのかしら?」
まるで、リグレッタを試すかのような言いぶりだよね。
ボクらから見てる分には、砂の塊を解除できてるようには見えないけどな。
もう少しだけ、待つ必要があるかもね。
そんな軽口を叩こうとしたとき。
頭上のリグレッタが叫んだ。
「捕まえたよ!!」
直後、彼女は砂の塊の中に右腕を突っ込んでみせる。
これでやっと、記憶を見ることが出来そうだね。
なんてボクの考えは甘かったみたいで、塊に腕を突っ込んだリグレッタは、そのまま全身を引きずり込まれちゃった。
「リグレッタ様!?」
「リッタ!!」
「ちょっ!? 嘘でしょ!?」
その光景を見てた全員が、驚きのあまりに声を漏らしたみたいだ。
おかげで、喉とか目に砂が入っちゃったよ。
最悪だね。
皆が咽て咳込む中。
唐突に、頭上に浮かんでた砂の塊がはじけ飛ぶ。
同時に、リグレッタが飛び出してくる。
なんだよ、ピンピンしてるじゃん。
ボクらの喉を返して欲しいな。
そんな冗談はさておき、骨の魔物っぽい何かに乗って降りて来たリグレッタ。
なるほどね。
砂の塊のなかに居たのは、他の頭蓋骨と違って身体があったんだね。
だから、一際強い風を放ってたのかな?
一気に弱まってく風と共に降り立ったリグレッタは、ボクらを見渡して言うんだ。
「みんな、ごめんね! ちょっと時間が掛かりすぎちゃったよ。今から、懐古の器の準備をするからね!」
そう言った彼女は、風を駆使して頭蓋骨を寄せ集める。
さぁ。
これからが本番だ。
ボクは今から、過去の光景を見ることが出来るんだ。
それは、どんな分厚い歴史書よりも、何倍も価値のある情報だ。
頑張った分の見返りは、貰わないとね。
なんかちょっと興奮してきたよ。
そしてついに、リグレッタが術を発動する。
以前と同じように、オレンジ色の炎が現れた。
その光源が映し出すのは、遥か昔の光景。
高鳴る胸を押さえるため、一つ息を吸い込んだ時。
ボクは巨大な建物群の光景を、目の当たりにしたのです。