第91話 私の知ってる母さん
大きな螺旋を描きながら上昇して、風の台地上空に突き抜ける。
周りに広がってる森と違って、台地の上には殆ど植物が生えてないんだね。
その代わり、沢山の石柱があるみたい。
そんな石柱の合間を縫うようにして、私達は着地したのです。
念のため、私は皆が降りてる場所から少し離れた場所に降りたよ。
どうでも良いけど、着地する様子を見てるだけでも、皆の運動神経の差が分かるね。
取り敢えず、ハリエットちゃんとホリー君の傍に、シーツを付けてたのは、正解だったみたい。
「もう一回!! リッタ! もう一回してっ!」
「ハナちゃん、そんなに楽しかったの? でも、今は我慢だよ」
「むぅ」
頬っぺたを膨らませるハナちゃん。
けど、納得はしてくれるんだよね。
ハナちゃんは偉いのです。
そんなハナちゃんに、もう一回頬っぺたを膨らませてよ、なんて頼むわけにはいかないよね。
可愛い姿は、しっかりと目に焼き付けておかなくちゃ。
「ま、魔物は……居ないっスよね!?」
砂にまみれた服を叩きながらも、周囲を警戒するカッツさん。
でも、その警戒は必要なさそうだよ。
「大丈夫だよ。やっぱり、周りには何もいないし、誰も居ないから」
「そ、そうっスか。なら、良かったっス」
そう、この台地の上には何も居ないし、誰も居ないのです。
あるのは、延々と吹き続けてる風と、足元を舞う砂ぼこりと、台地の中に埋まってるオレンジ色の魂だけ。
間違っても、坑道の時みたいに刺客が紛れてたりはしないはずです。
「でも、そっか。母さんの魂は、台地の中に埋まってるんだね」
てっきり、台地の上にあるのかと思ってたよ。
下から見上げてたから、勘違いしてたね。
1つ救いがあるとしたら、そんなに深い場所に埋まってるワケじゃないってことかな。
「それにしても、不思議な場所ですね」
そう言いながら周囲を見渡すベルザークさん。
「そうですね。台地って言うもんだから、てっきり上は平らなんだと思ってましたわ」
「きっと、長い時間をかけて岩が削られたんだ。足元を見てよ、大量の砂があるでしょ。これは多分、そのあたりの石柱が削られた証拠なんだ」
ホリー君、よくそんなことに気付けるよね。
もしその話がホントだったら、私たちが立ってるここは、風の通り道ってことかな?
でも、そうなんだとしたら少し変だと思うのは私だけ?
「だとしたら、削られた砂はなぜ、足元に残っているのでしょうね」
私が抱いたのと全く同じ疑問を呟くベルザークさん。
これにはさすがのホリー君も答えられなかったみたい。
原因はどうあれ、こんな地形だから、ネリネには下で待っててもらった方が良い気がするね。
「まぁ、取り敢えず。周りに危険はないわけだし。母さんの魂に近づきながら探索してみようよ!」
そんな私の提案に反対する人は誰も居ませんでした。
まぁ、そりゃそうだよね。
他にすることもないし。
一番近くに見える母さんの魂に向かって、私は皆を先導する。
歩いてるうちにちょっと気付いたけど、台地の上で拭いてる風は、高度が上がるほど強くなってるみたいだね。
それにしても殺風景だなぁ。
どれだけ歩いても、おっきな石柱と砂しかないよ。
石柱のせいで、視界は悪いし。
歩いてるだけで、全身砂まみれになってくし。
正直、あんまり楽しくないかも。
「うげぇ、ぺっぺっぺっ!」
「こんなところに何をしに来たんだろ」
口の中に入った砂をペッペッしてるハナちゃんも可愛い。
でも、今はそれより、お風呂に入りたい気分なのです。
……ハナちゃんを愛でる余裕も無くなってるのは、結構マズいのでは?
ダメだぞ、私。
こんなところで油断しちゃダメなのでべふっ!!
「がぁっ! ぐぢにばいっだぁ!」
最悪だよっ!!
なんか、母さんの魂に近づくほどに、風が強くなってる気がするけど、気のせいかな?
ううん。
気のせいじゃないね。
もしかして、この風。
母さんが生み出したの?
「リグレッタ様! この風はもしや」
「わだしもおなじごどがんがえでだぁ(私も同じこと考えてた)」
さすがに皆も気づいたかな?
でも、それが分かったとしても、引き返すのはなんか違う気がするんだよね。
この風には、何か意味がある気がする。
取り敢えず、母さんの魂が埋まってる場所まで辿り着いた私は、近くに風よけの壁を作りました。
皆にはそこに退避しててもらおうね。
ホント言うと、私も入りたいけど。
まずは……母さんの魂を掘り出さなくちゃ。
足元の砂に両手を埋め、台地に魂を注ぎ込む。
ん? 思ったよりも大きなものに魂宿りの術を使ったのかな?
台地の中から、それを引き上げる。
その作業自体は、すぐに終わったんだけどね。
出てきたそれを見て、私達は驚きのあまり、しばらく茫然としてたんだ。
正直、私も予想外だったんだよ。
まさか、巨大なヘビの頭蓋骨が出て来るなんて、思ってなかったから。
「でっかいお顔だね」
「そんな軽い口調でいうコトじゃないっスよ、ハナちゃん」
「そーなの?」
「そうですね。ボクも、これほどに巨大な頭を持つ蛇は、見たことがないです。バジリスクでしょうか?」
「いえ、バジリスクよりも大きいです」
「ベルザーク様、バジリスクを見たことあるのですか?」
「はい。身体を半分、石にされましたので」
「えぇ!?」
「心配なさらないでください、ハリエット様。リグレッタ様のおかげで、完治していますので」
皆が口々に話をしてる。
でも、そんな話に私はついて行けませんでした。
だって、理解できてないもん。
巨大なヘビの頭に、母さんの魂が宿ってる。
つまり、母さんはこの蛇の魔物に魂宿りの術を使ったってこと。
私が知る限り、魂宿りの術は、対象に触れないといけない。
ってことは、母さんはこの蛇の魔物に一度触れて、術を使ったってことだよね。
意図して、生物を殺した。
いま目の前にある頭蓋骨だけを見たら、そうとしか思えないのです。
その考え方は、私の知ってる母さんと、少しだけズレてる気がしました。
きっとそれは、私が知らない何かがあるから。
「リグレッタ? まだ記憶は見ないんスか? あんまり長居はしたくないんスけど」
少し前の私なら、きっとカッツさんの意見に賛同してたよね。
でも、ちょっと今は、それどころじゃないかも。
「みんな、ちょっと良いかな」
「どうしましたか? リグレッタ様」
「前に使った懐古の器はね、発動させる魂の量が多いほど、見れる記憶が多くなるんだよ」
「そうなんだ」
軽く受け流すハリエットちゃん。
でも、カッツさんは受け流してはくれなさそうだね。
「は? えーっと、つまり他の魂をここに集めるってコトっスか!?」
「そうしたいなって、思ってる」
盗賊団とカッツさんは、あからさまに大きな息を吐きだしたよ。
まぁ、気持ちは分かるけどね。
「ごめんね。ちょっと時間が掛かりそうなんだけど、待ってて欲しいかな」
それでも私は、譲るつもりは無いのです。
そんな私の考えを分かってくれたのか、ベルザークさんが頷く。
「私に出来る事であれば、何でも申し付けてください。リグレッタ様」
「ハナもお手伝いする!」
「2人ともありがとう」
2人のおかげで、他の皆も理解してくれたみたいだよ。
でも、きっと大変な作業になるから、あとで皆にお礼をしなくちゃだね。
どんなお礼をしようかな。
頭の片隅でそんなことを考えながら、砂まみれの作業に取り掛かるのでした。