第90話 強い追い風
風の台地。
森の中に聳えているその台地は、全方位が切り立った崖になってて、簡単には登れそうもない様子です。
どうやら普通の旅人さんは、わざわざ台地の上に登ったりしないみたいだね。
その証拠に、崖に沿うように道が伸びてるから、間違いないよ。
だったら私達も、その道に沿って行けば良い。
普段のベルザークさんならそう言うんだろうけど、そんな言い分が許されるわけがないのです。
「風がビュンビュンだよ!! きもちーね!!」
「ホントだねぇ! ハナちゃん、帽子とかは片づけておこうね!」
「うん!」
台地の傍で止まったネリネのテラスで、はしゃぐハナちゃん。
ここでこれだけの風が吹いてるってことは、上はもっと強いのかもしれません。
さすがに、ネリネを上まで運ぶのは、大変そうだなぁ。
でも、この風を利用してシルフィードを使えれば、なんとかなるかも?
崖に沿った階段を作るよりは、きっと簡単だよね。
乱れる髪を押さえつけながらそんなことを考えてたら、背後からカッツさんが声を掛けて来たよ。
「これを、本気で登るつもりっスか? 吹き飛ばされるっスよ」
「だいじょーぶだよっ! 飛ばされても、リッタが助けてくれるもん!」
でしょ!?
って言わんばかりの満面の笑みで、ハナちゃんがキラキラした目を向けて来る。
これって、信頼してくれてるってことだよね?
ふふん。
ここは、ハナちゃんの期待に答えなくちゃいけません。
「もちろんだよ、ハナちゃん! カッツさんも、そんなに怖がる必要ないって。私が見る限り、上に魔物とかは居ないみたいだからさ」
「それが問題なんスよ!! こんな危険な場所に、魔物が居ないなんてこと、ホントにあるんスか!? 実はメチャクチャ凶悪な魔物が居るから、他の魔物が寄り付いてないだけ。って、アリがちなオチっつスよ、きっと!!」
随分と怖がってるね、カッツさん。
大丈夫なんだけどなぁ。
一応、もう一度見てみる?
私が見落としてるだけで、危ない魔物が居る可能性もあるからね。
「リグレッタ様。そこまでする必要は無いと思いますよ」
「ベルザークさん。でも、カッツさんが」
「この男は、急に盗賊団を任されたせいで、少々……いや、かなり慎重になっているだけです」
「そ、それはべつに」
「関係ないというワケではありますまい?」
長いロープを引き連れて来たベルザークさんが、何か意味ありげな視線をカッツさんに投げた。
どういう意味なんだろうね。
「まぁ、そう言うワケですので。リグレッタ様は何一つ間違っていないのですよ」
「そうなのかな?」
「そうなのです」
なんか、ちょっと自信が出て来たかもっ!
なんてね。
ベルザークさんは私の意見に賛同してくれることが多いから、気を付けなくちゃ。
他の人の考えを蔑ろにしていいわけじゃないしね。
「ところでベルザークさん。上に登るのには反対しないんだね」
「モチロンですとも。リグレッタ様が行く所であれば、私はどこへだろうとついて参りますから」
「そ、そっか」
「さすがに、妄執が過ぎると思うっスけどね」
「失礼ですね。まぁ、理解していないようですので、仕方がありませんか」
そう言ったベルザークさんは、不満そうな表情のカッツさんを見た後、台地を見上げました。
「リグレッタ様。今一度確認しますが、この台地の上に、ソラリス様の魂が見えるのですね?」
「え? あぁ、うん。そうだよ。結構数もあるみたいだから、母さんたちが台地の上に行ったことがあるのは、確実っぽいね」
見えてるのは11個かな。
台地のいろんな場所に散らばってるから、何か別々の物に魂宿の術を使ったみたいだね。
「つまり、台地の上には沢山の解放者の魂があると。これが何を意味するか、分かりますか?」
ベルザークさんはカッツさんに質問してるみたいだね。
でも、カッツさんは首を傾げてるよ。
あんまり伝わって無いんじゃないかな?
まぁ、私も良く分からないんだけどね。
「え、えっと、何が言いたいんスか? また例の術で過去の記憶を見に行きたいってのは分かるっスけど、それと危険かどうかって話には何も―――」
「関係ありますよ。解放者の魂に、そこいらの魔物が寄り付くと思いますか?」
「え? でも、ノームの迷宮にもあったじゃないっスか」
「はぁ。ダメですね。もう一度、ミノタウロスの言っていたことを思い出してみなさい」
首を傾げるカッツさん。
そんなカッツさんよりも早く口を開いたのは、ハナちゃんでした。
「ドアが無かったのは、ゴブリンさん達が近づかなかったから?」
「さすが、ハナちゃんですね」
「へへへぇ~」
「あぁ! そんなこと言ってたっスね!!」
ハナちゃん、すごいなぁ。
私も忘れてたよ。
でもそっか、私の魂って、魔物を寄せ付けないんだね。
まぁ、死神に近づきたいとは思わないってコトかな?
うん、ちょっと複雑な気分。
「つまり、ソラリス様の魂が沢山残されている台地の上は、私たちにとって安全な場所と言えるのです」
「なるほど。そのようなことにも気が付いておられたとは。さすがはベルザーク様ですわね」
そう言ってテラスに出てきたのは、ハリエットちゃんとホリー君。
ハリエットちゃんは、珍しくズボンを履いたみたいだね。
風が強すぎて、スカートは履けないのです。
おまけに、髪形もいつものロングじゃなくて、お団子にしてるよ。
今度、ハナちゃんにもしてあげて欲しいな。
「ボクらで最後ですよリグレッタ。ネリネの中には誰も残ってません」
「うん、分かったよ。ありがとね、ホリー君」
盗賊団の皆もカッツさんの後ろにいるし、ホントに全員揃ったみたいだね。
そろそろ出発する?
って考えてたら、視界の端でハナちゃんが赤毛のフレイ君に駆け寄ってったよ。
「探検だよ! ワクワクするねっ!」
「っ、そ、そうだな」
「? フレイ君はワクワクしないの?」
「しねぇよ!」
「そうなの? そっか……」
「ちょ、しょんぼりするなよぉ!! するって! ワクワクしてるからっ!」
「そっかぁ! やったね!」
「そーだなっ」
なんか、すごく仲良くなってるね、あの2人。
クイトさんの妹さんのことで落ち込んでたフレイ君が、こうして出てこれるようになったのは、ハナちゃんのおかげかも?
嬉しいような、むず痒いような、それでいて、ちょっと心配もしちゃうかも。
フレイ君は悪い子じゃないから、良いんだけどね?
なんかちょっと、ハナちゃんを盗られた気分になっちゃうのです。
「リグレッタ様?」
「あ、ごめん。それじゃあ、みんな揃ったし出発しましょう!」
「では皆さん。はぐれないようにロープを腰に巻き付けてください」
ベルザークさんが持ってきた長いロープが、皆の腰に巻き付き始める。
さすがに1本で全員は無理だったみたいだね。
5人くらいを1つのチームとして考えた方が良さそうだね。
そうして準備を終えた皆の前に、私は風の道を展開しました。
「風が強くて揺れると思うから、小物はちゃんとポケットにしまってね。それじゃあ、出発するよ!」
「出発~~!!」
ハナちゃんの掛け声のおかげかな。
すごく強い追い風を受けながら、私達は風の台地に向かって飛び立ったのです。