第9話 森のクマさん
お風呂の改築は成功だったね。
ハナちゃんも喜んでくれてたし。
何より、良いお湯でした。
「次はどうしようかな~」
お皿に朝食を盛りつけて、テーブルに並べる。
こうして、また今日が始まるのです。
「リッタ、うれしそ~」
「ふふふ。そうかなぁ?」
「うん。ずっと笑ってるもん」
「まぁ、ちょっと楽しいだけかなぁ」
こうして、ハナちゃんが一緒にご飯を食べてくれるし。
難しそうだってずっと思ってた家の改築も、案外、上手に出来たし。
なんか、色々と順調だよね。
「うましっ!」
「うましだねぇ~」
「うん!」
さて、今日も朝食を済ませて、軽く畑の雑草を取ったら、トイレの改築に取り掛かろうかな。
そんなことを考えながら、干し肉を口に放り込んだ私は、目の前に座ってるハナちゃんが、ジーッと窓の外を眺めてることに気づいた。
ん?
外に何かいるのかな?
窓から見える範囲には、なにも居ないケド。
はっはーん。ハナちゃんは私よりも鼻と耳がスルドイから、何か察知したんだな。
きっとそうなんでしょう。
「クマさん、戻って来ないね」
「あぁ、クマさんねぇ。そう言えば、戻ってきてないよねぇ~」
……ん?
クマさん?
クマさんって、熊のことだよね?
ハナちゃんったら、いつの間に熊と遭遇……。
「あっーーーー!! クマさんっ!!」
熊と言えば、肉狩のゴーレム!!
完全に忘れてた!!
思わず椅子から立ち上がった私は、窓の外に目を凝らす。
クマさんを森に放った後、木彫り人形を作るための材料集めとか、風呂の改築とか、色々と忙しくて、すっかり忘れちゃってた。
あの日から、もう何日経ってるっけ? 今日で、3日目かな?
その間、全然戻ってきてない。
急いで朝ご飯を平らげた私は、すぐに『ひでんのしょ』の2冊目、30ページを開く。
肉狩のゴーレムって、お肉を買ったら戻ってくるんじゃないの?
壊れちゃってるのか、そもそも術が失敗しちゃってるのか。
何か原因があるはずだと、ページを隅から隅までなぞった私は、小さな米印を見つけた。
『※このゴーレムは、集合の合図をしてあげないと、帰って来ません!』
「っ……6年前の私、どうしてこんなに小さな字で書いちゃったの?」
「リッタ、どうしたの?」
「ううん。何でもないよ」
首を傾げながら尋ねて来るハナちゃん。
うぅぅ。
その純粋な目が、心に突き刺さるよぅ。
どこの誰よ。順調なんて言って、有頂天になってるのは。
「放っておくわけにはいかないよね?」
帰ってこないクマさんのことは忘れて、新しいゴーレムを作りたいところだけど、そう言うわけにもいかないんだよねぇ。
あれは確か、父さんが話してくれたこと。
遠い昔、巨大な木彫りの鳥に魂宿りの術を施した祖先が、周辺の国家に見つかって、大変な目にあったらしいんだよねぇ。
もし、私が放ったクマさんが、森から出て周辺の国に見つかったら、私も大変な目にあっちゃうかもしれない。
「私だけだったら、何とかできるかもしれないけど……」
今はハナちゃんも居るんだから、危険な芽は摘んでた方が良いよね。
「回収しに行かなくちゃ」
食器類の片づけをスポンジたちに任せて、私は1人、お出かけの準備をする。
準備って言っても、動きやすい服に着替えて、髪を後ろで束ねるくらい。
きっと、沢山歩いて汗をかいちゃうだろうからね。
ハナちゃんは、ベッドシーツたちに任せて、お留守番しててもらおうかな。
この家に居れば、きっと安全だろうから。
そう思ったんだけど。ハナちゃんはそれじゃ納得してくれないみたい。
「やぁだ!! ハナも行く!」
「ダメだよ。森は危険だから。ハナちゃん、ここに来るまでに沢山怪我してたでしょ?」
「やだっ!」
「分かってくれないかなぁ……」
ハナちゃんはどうしてもついて行きたいみたい。
ホントは気が乗らないけど、そこまでゴネられたら、お留守番させるのも逆に心配になっちゃうや。
ハナちゃんの場合、私のニオイとかを追ってきそうだし。
「仕方ないなぁ……でも、絶対にシーツと箒から離れちゃダメだからね」
「うん!」
「お約束だから」
「やくそく!!」
こうなったら、いつも一緒に居るベッドシーツと箒に頑張ってもらうしかないね。
「頼んだよ? ハナちゃんから、絶対に離れないでよね」
まるでマントのように彼女の首に巻き付くベッドシーツは、やる気満々みたいだ。
対する箒は、冷静な様子でハナちゃんの傍を浮遊してる。
家のことは、分身ちゃんとお鍋達に任せて、私達は早速、西の森に出発した。
歩きながらも魂宿りの術を使って、お手伝いさんを増やして行こう。
そうやって、いっぱいの目を使えば、きっとクマさんも見つけられるよね。
お散歩気分のハナちゃんが鼻唄を奏でる。
空高いお日様の光が作り出す木陰は、ちょっと心地いいね。
そうこうしていると、なにやらお手伝いさん達の様子がざわつき始めた。
もしかして、クマさんを見つけたのかな?
私がそう思った時、箒の上でバランスを取ってたハナちゃんが、ピクッと耳を動かした後、私に向かって告げる。
「ぶーーーーーーん!! が来るよっ!!」
「ぶーん?」
足元で何やら大騒ぎする助っ人たち。
そんな子達を見て、私はすぐに茂みに飛び込む。
箒とベッドシーツはちゃんと、ハナちゃんを茂みの中に隠したみたいだね。
あとは、近づいて来るブーンが通り過ぎるのを待つだけだ。
空を切るように、沢山のブーンが頭上を飛び去って行く。
音を立てないように視線を上げて、私はブーンの正体を目で捉えた。
私よりも大きな体を持った、黄色い蜂の魔物。全部でどれだけいるんだろう。
ん?
あれ?
なんか、飛び去って行った蜂たちが、少しずつ引き返して来てるような?
って言うか、私達の居るあたりを、うろうろと飛び回り始めてるような?
「え? なんで? 何が起きて……」
蜂の群れが、明らかに私の隠れてる茂みの上に集まり始めてる。
ハナちゃんの方には居ないみたいだから、それは良かったよ。
……って、良くないし!!
「じょ、冗談だよね? まさか、私を狙ってるとか、そんなワケ」
小さな声で呟いた私は、直後、群れの中でも一番大きな体を持った蜂と目があった気がした。
「は、話せばわかるよ。ね、だから落ち着いて……くれるわけ無いよねぇ!!」
蜂と目を合わせるって、かなり怖いよ。
知ってる人いるかな?
ちなみに私は、知ってる人だよ。
なんなら、睨み付けられたことだってあるんだから。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!! 来ないでよ!! なんで私を追いかけて来るのぉ!?」
ハナちゃん達には見向きもせずに、私だけを追いかけて来る蜂たち。
なに!?
私、そんなに魅力的な香りを漂わせてる!?
全然嬉しくないけどねっ!!
「ハナちゃん!! 絶対に戻るから!! シーツと箒の言うこと! ちゃんと聞くんだよぉ!!」
ハナちゃんならちゃんと聞こえてるはず。
それよりも今は、逃げることに専念しなきゃ!!
それから私は、かなりの時間を蜂に追いかけられたのでした。
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