第89話 ラフ爺の後悔
どうしてかなぁ。
随分と長く眠ってた気がするよ。
いつもと同じ、一晩なんだけどね。
そうとは思えないくらい、頭の中がぐちゃぐちゃです。
昨夜のクイトさんの涙と、ラフ爺の言葉が、グルグルと回り続けてる。
「成長の証とか言っちゃったのに。カッコ悪いなぁ」
後悔は存在しても良い。
父さんと母さんに教わったその考え方を、変えるつもりは無いけど。
でもそれはきっと、私が解放者だから許されることなんだ。
だから、クイトさん達のことを考えても、私に出せる答えは無いように思うのです。
きっと、彼女が納得する答えを、導き出すことなんてできないから。
だけど、考えちゃうんだよねぇ~。
「むぅ……考えすぎて、お腹が減って来ちゃった」
目が醒めてからずっと、ベッドに横たわったまま天井を見上げてたけど。
そろそろお腹が限界だよ。
「今日の朝ご飯は何かなぁ」
微かに聞こえて来る皆の声を聞きながら、私は扉を開ける。
廊下はまだちょっと薄暗いね。
でも、キッチンの方は明るいみたい。
見慣れた廊下を、躊躇うことなく歩く。
そしてキッチンに入った私は、真っ先にハナちゃんを見つけました。
「あ、リッタ!! おはよ~」
「あ、ちょっと動かないの! ハナちゃん!」
椅子に座ったハナちゃんが、ニカッと笑顔を届けてくれる。
眩しいねぇ。
そんな彼女の髪の毛を、ハリエットちゃんが整えてくれてるみたいだね。
今日はアップのポニーテールかぁ。
髪が長いと、おしゃれが出来て良いよね。
私も伸ばしていろいろしてみたいけど、出来ないんだよなぁ。
長すぎて、気付かないうちに誰かに当たっちゃったりしたら、危ないもんね。
自分で結べばいいんだけど、毎日やるのは大変だし、誰かにやってもらうことが出来ないから、ある程度の長さで切るのが、一番楽なのです。
「おはよ~。ハリエットちゃん、今日もハナちゃんを可愛くしてくれてありがとね」
「いいでしょ? でもまぁ、ハナちゃんは元々可愛いから、何したって可愛くなると思うわよ」
うんうん。
分かってるねぇ。
でも、やっぱりいつもと違う髪形って新鮮で良いと思うのです。
というワケで、ハリエットちゃんにはこれからも頑張ってもらわなくちゃだね。
対面に座る可愛いハナちゃんを愛でながら食べるごはん。
最高です。
さっさと食べて、外に出てったカッツさん達は、もったいないことをしてると思うけどなぁ。
なんてことを考えてると、キッチンにラフ爺が入って来ました。
「お、嬢ちゃん、起きたみてぇだな」
「うん。おはよう、ラフ爺」
「おう。寝起きでわりぃんだけどな、ちょっと話があるんだ」
そう言ったラフ爺は、ハナちゃんの隣の椅子に腰を下ろしたよ。
これだけ、『ドッシリ』って感じが似合う座り方は、あんまり見たことないね。
「お話かぁ、それってどんな話? お茶とか飲みながら、落ち着いて聞いた方が良いかな?」
「いんや、そんな大それた話じゃねぇよ」
そう?
私としては、ちょっと落ち着きながら聞きたいんだけど。
まぁ、必要ないって言うならいいかな。
「実はなぁ。俺はここに残ろうと思ってんだ」
「えぇ!?」
「思ったより驚いてくれるじゃねぇか。やっぱり、茶は飲まなくて正解だったろぉ?」
たしかに、お茶を飲みながら聞いてたら、噴き出してたと思うよ。
って、そんなこと考えてる場合じゃないねっ!
「ちょっと待ってラフ爺。残るってどういうこと? この鉱山に残るってこと?」
「その通りだぁ」
「どうして?」
そんな問いかけに、彼は小さく息を吸い込んでから、返事をくれた。
「それが、俺のするべきことだと思ったからだ。前に嬢ちゃんも言ってただろ? 鉱山を出たのは、逃げだったんじゃないかって」
「あぁ、ペンドルトンさんと話した時だっけ?」
「あぁ」
あの時は、ラフ爺に怒られたんだっけ?
盗賊団を作って、鉱山から逃げ出したことを、楽な選択って言うのはやめろって感じだったよね。
「あの後から、ずっと考えてたんだけどよぉ。やっぱり、あれは楽な選択じゃねぇ。それは変わらないんだよ。でもなぁ、今はどうかって言われると、良く分からなくなっちまったんだ」
ラフ爺はラフ爺で、何か考えてたんだね。
で、その結果導き出したのが、鉱山に戻るって選択だった。
そういうコトかな?
「一つだけ良い? ラフ爺は鉱山に戻って、何をしたいの?」
「そうだなぁ。一つはミノタウロスの様子を見ててやりてぇってのがある。それと、昨夜の嬢ちゃんもな」
昨夜の嬢ちゃんって言うのは、きっとクイトさんのことだよね。
確かにラフ爺になら、彼女達のことを任せられる気がするよ。
私が一人で納得してると、ラフ爺が小さく鼻を鳴らして、言葉を続けた。
「それだけじゃなくてな。あの時の俺が出来なかったことを、いまならできるんじゃねぇかって、思えたんだよ」
「そっか」
「あぁ。それもこれも、後悔したおかげかもしれねぇなぁ」
「ふふふ。そっか。そうかもだね」
どこか爽やかに笑ってるラフ爺。
そんな彼を見たおかげかな、私も少しだけ、頭の中のごちゃごちゃが晴れた気がするよ。
「よしっ! そう言うワケだ嬢ちゃん。今日、出発するんだろ? だったら、早く飯食って、皆に挨拶だけでもしてやってくれよなぁ」
「分かったよ。って言うか、ラフ爺こそ、挨拶して回らないとじゃないの?」
「既にやって来たぜ」
「あ、そうなんだ。カッツさんとか、止めなかった?」
「うだうだ言ってんじゃねぇって、ゲンコツをくれてやったよ」
「ははは。なんか、想像できるね」
あとで、カッツさんを慰めに行ってあげよう。
って言うか、カッツさん達盗賊団も残るって言わなかったのかな?
これは想像だけど、そんな意見はラフ爺が拒否したんじゃないかな?
おめぇらはおめぇらの選択をしろ! とか、言いそうだよね。
そんなこんなで、ご飯を食べ終えた私は、ハナちゃん達と一緒にラズガード鉱山の面々に挨拶をして回ったよ。
もちろん、霧に反射する朝日のキラキラも、堪能したのです。
別れ際に、ミノタウロスさんが泣いちゃってたけど、ラフ爺がいるしきっと大丈夫だよね。
ミノタウロスさんも、クイトさんも、ファムロス監視長も、そしてラフ爺の後悔も。
またここを訪れた時に、どうなってるのかなぁ?
楽しみが出来ちゃったね。
でも今は、帰り道じゃなくて目の前の道に、目を向けましょう。
「ねぇホリー君。この先にはどんな場所があるの?」
「この先にあるのは、風の台地って呼ばれる場所だよ」
「風の台地かぁ。楽しみだね、ハナちゃん」
「うん!」
霧の先、前方を見つめるハナちゃんのポニーテールが、風に靡く。
なんかちょっと、ハナちゃんが大人びて見えるのは気のせいかなぁ。