第88話 乗り越える方法
屋内だと狭いから、テーブルとかを外に出しての食事会。
うん、開放的でいいよね。
なんて考えながら、食事会を楽しもうとしてた私の目の前で、ハリエットちゃんが口火を切りました。
「それで? 私たちを王都に送り帰すつもりなの?」
「そうですね。少なくともペンドルトン様からの文には、そのような指示が書かれていました」
「まぁ、兄さんならそう言うだろうね」
ちょっと喧嘩腰のハリエットちゃんに、ファムロスさんは淡々と返してく。
立場上、さすがに慣れてるのかなぁ?
なんて考えてたら、彼と目が合ったよ。
なんか、嫌な予感。
「ですが、ブッシュ国王様は必ずとも送り帰す必要は無いと仰られているようでして」
「ホント!?」
「はい。1つ条件として、リグレッタ様の意思を確認するように、とありました」
「私の意思?」
「はい。リグレッタ様がお2人を守っていただけるのであれば、同行を許可すると」
なるほどなぁ。
判断を私に委ねることが出来るから、堂々としてたんだね。
さて、どうしたものでしょう。
こういう時、ホリー君が頼りになるのでは?
「条件付き、か。まぁ、簡単な話じゃないのは分かってたけど」
「でも、リグレッタは私達が着いてくことに賛成してくれてるでしょ? だったら、そんなに難しく考える必要ないんじゃない?」
「今はね。これから先も、ずっと賛成し続けてくれるかどうかは、ボクらの行動次第ってことだよ、ハリー」
「……そっか。そうね。ただのお荷物で居るわけにはいかないってコトね」
おぉ。
なんか、それっぽくまとめてくれたよ!
さすがだね。
「うん。リグレッタ。改めてのお願いになるけれど、ボクらを一緒に連れて行ってもらえないだろうか。その代わり、道中で出来ることは全力で協力することを約束するよ」
「私も!」
そんな風にお願いしてくれたら、聞き入れやすいよね。
もちろん、2人は本気で言ってくれてるんだろうけど。
「うん。そういうコトなら、なんにも問題は無いよ」
「ありがとうございます」
「やった! ありがとね、リグレッタ!」
「話はまとまったようですね。それでしたら、私は急ぎ返事を出してきますので」
特に揉めたりせずにまとまったから安心したのかな。
ファムロスさんが少し軽い足取りでどこかに駆けてくよ。
すると、待ってましたとばかりにベルザークさんが近寄ってきました。
「リグレッタ様。ファムロス監視長との話は終わりましたか?」
「うん、終わったよ」
「それでしたら、1つ質問をさせてください」
「なに?」
私の傍に浮いてるシーツを一瞥した彼は、口を開きました。
「ノームの迷宮で、ソラリス様がミノタウロスの角と箱の中身を持ち帰っていましたが、何に使ったのか心当たりなどはありますでしょうか」
「それが無いんだよねぇ」
「そうですか」
「どうして気になるの?」
「単なる興味と言いますか。我々にとって解放者についての情報は興味深いものなのですよ」
確かに、私も気にはなってたけど。
『ひでんのしょ』にも、特に書かれてなかったと思うんだよねぇ
「ミノタウロスさんは知らないの?」
「知らないもぉ」
「箱の中身も知らない?」
「小さな種が入ってた気がするもぉ」
「種?」
詳しく聞いても、それ以上は知らなさそうだね。
何の種かだけでも分かれば良かったけど、知らないなら仕方ないかなぁ。
私とベルザークさんが悶々としてると、カッツさんがミノタウロスさんに質問を投げかけた。
「じゃあ、リグレッタの父ちゃんの手元に浮かんでた、あの文字の事は、知らないんスか?」
「あ、それなら知ってるもぉ」
「ホント!? 教えてよ、ミノタウロスさん!」
あれも気になってたんだよねぇ。
リンとか呼んでたけど。
何かの術だったのかな?
「あの文字は、指輪の声だもぉ」
「指輪? イージス父さんが、指輪をしてたってこと?」
「そうだもぉ。その指輪、解放者達はリンって呼んでたもぉ」
リン……指輪。
それってもしかして、リング?
いやいや、まさかねぇ。
そんな分かり易い名前を付けるわけ無いよねぇ。
私なら付けてるかもだけど。
「もしかして、リングのリンっスかね?」
「そんな安直な名付け方をする訳が無いでしょう」
「いやいや、似たようなもんっスよ?」
なんで私の方を見ながら呟くの!?
カッツさんめぇ。
私のネーミングセンスが無いって言いたいのかな?
って言うか、ベルザークさんも黙らないでよね!!
「まぁ、なんにせよ、全員無事でよかったじゃねぇかぁ!」
そう言ってゲラゲラ笑うラフ爺に釣られて、皆が笑い声を上げました。
そんな食事会は夕方ぐらいまで続き、私達は思いっきり会話を楽しんだのです。
日も落ちて、皆が寝静まった頃。
私は、扉をノックする音で目を醒ましました。
誰かと思ったら、クイトさんだったよ。
話があるという彼女に連れられて、テラスに向かいます。
霧で霞む夜空も、かなり綺麗だよね。
「で、話って何かな?」
「教えて、欲しい」
それだけ言って黙っちゃったよ。
言いづらい話なのかな?
「えっと、クイトさん? 何を教えて欲しいの?」
「……後悔を」
そこまで告げた彼女は、テラスの手すりをギュッと握りしめたまま、その場にしゃがみ込んじゃった。
よく見たら、また涙を流してるね。
念のために、シーツを連れて来ててよかったよ。
「大丈夫?」
「大丈夫……じゃ、ないよぉ」
まるで子供みたいに泣きじゃくり始めるクイトさん。
でも、私じゃ彼女の背中を撫でてあげることもできないんだよね。
そんな私に、彼女は何を求めてるの?
「ごめんね。クイトさん。私、どうしたらいい?」
「教えて……欲しい。乗り越える、方法」
「乗り越える方法?」
それは、後悔をってこと?
クイトさんがどんな後悔をしてるのか知らないから、なんとも言えないなぁ。
この際だから、聞いてみようか。
そう思って質問を口にしようとした私は、不意に顔を上げた彼女の目を見て、思わず口を閉ざしました。
「私! どうやったら、セツを助けれた? どうやったら、やり直せる? 教えて! 教えてよぉ」
どうやら、私の口は思ってたよりも軽くて、すっからかんだったみたいです。
頭では分かってるんだよ?
クイトさんは、やり直すことなんてできない。
だから、次に同じ失敗をしないように、彼女は色んな努力をする必要があるんだ。
ノームの力を更に極めて、生き埋めになった人を助けられるようになれば良い。
坑道が崩れないように、毎日点検とか補強とかをして回れば良い。
ありとあらゆる治療術を極めて、亡くなった人を生き返らせる方法を研究するのも良い。
でも、こんなことを言ったところで、クイトさんが泣き止まないことを私は知ってる。
父さんと母さんは、こういう時どうやって乗り越えたのかな?
あれ?
そもそも私は……。
泣きじゃくるクイトさんの目の前で、立ち尽くす私が、とあることに気が付いた時。
テラスにラフ爺が現れました。
そして彼は、私達を見比べた後、小さく告げたのです。
「まいったなぁ。こりゃ、ちっとばかし遅かったかぁ?」
「ラフ爺?」
「嬢ちゃん。すぐにクイトから離れてくれ」
「え?」
そう漏らした直後、私は咄嗟にその場を飛び退きました。
理由は簡単。
クイトさんが飛びつこうとしてきたから。
盛大に尻餅をついちゃったけど、ギリギリ、触られることは無かったみたいだね。
心臓がバクバク言ってるよ。
シーツに感謝しなくちゃ。
グルグル巻きにされて横たわってるクイトさん。
そんな彼女の傍に近寄ったラフ爺が、深いため息と共に零したのは、小さな声。
「嬢ちゃんは何も考えず、今のままでいてくれよなぁ。ただ、みんながみんな嬢ちゃんみたいに強いわけじゃねぇんだ」
そんな彼の言葉を、私は静かに飲み込むしかなかったのです。