第86話 成長の証
岩石の身体に植物の根を張り巡らせる。
そうすることで、丈夫さとしなやかさを兼ね備えたミノタウロスさんの土の分身が出来上がるんだよね。
ミノタウロスさんのノーム。
略して、ミノー君かな。
「よろしくね、ミノー君」
私が声を掛けたら、ミノー君がゆっくりと頷いてくれたよ。
ちょっと可愛い……くはないね、カッコいいってのが合ってるかな。
「オ、オラ!?」
「すごく強そうだから、ミノタウロスさんの姿をちょっと借りるね」
「し、仕方ないもぉ~」
あ、ちょっと照れてるミノタウロスさんは、可愛いかも。
って、そんな場合じゃないや。
「リグレッタ様、私も助太刀します!」
「ベルザークさん、ありがとう! じゃあベルザークさんはハナちゃん達の護衛をお願いしても良い?」
「ですが」
「ベルザークさんが強いのは分かってるよ。でも、また服がボロボロになっちゃったら、困るでしょ?」
「それは……分かりました。ハナちゃんのことはお任せください」
ベルザークさん。しぶしぶって感じだね。
でも、また服が破けちゃったら、ハリエットちゃんがびっくりしちゃうからさ。
ってのはまぁ、冗談だよ。
実際のところ、爆破魔法を使うストレンの相手は、私に任せて欲しいんだよね。
きっと彼女は、色々と準備をしてるはずだから。
その準備を全部無駄にしてあげましょう。
「そんなデカブツを作り出したところで―――」
「これで終わりなんて、一言も言ってないよ」
そう。
だって、私の友達は、ミノタウロスさんだけじゃないんだから。
この鉱山にいるファムロス監視長に、クイトさんと他の見張りさん達。
それから、ブッシュ王国のブッシュ爺さんとペンドルトンさんに、カルミアさん。
あとは、ラフ爺にカッツさんに、門兵のカッシュさんも居るよね。
ハリエットちゃんとホリー君も、作っておきましょう。
あ、タイラーさんも入れておこうかな。
白と黒の襲撃者も居たよね!
ドレスのお姉さんがシルビアさんって名前だったのは知ってるけど、黒い男の人の名前は知らないんだよねぇ。
でも、見た目は覚えてるよ。
次は、森かなぁ。
そう言えば、死神の森のラービさん達とラクネさん達も、元気にしてるかなぁ。
きっと元気だよね。久しぶりに会いたいけど、今は分身で我慢しておきましょう。
そして忘れちゃいけないのが、ベルザークさんとハナちゃんだよね。
うん。
結構良い出来栄えなんじゃないかな?
こうやって集まると、壮観だよね。
「何の余興のつもりですか?」
私が作り出した土の分身達を見て、びっくりしちゃったのかな?
強気な口調のストレンが、一歩後退ったよ。
「おしゃべりは後にしようよ。私は今、これっぽっちも手を抜くつもりが無いからさ」
「っ!?」
私の宣言に呼応するように、土の分身達が一斉に動き始めます。
彼らの動きは、今までに私が見て来たのと完全に同じ物。
うん、やっぱり上手く出来たみたいで、よかったよ。
ハリエットちゃんとホリー君のノームがつまずいちゃってるし。
ブッシュお爺ちゃんなんかその場に座り込んじゃったけどね。
「リグレッタ、どうして私たちまで作ったのよ」
「あれ? 嫌だった?」
「嫌じゃないけど、なんか、自分が転んだみたいで恥ずかしいじゃない!」
「大丈夫だよ。ハリエットちゃんとホリー君には、別の場所で沢山助けられたんだから」
「え?」
ハリエットちゃんが居なかったら、私は一生ハナちゃんから臭いって言われたままだったかもでしょ?
それに、ホリー君は物知りで冷静だし。
2人には、戦う以外の場所で、助けてもらったのです。
ホントは皆のことを、ぎゅって抱きしめてあげたいんだけどね。
出来ないからさぁ。
だから私は、私にできることで、お返しが出来ればと思います。
「ミノタウロスさん。私たちがアナタをこの迷宮から連れ出してあげるよ! だから、外に出てみようよ」
視界の端で、ノームたちがゴブリン達を圧倒してる。
慌ててる様子のストレンが、魔法を発動した。
直後、一部のゴブリン達が明滅を始めたけど、ミノー君とベルザークさん、それからラフ爺のノームが一斉に宙に打ち上げちゃう。
なんだか、玉遊びでもしてるみたいだね。
打ち上げられたゴブリン達は、ラクネさんとラービさんのノームの連携で、爆発する前に糸まみれにされちゃったよ。
グルグルに絡まった糸のおかげで、爆破の衝撃を打ち消せてるみたい。
そんな様子を、茫然と見てたミノタウロスさんが、ようやく返事をくれました。
「オラ、外に出てもいいのかもぉ?」
「モチロンだよ! 私が着いててあげるから、安心してよね!」
「でもぉ……」
「何か不安なことでもある?」
「オ、オラ……外に出て、嫌われないかもぉ? 怖がられないかもぉ?」
なんだ、そんなこと。
私を前にして、そんなことを気にしちゃうんだね。
まぁ、仕方ないかな。
だってミノタウロスさんは、きっと教えてもらってないんだもんね。
「嫌われても、怖がられても、何の問題も無いんだよ」
「そ、そうなのかもぉ?」
「うん! ミノタウロスさんがミノタウロスさん自身のことを好きだったら、何の問題も無いのです!」
「オラが……オラのことを?」
「そうだよ。だから、神様に愛してもらう必要なんて、無いんだから」
私が胸を張ってそう言った瞬間。
杖を奪われ、ノームたちに羽交い絞めにされたストレンが、大きな声で笑い声をあげました。
あんまりに大きな声だから、びっくりしちゃった。
そう言えば、いつの間にかストレンが被ってた白いフードが破けちゃってるね。
そのおかげで、彼女の片目がちょっとだけ見えてるよ。
気のせいかな?
なんか、目の輝きが母さんに似てるような……。
もう少しよく見ようと、顔を覗き込む私を見て、ストレンがもっと笑い声を上げ始めたよ。
「神様に愛してもらう必要が無い、ですか。あはははははは。滑稽ですね!!」
「む。何がそんなに面白いワケ?」
「だってそうでしょう! 解放者! まさかあなたは、自身の名前の意味を知らないのですか!? 後悔!! その名前こそが、物語っているではありませんか!」
ん?
後悔が、何を物語ってるの?
私がそんな疑問を口にする前に、ストレンが口を開きました。
「後悔。それはつまり、アナタの両親はアナタが生まれてきたことを後悔した! そういうコトでしょう!」
「貴様!!」
ストレンが言い終わるのとほぼ同時に、ハナちゃんを守ってたはずの本物のベルザークさんが、飛び出してく。
手にしてる短剣で狙ってるのは、ストレンの喉元みたいだね。
何をそんなに怒ってるんだろ。
ベルザークさんって、たまに変だよね。
「リグレッタ様!?」
自分のノームに動きを止められたことに驚いてるベルザークさん。
そんな彼に小さく肩を竦めてみせた私は、ミノタウロスさんを見上げました。
「後悔って大事なんだよ、どうしてか知ってる?」
「え……し、知らないもぉ」
「そうでしょ? やっぱり、教わって無かったんだね。じゃあ、覚えておいたらいいよ」
そこで言葉を切った私は、思い出の中の父さんと母さんをマネながら、告げました。
「後悔は、成長の証!! 失敗と間違いに気づけないことこそが、一番ダメなのです! だから、後悔は存在しなくちゃいけないんだよ!」
うん。
きっと、ミノタウロスさんも理解してくれたはずだよね。
それじゃああとは、ストレンさんの対処を考えるだけかな。
「何をバカげたことを……」
「そんな恰好で強がられてもね。それと、母さんと父さんの後悔が私なんだとしたら、気を付けないとだね」
「それはどういう意味ですか?」
「だって、私は、2人よりも成長しちゃうかもしれないでしょ?」
私の言葉に目を見開いたストレン。
直後、彼女の足元からブクブクと水がしみ出してきました。
「ありがとね、ノームのシルビアさん」
彼女の操る水は、触れた生き物を深い眠りに落とす。
これで、ストレンさんを捕まえたまま外に出れそうだね。
ふぅ、疲れたよ。
でも、目標達成だね!