第85話 土の分身
ミノタウロスさんの角が1本切り落とされたところで、懐古の器はゆっくりと消えて行きました。
それにしても、角を切り落としたのが、母さんだったとは。
予想してなかったなぁ。
ワケがあるって言ってたけど、何に使うつもりだったんだろう。
それはまぁ、あとで考えましょう。
「リグレッタ様……今の映像は、もしや」
「うん。ソラリス母さんと、イージス父さんだよ。いつの事かは分からないけど、ここに来たことがあったみたいだね」
「前に見た時より、少しばかり若かったように見えたぜ」
「全然印象が違うっスね。なんていうか……やっぱり、強いんだって思ったっス」
「どうでも良いけど、今は感想を言ってる場合じゃないと思うな」
ホリー君の言う通りだね。
映ってた張本人が目の前に居るんだから、聞けることは聞いておかなくちゃだ。
「懐かしいもぉ……」
「ミノタウロスさん。やっぱり今のは、母さんと父さんに会った時の記憶で間違いないの?」
「そうだもぉ」
「それで、母さんたちと別れた後、ミノタウロスさんはゴブリン達と友達になれたのかな?」
「わからんもぉ。命令すれば、言うことは聞いてくれるもぉ。でも、誰もぉオラと関わろうとはしないもぉ」
「そっか」
さっきの懐古の器のあと、きっと母さんたちはここに戻ってきてないんだよね。
だから、寂しくなったミノタウロスさんは、また死にたいと思うようになっちゃったんだ。
父さんと母さん、どうして戻ってきてあげなかったんだろ。
普通に考えて良いなら、森から出ちゃいけない事情が出来たとかかな?
そもそも、どうして2人がこんな場所に来たのかも、分かって無いんだよね。
考え始めると、沢山の疑問が頭を圧迫し始めちゃったよ。
リンちゃんとか、家で一緒に暮らしてた時、私は一度も見たことなかったしね。
悩みながらハナちゃん号の上によじ登った私は、視界の端でハナちゃんがスタスタと歩き出したのを捉えました。
一応、盾が傍に貼りついてくれてるね。
向かう先は、部屋の隅に置かれてる箱。
箱の傍に座り込んでるクイトさんに、小さくお辞儀をしたハナちゃんは、そのまま箱のふたを開けちゃったのです。
「何も入ってないね」
「……」
「だいじょうぶ?」
ハナちゃんの興味は、箱からクイトさんに向かったみたい。
座り込んでるクイトさんの頭を、なでなでした彼女は、そのままクイトさんの隣に腰を下ろした。
ズ、ズルい。
私も隣に座りたいっ!
出来ないことは分かってるけどさ!
湧き出て来る願望を止める事なんて、できっこないよね。
落ち付こう。
落ち付いて、これからどうするか考えるんだ。
結局、今のままだったらミノタウロスさんは私に、殺して欲しいって頼むよね。
それが彼の選択なら、仕方が無いと諦めるしかないかもだけど。
でも、今のミノタウロスさんは、選んでるワケじゃないと思うんだよなぁ……。
なんていうか、諦めてるようにしか見えないのです。
諦めて、殺してもらおうって楽な選択を……。
「あ、そっか。試行錯誤だよ」
「どうしたもぉ?」
「ミノタウロスさん! 私、分かったよ! 簡単な話だったんだ!」
「何の話もぉ?」
「ミノタウロスさん、さっき誰にも求められて無かったって言ってたけど」
そんなのはみんな、当たり前なんだよ。
そう言おうとした次の瞬間、私の傍を漂ってた盾が1枚、ものすごい速度で右に飛び立ちました。
咄嗟に身構えた瞬間、眩い閃光が迷宮を揺らす。
そんな爆発に紛れるようにして姿を現した白いフードの女、ストレンが、私を見上げながら告げる。
「解放者が、何を分かったと言うのですか?」
「ストレン……」
「気安く私の名前を口にしないで欲しいですね」
名前なんだから仕方ないでしょ?
なんて、ツッコミを入れてる場合じゃないね。
ストレンのさっきの奇襲は、準備してた盾のおかげで、失敗に終わった。
誰も大けがはしてないみたいで、良かったよ。
まぁ、ハリーちゃんとホリー君は、衝撃のあまりに転んじゃったみたいだけど。
傷薬があるから、問題ないでしょう。
それよりも問題は、ストレンの周りだね。
昨日の件があったからかな、彼女は1人で戦うことを諦めたみたいです。
「ゴブリンが、もしかして、あの女が操ってるの?」
「ハリエット様、その通りです。ですので、今は部屋の奥へ下がってください」
「ベルザークさん、アレが何か知ってるの?」
「アレは幻惑の魔術です。魔物や心の弱っている人間を惑わし、操る。そんな、悪趣味な魔術ですよ」
輝く杖を掲げるストレン。
彼女はベルザークさんの説明を聞くと、一気に機嫌を損ねちゃいました。
「やはり邪教徒でしたか。忌々しいですね。ですが、ここでプルウェア様の裁きを受けることが出来るのですから、私に感謝していただきましょう」
「何が裁きですか。惑わすことでしか人を導けないのに、よく威張れますね」
「黙りなさい!」
杖の光を一層強めたストレンは、少し冷静さを取り戻したのか、ミノタウロスに向かって語り掛け始める。
「迷宮に住まう魔物よ、あなたは今、救いを求めていますね?」
「んもぉ? オラのこともぉ?」
「そうです、貴方です。哀れにも化け物として生を受けてしまった醜き男。そんなあなたに、私が救いの手を差し伸べてあげましょう」
ストレンの言ってることは凄くメチャクチャで、意味なんか無いように私には見えたよ。
でも、ミノタウロスにとっては、違ったのかもしれないね。
「何を言ってるもぉ?」
そう返事をしたミノタウロスに、ニヤッと笑みを返したストレンは、告げたのです。
「あなたは化け物。ならばこの世に生まれた理由はたった一つです。殺しなさい。より多くの人間を、プルウェア様に仇為す存在を。殺しなさい。そうすれば、我らがプルウェア様が貴方のことを愛して下さるでしょう」
「愛して……くれるもぉ?」
一瞬、ミノタウロスさんの目が鋭くなった気がする。
これ以上は、本当にストレンに操られちゃうかもだね。
そんなこと、させないもん。
「私とミノタウロスさんが話してたんだから。割り込んでこないでよね」
「解放者に遠慮してはならないと、プルウェア様が仰っていますので」
「なら、私も遠慮なんかしないことにするよ」
ハナちゃん号から飛び降りた私は、そのまま両手で地面に触れる。
どうしてかな、今なら作れる気がするんだ。
ここが、ノームの迷宮だから?
さっき、母さんの魂に触れたから?
それとも、背後にいる友達に、良い所を見せたいから?
理由なんて、どれでも良いよね。
私は1つ、ミノタウロスさんに伝えなくちゃいけないことがあるんだから。
「ミノタウロスさん! 父さんと母さんはね、きっとミノタウロスさんのこと、忘れてなかったと思うよ!」
「……どうしてもぉ?」
「だって、私がミノタウロスさんと同じことを悩んだときに、2人はもう、答えを持ってたから! きっと、ミノタウロスさんのことを考えて、また会った時に答えてあげられるように、考えてたんだよ! それを今、ここで、見せてあげるから!! ちゃんと見ててよね!!」
「何を言って……」
「試行錯誤ってことだよ!!」
ついさっき見た懐古の器。
その中で、ソラリス母さんはノームを使ってた。
大地だけじゃなくて、植物も操るチカラ。
硬さだけじゃなく、柔軟さも必要ってことだよね。
うん。
出来るきがするよ。
胸に湧き上がってくるそんな予感を体現するように。
私はミノタウロスさんの姿を模した土の分身を練り上げたのでした。