第84話 懐古の器:友達
ズシンッという震動が、ノームの迷宮全体を揺らしてる。
揺れの正体は明確で、ミノタウロスさんが大きな鉄槌を床に打ち付けたんだ。
もうっ。
ミノタウロスさんも懲りないよねぇ。
どれだけ暴れても、私の考えは変わらないのに。
「何回も言うけど、あなたのことを殺すのは、嫌なんだってば!」
「うるさいもぉ~~っ!!」
ノームの迷宮に巣くう、大きな2つの角を持った化け物。
そんな風に聞いてたミノタウロスさんは、確かに強靭な身体を持ってるけど、心は繊細な子でした。
そんな子を殺しちゃうのは、やっぱり嫌だよね。
だから、触れて無力化するわけにはいかないの。
「イージスさま! リンちゃんのこと、ちゃんと守ってあげてね!」
「待てソラリス! 何するつもりだ!?」
「わがまま言う子には、ちょっとだけお仕置きが必要だと思うの!」
もう一度、鉄槌を振りかざそうとしてるミノタウロスさん。
また地面を揺らして、私を転ばせようとしてるみたいだね。
未だにお尻がヒリヒリしてるんだから、そうはさせません!
「わが……って! ちょっと何やるつもりだよぉぉぉおああああぁぁぁ!?」
私が右足の踵で地面を蹴ると、岩の波が周囲に広がりました。
転ばされる前に、こっちが転ばせてあげればいいよね。
重い鉄槌を振り上げてるミノタウロスさんが、転ばないわけがないのです。
イージス様も、岩の波にのまれるようにして転がっちゃってるけど。
後で謝っておかなくちゃ。
「それじゃあ、仕上げだよ! シルフィード、ノームよろしくね!」
吐息が瞬く間に風の渦に姿を変えて、終いには無数の鳥の群れを形作る。
私のつま先が固い地面を蹴ると、地面から無数の蔦が飛び出し、終いには大きな鳥かごを造り上げる。
そうして生まれたシルフィードとノームが、あっという間にミノタウロスさんを拘束してくれました。
ついでに、彼が落とした鉄槌は少し離れた場所に移動しておきましょう。
「さてと。あとはあなたが落ち付いてくれるのを待つだけなんだけど」
「もぉぅぅぅ。やっぱりお前もぉ、オラを閉じ込めるのかぁぁ……」
「だから、そう言うつもりじゃないんだってばぁ」
「……どう見ても閉じ込めちゃってるよ、ソラリス」
「あ、イージスさま! 大丈夫でしたか? それと、リンちゃんも!」
「あぁ、無事だよ。ほら」
小さなため息を吐きながら立ち上がったイージスさまは、無事を示すように、握りしめていた右手を開いて、私に見せてくれる。
すると、彼の右手の前に、『大丈夫だよ』というオレンジ色の文字が浮かび上がりました。
うん、ほんとに無事みたいだね。
良かった。
結構派手に転んでたから、ちょっと心配だったけど……。
あ、イージスさま、ちょっと不機嫌かも。
「さすがというかなんというか、ソラリスはやっぱり強いよなぁ。俺も同じくらい強くなれればいいんだが」
「あはは。私はもう十分、イージスさまに助けてもらっていますよ?」
「まぁ確かに、戦う以外はなんにもできないもんな、ソラリスは。あ、料理は上手だから、安心しろ」
「どうやって安心しろっていうのよ!! むぅぅ。お裁縫、次はちゃんと上手に仕上げるから!」
「ははは。楽しみにしとくよ!」
「何を言ってるもぉ……」
「あ、放置しちゃってたね。ごめん!」
うつ伏せに拘束されたミノタウロスさんの目の前に歩いた私は、彼の目を覗き込みながら質問をしてみる。
「ミノタウロスさんが、ずーっとこの迷宮に閉じ込められてて寂しいってのは、良く分かったよ。でも、殺してくれなんて言われる私も、すごく寂しい気持ちになったんだからね!」
「どうしてもぉ?」
「ど、どうして!? どうして……なんだろう」
「いや、俺の方を見られても困るんだが!?」
そうは言うけれど、イージスさまはきっと、私に何か答えをくれるはずだよね。
今までも、そうだったから。
時間は有限とかが、良い例なのです。
「……」
「な、なんだよ、その期待するような視線は! ったく、分かったよ、そうだな、きっとあれだ、ソラリスはミノタウロスと友達になりたいんだよ」
「そうなのかもぉ?」
「そうなの?」
「違うのか? って、俺まで疑問になってどうするっ! ソラリスは、ミノタウロスのことを知りたいと思ったんだろ? だから、ここまでやって来たんだ」
「うん。そうだね」
「ってことはやっぱり、友達になりたいんだよ」
「そっかぁ」
確かに、話してみたら意外と気が合いそうだと思ったし。
悪いこと……を考えてたりするわけでも、無いみたいだよね。
それなら、一緒にお茶を飲んだり、お喋りしたいってのは、ホントかもしれないね。
「どうして、オラなんかと友達になりたいんだもぉ?」
「え? 理由なんて必要なの?」
「いや、無いと思うぞ?」
「でもオラは……」
そう言った後、ミノタウロスさんが鼻をすすり始めちゃった。
なんか、悪いこと言っちゃったかな?
そう思って私がイージスさまと目を合わせた時、彼の手からオレンジ色の文字が浮かび上がった。
『もうお友達だよ』
「リンちゃん。そうだね。私たちももう、ミノタウロスさんのお友達だよ」
「そうだな。リンの言う通りだ。友達ってのは、なりたいからなるもんでもないよな」
「そうなのかもぉ? 友達……初めてだもぉ。ど、どうやって、話したらいいのですかもぉ?」
「なんで敬語になるんだよ!」
「ふふふ。緊張してる時のイージスさまみたい」
「それはいま関係ないだろ!」
ミノタウロスさんとイージスさまが居れば、きっと賑やかな日々を送れる気がするね。
でも、それはもう少し先の話だと思うのです。
「さてと。それじゃあそろそろ私達は行かなくちゃだね」
「もぉ行くのか?」
拘束を解かれたミノタウロスさんが、眉をひそめながら尋ねて来る。
「大丈夫だよ。私達はまた来るからね」
「あぁ。遊びに来てやるよ。でも、今はなぁ、ちょっと片づけなくちゃいけないことが沢山あるんだ」
そう言ったイージスさまに促されるように、私は部屋の片隅にあった箱に向かう。
中身は……良かった。ちゃんとあるみたいだね。
「それをもぉってくのか?」
「うん。ちょっと必要だから。それと、ミノタウロスさんに1つだけお願いがあるんだけど、良いかな?」
「お願い?」
「うん。わけあって、あなたの角が欲しいんだけど、欠片で良いからもらえないかな?」
「角?」
自身の角を少しの間見上げたミノタウロスさんは、ゆっくり頷いてから、口を開きました。
「いいですもぉ。でもぉ、必ずまた会いに来て欲しいもぉ。じゃないと、オラ、友達が居ないもぉ」
「うん。分かってるよ」
「もぉし来なかったら、オラやっぱり、誰かに殺してもらいたくなるもぉ」
「だったら、友達を作れば良いんじゃないか?」
「もぉ?」
「この迷宮には、ゴブリンとかいるんだろ? だったら、そいつらとまずは友達になってみればいい。そうしたら、きっと寂しくないんじゃないか?」
ミノタウロスさんとゴブリン達が友達に?
そうなったら、ゴブリン達ともお喋りできるのかな?
楽しみがまた一つ増えたね。
「楽しみだなぁ。でも、今は急がなくちゃ。それじゃあミノタウロスさん。角を貰いたいんだけど」
「1本ならいいもぉ」
「ありがとう。それじゃあ斬るから、ちょっと動かないでね」
近場に落ちてた小さな剣を手に取って、魂宿りの術を施す。
そうして、部屋の中に鋭い斬撃が走ったのです。