第83話 1つは達成
殺して欲しい。
なんて頼まれるのは、あんまり嬉しくないね。
確かに、私に頼むのが一番手っ取り早いんだろうけど。
やっぱり、嫌だな。
多分、ソラリス母さんも、嬉しくはなかったんじゃないかな?
だから、ミノタウロスは今も生きているのでしょう。
どうして殺して欲しいのか。
その理由を聞こうとしたところで、ラフ爺が1つ提案を持ちかけてきました。
「なぁ、立ち話をするのも良いけどよぉ。いい加減、牛頭もその体勢はきついだろ? どこか、落ち着いて話せる場所まで行こうぜ?」
ラフ爺の言う通り、踏ん張り続けてたミノタウロスさんの腕がプルプルし始めてるもんね。
そんなわけで今、私達はミノタウロスさんの案内で、ノームの迷宮を歩いているのです。
まぁ、私だけはハナちゃん号に乗ってるから、浮いてるけどね。
先頭を歩くミノタウロスさんに続くように、ベルザークさんとハナちゃんがいて、その他の皆は、少し距離を取るようにして歩いてるね。
まだちょっと怖いのかな?
「ねぇ、ミノターロスさん! 角折れてるよ? 痛い? だいじょぶ?」
「もぉ~~随分と昔の傷だもぉ~。痛くはないもぉ」
「そっか」
ハナちゃんはホントに怖いもの知らずかもだね。
背の高さとか、ハナちゃんの10倍とか20倍くらいあるって感じなのに。
さすがに20倍は言いすぎかな?
でも、10倍はホントにありそうだよ。
そう考えると、このノームの迷宮はかなり大きいね。
大きなミノタウロスさんが立った状態で、頭が天井に当たらないくらい広いし。
まるで、ミノタウロスさんのために作られたような広さです。
隠れてるけど、周りには沢山のゴブリン達が住んでるようだね。
これだけ広ければ、当然かも。
「その先が、オラの部屋だもぉ」
「部屋って言うか、洞窟って感じですね」
「ミノターロスさんの部屋! ドアが無いよ!?」
「オラしか使わないから、ドアは要らないんだもぉ」
要らないかな?
私だったら、ドアは欲しいけどなぁ。
ここで一人で暮らしてたとしても、さすがに必要だよね?
ミノタウロスさんの部屋に入った私達は、何もない部屋の中を見て、立ち尽くしました。
何もないって言うのは、違うかなぁ。
一応、部屋の片隅にはボロボロの木箱が1つあるね。
でも、それだけかな。
ん?
今、なんか……。
部屋の片隅に……。
「ん? 箱の傍に誰かいるっスよ」
「あぁ、その女、たまにここに来るもぉ」
「え?」
耳に入って来たカッツさんとミノタウロスさんの言葉に、私は思わず声を漏らしちゃったよ。
仕方ないでしょ?
だって、こんな場所にいるなんて思ってなかったからさ。
「クイトさん!?」
「あ、解放者……と、愉快な仲間達?」
ボロボロの箱の傍らに、座り込んでたのは、なんと、クイトさんでした。
「こんなところで何してるんスか?」
「別に……なんでもない」
なんでも無いわけないのにね。
目元も赤くなってるし、髪の毛もボサボサだし。
なんだか、少し前まで泣いてたみたいに見えちゃうよ。
「『たまにここに来る』と言うことは、この迷宮についても知っていたと言うことですね」
「まぁ、良いじゃねぇか。その嬢ちゃんにも色々あったんだろ? いまさら俺達が、首を突っ込むような事じゃねぇよ」
ベルザークさんの言葉の棘を、ラフ爺が削ぎ落してくれたね。
クイトさん、怪我とかはしてなさそう。
とりあえずは、良かったのかな。
「無事でよかった。ファムロス監視長が心配してたよ」
「心配? 監視長が?」
信じられない、みたいな顔をするのはどうして?
よっぽど信用されてないのかな?
そういうわけでも無いと思ってたけど。
なにはともあれ、目的の一つは達成できたようなものだよね。
クイトさんは迷宮にも来たことがあったみたいだし。
ミノタウロスさんともお話しできるみたいだから、実は残りの目的は、ストレンを探すことだけなのかもしれないね。
「リグレッタ様。迷宮に入ってからストレンを見つけることは出来ましたか?」
「う~ん。良く分からないんだよねぇ。迷宮内って、ゴブリン達が沢山いるし、紛れ込まれちゃったら、分かんないかも」
「そうですか」
取り敢えず、ストレンの事は後に回した方が良いかもしれません。
出来ることから着実に、1つずつ片づけて行きましょう。
部屋の壁に背中を預けるようにして座り込んだミノタウロスさん。
そんな彼に向き直った私は、質問することにしました。
「それじゃあ、ミノタウロスさん。話を戻すけど。どうして、殺して欲しいって約束をしたの?」
「……え?」
小さな声を漏らした、クイトさん。
でも、彼女の声は、続くミノタウロスさんの声に、かき消されちゃったよ。
「オラには、生きている意味が無いんだもぉ~」
「生きてる意味が無い?」
「そうだもぉ~」
「でかい図体の割に、繊細なヤツっスね」
「カッツさん。ちょっと静かにお願いできるかな?」
「っス、すみませんっス」
ミノタウロスさんが、殺して欲しいと願った理由。
そんな選択肢を、選ぼうとしてしまった理由を、私は知らなくちゃいけない。
なんとなくだけど、そう思えました。
「意味が無いって、そう思った理由は何かあるの?」
「理由は、無いもぉ。最初から、何もぉ無かったもぉ」
「最初から?」
「生まれた時から、オラ、誰にもぉ求められてなかったもぉ。だから、この迷宮に閉じ込められたもぉ」
「閉じ込められた!?」
そんなことするなんて、酷いよね。
お母さんとかお父さんとか、助けてくれる親はいなかったのかな?
ううん。誰にも求められてなかったってことは、助けてくれる人なんていなかったってことだよね。
それはもしかしたら、私の母さんと父さんも、同じだったのかな?
死神として恐れられるってのは、きっとそういうことだよね。
でも、だったらやっぱり、ミノタウロスさんのことを、殺しちゃうわけにはいかないんじゃないかな?
その理由を、私の考えを。
どうやって伝えたらいいんだろう。
ふと、そんな考えが、私の頭の中を過った時。
懐かしい香りと温もりが、私の頬を撫でた気がした。
咄嗟に、その感覚のした方を振り返った私は、思わず呟いちゃう。
「母さん?」
いるハズないのに。
目で母さんの面影を探した私は、地面の中に埋もれてる魂を見つけました。
「え? 母さんなの?」
オレンジ色に見えるその魂は、10年以上を共に過ごした、母さんのそれに、そっくり。
気が付けば私は、ハナちゃん号から降りて、母さんの魂の埋まってる地面に手を添えた。
そうして、埋まってた棒状の何かを掘り起こします。
泥まみれのそれは、多分、ボロボロに錆付いちゃった剣かな。
こびり付いてる泥を落として、そっと、オレンジ色の魂に触れる。
あぁ。やっぱり。
これは、母さんの魂だね。
そっか、いつの事かは分からないけど、母さんがここに来た時、この剣に魂宿りの術を使ったんだ。
あれ?
ということは、アレが使えるかもしれないね。
この術、使うことなんてないと思ってたんだけどなぁ。
『ひでんのしょ』の5冊目、50ページ。
一番最後に教わった術だから、印象に残ってるのです。
「母さん。少しだけ覗かせてもらうね。懐古の器」
私が術を発動すると同時に、オレンジの魂が、燃え上がり始める。
大きくなっていったその魂の炎は、皆にも見える程の強い輝きを放ち始め、やがて、宙に像を描き始めるのです。
映るのは、魂に刻まれている記憶。
私の知らない母さんの記憶を見れるんだ。
ちょっとワクワクするよね。
そんな期待感を胸に、私は懐古の器に意識を集中するのでした。