第82話 約束
「もぉ~~。いつになったら現れるのかと、おもぉ~~ってましたよ」
私を見て、そう言いながら穴から這い上がって来るミノタウロスさん。
身体が大きすぎて、上半身しか上がって来れないみたいだね。
落ちないように、腕で踏ん張ってるのは、ちょっと大変そう。
「し、知り合いっスか?」
「ううん。知らないよ」
森の外に出たことないのに、知る訳ないジャンね。
でも、ミノタウロスさんは私のことを知ってるみたい。
私の事って言うより、解放者のことを知ってるのかな?
だとしたら、興味あるかも。
「えっと、こんにちは。ミノタウロスさんで合ってるのかな?」
「そうですもぉ~」
「そっか。さっき、待ちくたびれてたって言ってたけど、もしかして、私が来るのを待ってたの?」
「いかにもぉ~~」
「もぉ~~」
ハナちゃんが耐え切れなくなって、ミノタウロスさんのマネをしちゃったよ。
随分と楽しそうに笑ってるね。
ミノタウロスさんも、微笑ましい物を見るような表情をしてるから、問題はなさそう。
もっと見てたいけど、本題に戻るべきだよね。
「どうして待ってたのかな? 私に何か用でもあるの?」
「むぅ?」
私の質問、変だったかな?
あ、それとも、失礼だったりした?
「もぉ~~しかして、覚えてないのですか?」
「覚えてない? 何の話?」
「覚えていないようですなぁ」
「そ、そうだね」
心当たりがないなぁ。
当然だけど、私はここに来たことないし。
ミノタウロスさんと会ったことも無いのです。
そんな状態で、覚えてないのかと言われても、何の話か分かる訳ないよね。
「さすがに酷いとおもぉ~~いますぞ!」
「ごめんね。でも、分からないんだよ。そもそも私は、森から出たことないから」
「もぉ~~り? 出たことがない? それはどういう意味もぉ~~?」
「どういう意味って、生まれてからずっと、死神の森で暮らしてたって意味だよ」
「それはおかしい……もぉ? ももももぉ~~~?」
「ちょっと!? ミノタウロスさん!? 急に近づかないでよね! 危ないから!」
私の顔を覗き込むように、身を乗り出して来たよ。
危ないなぁ。
触れちゃったらどうするつもりなんだろ。
なんてことを私が考えてると、ミノタウロスさんは大きく首を傾げて見せました。
「ん? 解放者? でもぉ、よく見たら、顔が違うもぉ~~。似てるから、気づかなかったもぉ~」
「似てる?」
「よくよく見れば、大きさが違うもぉ~」
「大きさっ!?」
それって、身長のことだよねっ!?
身長のことだよねっ!?
ミノタウロスさんの視線が、私の胸元に注がれてる気がするけど……。
ううん。
きっと気のせいだよっ!
そんなことより、気を取り直して、母さんの事を言ってるのか聞いてみよう!
「こほん。ミノタウロスさん。少し教えて欲しいんだけど。あなたの言ってる解放者って、ソラリスって名前だったりする?」
「そうですもぉ。そんなことを聞いて来ると言うことは、もぉ~~しかして、ソラリスさまではないのか?」
「そうだね。ソラリスは私の母さんの名前だよ」
「なるほど! それでそっくりなワケですもぉ~」
そっくりと言われると、ちょっと嬉しいね。
それに、まさかこんな場所で、母さんを知ってる人に出会えるとは思ってなかったよ。
あ、人じゃないか。
「母さんと会ったことがあるんだね。ちなみに、それっていつの話?」
「う~~ん。遠い昔だったとおもぉ~~いますなぁ。ソラリスさまは、覚えていないもぉ?」
「母さんからは、特に聞いてなかったよ」
「なら、今から聞けばいいもぉ~」
そっか、ミノタウロスさんは、母さんがまだ生きてると思ってるみたいだね。
「ミノタウロスさん。実は、ソラリス母さんはもう、遠いお空に上がっちゃったんだ」
「っ!? そうなのかもぉ!? それは……つまり、もぉ~~う、オラ達との約束は果たされないってことでしょうかぁ?」
「約束?」
母さん、ミノタウロスさんと約束なんかしてたんだ。
その時、何があったのか。
どんどん気になって来るね。
「そうかぁ。それは残念もぉ」
「あの、ミノタウロスさん。その約束って、どんなものだったの?」
「それを聞いて、どうするつもりもぉ?」
どうするつもりか。
なんて聞かれても、内容によるかなぁ。
出来れば、約束を果たしてあげたいよね。
そうだ、約束を果たす代わりに、当時、何があったのか聞いてみようかな。
それに、もしかしたらクイトさんと白フードのストレンさんの居場所も、知ってるかもだしね。
「母さんがした約束。私に出来る事だったら、代わりに果たしてあげるよ」
「本当かもぉ!? それは助かるもぉ!」
「あの、リグレッタ様。少しよろしいでしょうか」
私とミノタウロスさんの会話に割り込むように、ベルザークさんが口を開きました。
「リグレッタ様のお気持ちは良く分かりますが。私はその話、反対です」
「どうして?」
「相手はミノタウロスです。約束が通用するような相手だとは思えません」
ちょっとベルザークさん。
ミノタウロスさんの前でそんなこと言っちゃったら、怒らせちゃうよ?
喧嘩とかしないで欲しいんだけどなぁ。
あれ?
ミノタウロスさん、意外と怒ってないみたいだね。
「で、どうするもぉ?」
「えっと、ミノタウロスさん。今の話聞いてた?」
「もぉ~~ちろん。でも、そんなことはどうでもぉ良いのだもぉ」
「どうでも良い?」
「オラは、約束を果たしてくれるのであれば、誰でも良いのだもぉ~」
「そうなんだ」
「ただ、解放者に頼むのが一番楽なんだもぉ」
はぁ。
と小さなため息を吐くミノタウロスさん。
なんか、ちょっとだけ引っ掛かる言い方だよね。
気になったら、聞かないわけにはいかないのです。
「解放者に頼むのが楽って、どんな約束なの?」
そんな私の問いかけに、ミノタウロスさんは短く応えました。
「オラを殺して欲しいんだもぉ」