第81話 片方折れちゃって
燃える魂で照らす坑道は、ちょっとだけ神秘的。
迷宮の中は、もっといい感じになるんだろうなぁ。
揺れる光の中、にこやかな笑顔のハナちゃんが、駆けるんだ。
うん、想像するだけで、良い感じだよ。
前に着てたアラクネさんの着物だったら、より良い気がするのです。
次の夏に、遊びに来ようかな。
なんて、そんな呑気なことを考えてるのは、きっと私だけなんだよね。
「足音するよ!」
「私が行きます!」
ハナちゃんの警告にいち早く反応したベルザークさんが、素早く前に飛び出して行く。
魂の位置を確認して見たけど、ハナちゃんの言う通り、数体のゴブリンが少し先の角で待ち伏せてるみたいだね。
「ベルザークさん、その先の角に4体。さらに奥から、2体が増援に向かって来てるよ!」
「ありがとうございます!」
前を行くベルザークさんとハナちゃんに指示を出した私は、すかさず周囲に目を凝らしました。
狭い坑道の中で、挟み撃ちにされちゃったら危ないからね。
私は常に周囲を見張ってるのです。
壁越しでも、魔物達の動きがなんとなく分かるのは、便利だよね。
四方八方を見るのは大変だけど、ハナちゃん号に乗ったままだから、歩かないだけマシなのかな。
そんな私の少し後ろから、ハリエットちゃんとホリー君、カッツさんが着いて来てる。
そのさらに後ろを、ラフ爺が守ってる感じ。
探索を始めてからずっと、この隊列で移動してきてるけど、結構安全に移動できてると思うよ。
皆の傍に、盾とか剣を侍らせてるおかげかもしれないけどね。
正直、これだけ慎重だったら、誰も怪我しないと思っちゃう。
ううん。
ダメだね。
油断しちゃダメなんだよ。
「よし。こちらは片付きました!」
「ありがとう! そしたら、その角を曲がりましょう!」
「まがるぅ~!」
ベルザークさんが対処したゴブリンの遺体を股越して、ハナちゃんが進んでく。
楽しそうなのは良いけど、足元には気を付けてね。
まぁ、転んでも、盾が支えてくれると思うけどさ。
「ず、ずいぶんと深くまで来たっスね」
「そうだね。油断しちゃダメだよ」
「分かってるっスよ」
「でも、これだけ慎重だったら、さすがに大丈夫なんじゃないの?」
「その油断が命取りになるかもしれないから、気を付けてね、ハリエットちゃん」
「り、リグレッタに言われると、冗談に聞こえないわね」
そりゃそうだよ。
冗談じゃないもん。
そんなことはさておき、そろそろ目的地に近づいて来たみたいだね。
私たちが目指してた場所。
それは、魔物達が一番多く出入りしてるっぽい場所です。
坑道に侵入してくる魔物達を減らすためには、まずはそこを塞ぐ必要があるからね。
出入りが多いってことは、出入りしやすいってこと。
そこを潰すのが一番効果的だって、みんなで話し合ったんだ。
「そろそろだから、みんな気を引き締めてね」
「分かりました」
「ってことは、もう少しでノームの迷宮に入れるってことよね。なんだかワクワクしてきたわ」
「なんでワクワク出来るんスか!?」
「なんでって、伝説になってるような場所に行けるのよ? 面白そうじゃない!」
「怖そうの間違いじゃないんスか!?」
「情けねぇなぁカッツ。おめぇ、そんなことじゃ盗賊としてやっていけねぇぞ?」
ハリエットちゃん達は、随分と呑気に考えてるみたいだね。
まぁ、怖がってるよりは良いかな。
ホリー君も、時々坑道の壁に生えてる苔とかを興味深そうに観察してるし。
意外とみんな、タフだよね。
「ゴブリンたくさん! リッタ、どうする?」
ちょっと呆れながら周囲を見てた私に、ハナちゃんが声を掛けて来る。
いよいよ、入り口が見えて来る位置まで来たみたいだね。
さすがに、ハリエットちゃん達も静かになったよ。
「さてと。ベルザークさんとハナちゃんは、一旦ハリエットちゃん達と一緒にここで待機しててくれるかな?」
「え? 待機ですか?」
「うん」
「リッタはどーするの?」
「ちょっとゴブリン達と話してみる。大丈夫。盾と剣は連れてくから」
ホント言うと、ここに来るまでも、出来ればゴブリン達と話したかったんだけどね。
襲撃してくる度に話してたら、いつまでたっても時間が足りないから、仕方なくベルザークさんに対応をお願いしてたんだ。
殺さなくて済むなら、そっちの方が良いでしょ?
それに、キラービーやアラクネたちと同じみたいに、仲良くなれたら、そっちの方が良いよね。
まぁ、話しても襲って来るなら、それが彼らの選択と言うことで、迎え撃つしかなくなるけど。
その時は、少しの間だけ、壁に埋まっててもらうことになるかな。
「こんにちは~」
皆が防御態勢を整えるのを見てから、私は大きく空いた穴に群がってるゴブリン達に声を掛けました。
直後、私に気が付いたらしいゴブリン達が、穴の奥へ一斉に逃げ出して行くのです。
な、なんか、ショックなんだけど。
被害を出さずに通れるのなら、良しとしましょう。
うん。
被害は、無かった。
私の心以外、被害は無かったよね……。
「リ、リグレッタ様……」
「すごいしょんぼりしてるわね」
「まぁ、あれだけ逃げられたら、ボクだってショックだと思うよ」
ハナちゃんまでもが、憐れむように私を見て来る。
みんなで心を抉らないでよっ!
むぅ……。
こういう時、頭を撫でて貰えたら、慰められるのかな。
ハナちゃんが羨ましいよ。
はぁ。
私が大きなため息を吐いたその時。
ドスンという大きな音が、坑道に響き渡りました。
「爆発魔法っスか!?」
「いえ、この音は違いますね。皆さん、警戒を!」
ベルザークさんが言うなら違うんだろうね。
念のために、音のした方に目を凝らした私は、ぽっかりと空いている穴の先から、やたらと大きな魂が、こちらに向かって近づいて来るのを目にしたのです。
「な、なんか、でっかいのがこっちに近づいて来るんだけど」
「まじっスか!? やばいっスよ!! 逃げましょう!!」
ドスン、ドスンって音が鳴る度に、魂が近づいて来る。
つまり、この音は足音みたいだね。
「カッツ、落ち着け! 嬢ちゃん、そのデカいのってのは、どれくらいの位置にいるんだぁ?」
「もう穴の傍だよ」
「っ!?」
ラフ爺の問いかけに答えたその時、迷宮と繋がってる穴から、黒い毛並みと角を持った頭がひょっこりと姿を見せました。
よく見たら、角は片方折れちゃってるみたいだね。
「っ!? な、なんだ、なんなんスか!? あれ!!」
「でっけぇ牛の頭じゃねぇか」
「牛頭の魔物……まさか、ミノタウロス!?」
驚きと共に叫ぶベルザークさん。
そんな彼の声に呼応するように、ミノタウロスが口を開いたのです。
「もぉ~~れつに待ちくたびれたぞ、解放者よ。ようやく現れもぉ~~したかぁ!」