第79話 死神の魂
翌朝、目を醒ました私は、ベルザークさんに呼び出されました。
向かった場所は、坑道前の広場。
忙しそうに走り回ってる見張り達の真ん中に、ちょっとした人だかりができてるね。
ファムロス監視長とかラフ爺、カッツさんにハリエットちゃんとホリー君までいるみたい。
みんなで何を話してるのかな?
ハナちゃん号に乗った私は、そんな軽い気持ちで皆の頭上に向かいました。
でも、楽しいお話をしてるワケじゃないみたいだね。
「坑道に魔物が?」
「そうなのです。昨晩から今朝にかけて坑道を見張っていた者が、突然現れたゴブリンに襲われたのです」
「それで、坑道を調べたら、中に魔物が溢れかえってたんだとよ」
つまり、昨日は気づいてなかった新しい問題が、出て来たってことだね。
うぅぅ。
昨日の私、1つくらい片づけておいてくれても良かったんじゃないかな。
まぁ、そんなことを今更言っても遅いのです。
そんな折、ハリエットちゃんが割って入るように口を開きました。
「坑道には魔物が住んでるものじゃないの?」
「誰ですか、貴女は」
そう言えば、ファムロス監視長はハリエットちゃんとホリー君のことを知らないんだっけ?
それを思い出したのかな、ハリエットちゃんが慌て始めてるよ。
「わ、私は別に、何者でもないわよ!」
「落ち着いてよハリー。余計に目立ってるだろ?」
「そ、そうね。失礼しましたわね。黙って聞かせてもらうことにするわ」
話し方とか仕草からにじみ出てる雰囲気。
王都で着てた綺麗な服なら違和感なかったけど、今着てる私のおさがりには、ちょっと似合わないよね。
案の定、ファムロス監視長も眉をひそめてるし。
でも、さすがに正体には気づかないみたいだね。
「少なくとも、私が監視長になってから、坑道内でゴブリンを見たことは一度たりともありません」
「そりゃそうっスよね。魔物が居るような坑道で、作業なんて出来るワケ無いっスもん。出ても、でっかい虫くらいっス」
「よくご存じですね。その通りです。ところでカッツとやら、どこかでお会いしたことはありませんか?」
「無いっスよ!! 初めましてっス!」
ハリエットちゃんもカッツさんも、隠す気が無いのかな?
黙ってればいいのに。
2人とも、おしゃべりが好きなタイプなのかもしれないね。
こんど、一緒にお茶でも誘ってみようかな。
「……まぁ良いでしょう。もとより、リグレッタ様のお連れの方については、事前に王都から連絡を貰っていましたので。追及するつもりはありません。とはいえ、通行証を持っていないことは、誤算でしたが」
「ごめんなさい。色々あって、急いで王都を出たんです」
申し訳ないなぁ。
ファムロス監視長は、ホントにいつも苦労してる気がするよ。
そう言えば、クイトさんが居ないケド、大丈夫なのかな?
居ないと言えば、赤毛のフレイ君とハナちゃんも居ないね。
まぁ、2人に関してはけが人だし、ゆっくり休んでてもらいましょう。
「分かっております。昨日の件を見て、私の中の疑念はとっくに消えていますので。今日あたり、王都から鳩が来ると思いますので、その指示に従うだけです」
取り敢えず、私が解放者だってことは、もう疑われてないみたいだね。
だとしたら、すぐにでも出発するべきなのかもだけど、そうもいかないかな。
そもそも、昨日は色々ありすぎて、綺麗な日の出を見損ねちゃったし。
もう1泊しても、別にいいよね?
私と同じ考えなのか、ベルザークさんが口を開いたよ。
うーん、いや、同じ考えなわけないかな。
きっと、なにか狙いがあるんだよ。多分ね。
「それより今は、魔物の対処法を考えるべきではないでしょうか」
「出所はやはり、昨日みなさんがみつけたという通路でしょうか」
「だとしたら厄介だなぁ。昨日の爆発は一度だけじゃなかったはずだ。つまり、坑道の至る所に、あの通路に繋がる穴が空いててもおかしくねぇ」
坑道に空いてる穴を、全部塞がなくちゃいけないってことだよね。
私でも、ちょっと時間が掛かるかもだ。
もしかしたら今日も、クタクタになって眠っちゃうから、明日の日の出を見逃しちゃうかもだねぇ。
「そもそも、その通路ってのは、なんなワケ? 坑道じゃないなら、どうしてそんな深い所に、通路があるの?
下水道があるワケでもないのに」
「ちょっと、ハリー」
黙って聞いてるはずのハリエットちゃんが、疑問を投げかけて来たよ。
確かに、あんなところに通路があるなんて、不思議だよね。
「何よ。兄さんだって気になるでしょ?」
「気になる……と言うか、ボクにはなんとなく察しがついてるけどね」
「ホリー君、何か知ってるの!?」
ホリー君って、やっぱり物知りだよね。
どうやって知ったのかな?
「ま、まぁね。これでも、色んな記録とか歴史書を読み漁って来たから」
「その歳で? あなた方は本当に何者ですか」
ファムロス監視長が、ホリー君たちに疑いの視線を向けてる。
ホリー君の『しまった』って顔、ちょっと面白いかも。
でも、話を止められちゃったら困るんだよね。
「で? 続きは無いの?」
「こほん。おそらく、リグレッタ達が地下で見つけた通路と言うのは、古の時代から存在する、ノームの迷宮だと思うんだ」
「ノーム!?」
ノームって言ったら、『ひでんのしょ』にも出て来る土の分身だよね?
「その迷宮は、どんな場所なんスか?」
「記録では確か、入り口が無いとされていて、最奥には狂暴な魔物が棲みついているとか」
説明を聞いたカッツさんが、一歩後退った。
「マジっスか……よし、今すぐ出発するっス」
「ですが、迷宮の一番奥には、とても貴重なお宝が眠っているとも書かれてましたね」
「お宝!? なにそれ、すごくワクワクするんだけど!!」
すっかり及び腰のカッツさんと違って、ハリエットちゃんが目を輝かせてるよ。
そんな彼女に、ファムロス監視長が何かを言いかけたその時。
背後から元気な挨拶が響いてきたのです。
「リッタ! おはよー!」
「おはよう、ハナちゃ……んっ!?」
ネリネからこっちに駆けて来るハナちゃん。
昨日の怪我が嘘みたいに、元気一杯みたいだね。
それは嬉しいことなんだけど。
でも、それどころじゃないよっ!!
「どうしたの?」
私だけじゃなく、他の皆まで黙り込んだことに気が付いたみたい。
ハナちゃんが不思議そうに首を傾げてる。
そんな彼女の首の動きに合わせるように、彼女の腰のあたりまで伸びた長い髪が、ゆっさゆっさと揺れた。
「ハナちゃん、その髪、どうしたのですか?」
「ん? なんかね、伸びてたの」
「伸びてたって、1日でそんなに伸びるものなんスか!?」
「んなワケねぇだろ!」
「そうですね。獣人は髪が伸びるのが早いなんて話、王都の資料室でも読んだ覚えはないですし」
口々に驚く皆を横目に、私はハナちゃんの傍に降りる。
「ハナちゃん、髪の毛以外に、身体に変なこと無かった?」
もしかしたら、昨日の白いフードの女の人が、何かしたのかもしれないよね。
そう思った私は、だけど、帰って来たハナちゃんの返事を聞いて、言葉を失ったのです。
「ううん。ないよ。でもね、なんかね、リッタがずっとそばにいてくれてるような気がするの!」
「え?」
そう言いながら、長くなった髪を撫でつけるハナちゃん。
もしかして、私が原因だったりする?
そんなこと、私は何も……。
何もしなかった?
ううん。違うよね。
私はハナちゃんの血に、魂を込めたんだ。
大丈夫なのかな?
私の、解放者の、死神の魂。
そんなものが、血に込められたハナちゃん。
大丈夫なのかな?