第78話 明日に回して
「ハナちゃん、赤毛君。怪我はもう大丈夫?」
「うん! 大丈夫だよっ!」
「俺も。嘘みたいに腕が軽いくらいだよ。それと、俺の名前はフレイだ」
赤毛君って呼ばれるのはあんまり好きじゃなかったのかな?
ちょっとムスッとした表情をしてる。
まぁそうだよね。
その呼び方を私に当てはめるなら、白髪ちゃんだし。
むっ。
自分で思ってるだけでも、ちょっと不愉快だね!
ちゃんと名前で呼びましょう。
それはさておき、彼にはお礼も言わなくちゃだよね。
「フレイ君。さっきはありがとね」
「べ、別に。大したことはしてないし……」
名前呼びになった途端、照れちゃってるや。
ちょっと可愛いかも。
でもきっと、そんなこと言ったら、怒られちゃうよね。
ここはそっとしておくのが、良いと思うのです。
「それより、あの女はどこに行っちまったんだ?」
不意に周囲を見渡しながら呟くラフ爺。
さっきのことを思い出したら、身体が警戒し始めちゃったよ。
でも、近くには居ないみたい。
「確かに、どこにも居ないね」
「リッタ! あそこ!」
呟く私を見ながら、隅の方を指さすハナちゃん。
誰かが居るようには見えないけど。
って、違うね。
誰かがいるんじゃないや。
穴が空いてるんだ。
白いフードの女の人が持ってた杖が、爆発を放った壁付近。
砂塵が積もってる床に、ぽっかりと穴が空いてるみたい。
ネリネの前で、クイトさんが出て来た穴に、ちょっと似てるかもだね。
「私が先に見てきます」
そう言ったベルザークさんが、慎重に穴に近づいて、中を覗き込みに行った。
それにしても、慎重すぎないかな?
わざわざ穴の横に伏せて、穴付近の凹凸を調べる必要あるの?
一通り、穴の調査を終えたらしいベルザークさんは、ようやく穴の中を覗き込んだと思うと、小さく呟いたのです。
「これは……」
「ベルザークさん? 何が見えるの?」
「……通路のような場所に見えますね」
「通路!?」
取り敢えず、危なくはなさそうだということで、私達は順番で穴を覗き込みました。
暗いから、燃える魂を使おう。
確かに、王都アゲルで見たような石の通路が見えるね。
「古い通路だ」
「坑道じゃないの?」
「わざわざ石畳で舗装すると思うか?」
「それもそうだね」
少なくとも、ここに来るまでの坑道は、どこも石で綺麗に整理されてなかったよ。
って言うか、石で綺麗に作った道のことを舗装するって言うんだね。
1つ勉強になったよ。
とまぁ、そんなことは置いておいて。
どうしてこんなところに穴が空いちゃったのかな?
考えられるとしたら、1つしかない気がするけど。
「さっきの爆発のせいで、床が抜けちゃったってことかな?」
「そのようですね」
「どこに繋がってるのかな?」
「それは行ってみねぇと分かんねぇだろうなぁ」
ラフ爺が肩を竦めるってことは、この場にいる誰も分からないってことだよね。
あ、なんか、ハナちゃんが目を輝かせながらこっちを見てきたよ。
「リッタ!!」
「ダメだよ、ハナちゃん」
「えぇ~! 行きたい! 通路行きたい!」
「さっき大けがしたばっかりだからなぁ。今日は一旦戻った方が良いと思うぜ」
「むぅ~」
良い援護だよ、ラフ爺。
ハナちゃんには悪いけど、今すぐに探検に行く気にはなれないかな。
それより、ハナちゃん元気すぎない?
さっきまでの様子が嘘みたいだよ。
口を尖らせて不平を顕わにしてるハナちゃんは、穴の中を横目で見つつも、ふぅと息を吐きだした。
勝手に飛び出してったりしない子で良かったよ。
「とりあえず、ストレンはこの通路に逃げたと考えて、間違いないでしょう」
ベルザークさんが穴を睨みながら言う。
その言葉の中に、聞き覚えのない言葉が出て来たね。
「ストレン?」
「先ほどの女の名です」
「さっきも呟いてたなぁ。知り合いか?」
「名前だけ聞いたことある程度ですよ。戦場で、良く聞く名前でしたので」
「戦場で……」
つまりベルザークさんは、あの女の人達と、戦争をしてたってこと?
確かに、プルウェア様って言ってたもんね。
うぅ。
なんか、北に向かうのが嫌になって来ちゃったよ。
でも、今更引き返せないかなぁ。
あとで皆に相談してみよう。
「さ、取り敢えず今は、地上に戻りましょう」
「そうだね」
ベルザークさんの提案に反対する人は誰も居なかった。
まぁ、ハナちゃんだけは穴の先に興味があるみたいだけどさ。
今回ばかりは、ハナちゃんのお願いでも聞けないのです。
その選択に、私はきっと納得できないから。
行くなら、ちゃんと準備を整えてから、行かないとだよね。
私は反省できる女なのですよ。
薬を持ってきてなかったことも、ハナちゃんの傍に箒とかシーツとかを向かわせてなかったことも。
やろうと思えばできたのに、しなかったことなんだ。
油断しちゃってたのかな。
今一度、私は思い直さなくちゃいけないみたい。
ここは、死神の森じゃないんだ。
森の外、広くて遠くて危険がいっぱいな世界なんだ。
そんな反省を噛み締めて、一歩進む。
次は絶対に、ハナちゃんにもフレイ君にも怪我なんか負わせない。
そうやって、少しずつ進歩してけばいいんだよね。
「戻って来たっスね!!」
黙々と坑道を歩いた私達は、少しして地上に出ることが出来ました。
でも、そこからがまた大変だったんだよ。
落盤のせいで怪我をしちゃった人の治療をしたり、地上に即席の寝室をいっぱい作ったり。
ファムロス監視長に、坑道で何があったのかを報告したり。
異常なほどに怯えちゃってるクイトさんを、皆で宥めたり。
そんなこんなで、気が付けば陽もすっかり落ちちゃってて。
私達はネリネのお風呂で汚れを落とし、すぐに眠りに落ちたのです。
あ、もちろん、鉱山の人たちにもお風呂を解放したよ。
色々あったからね。
お風呂で少しでも疲れが取れればいいな。
そしてまた明日、大変なことは明日に回してしまいましょう。
古い通路とか、怯えてるクイトさんとか、やけに元気なハナちゃんとか。
ちょっと気になることも、明日の私がなんとかしてくれるはず。
そうだよね。