第77話 内緒だよ
光を遮ってくれたはずの岩の柱が、瞬く間に砕け散ってく。
でも、そのおかげで、爆発の衝撃を殺すことが出来たみたいだね。
腕と脚に岩の破片が刺さっちゃったけど、なんとか動けそうだ。
そんなことよりも、ハナちゃんは無事かな!?
「ハナちゃん!! 大丈夫!?」
「リッタ……逃げてっ!!」
声が弱くなってる!!
失敗したなぁ、自分じゃなくて、ハナちゃんを守るべきだったかもだね。
反省は大事なのです。
でも、今はそれより、白いフードの女の人をなんとかしなくちゃだ。
「それで隠れてるつもり!?」
崩れた岩の柱の裏に、座り込んでる人物。
どうやってるのかは分かんないけど、視界に捉えることは出来なさそうだね。
でも、魂まで隠すことは、出来ないみたい。
辺りに散らばった爆風の残り香。
それに手を突っ込んだ私は、即座に風を練り上げる。
時間をかけてられないから、シルフィードにはできないね。
でも、それで十分だよっ!!
「うぐっ!?」
頭上から足元へ、絶えず吹き付ける風に圧されて、這いつくばっててもらおう。
さっきの爆風は凄まじかったら、簡単には立ち上がれないはずだよ。
その間に私は、奥にいるハナちゃん達の元に急ぎましょう!
「ハナちゃん! 赤毛君! 無事?」
さっきの爆風で巻き上げられた、砂塵に向けて声を掛けると、聞き慣れない男の子の声が返ってきました。
「ヤバい! リグレッタ! 早く来てくれ!!」
「どうしたの!?」
焦りに震えてる彼の声を聞いた私は、すぐに腕を払って砂塵を散らした。
そして、地面に横たわるハナちゃんの、腹部の怪我を目にしたのです。
「ハナちゃん!!」
思わず彼女の傍に駆け寄って、傷口に触れちゃいそうになったよ。
ダメだ。
そんなことしちゃったら、それこそ、ハナちゃんの命を奪っちゃうことになる。
落ち着け、私。
ここで選択を間違えたら、私はきっと、納得できないよ。
私にできること、やるべきこと、したいこと、望むこと。
しっかりと、見極めるんだ。
「止まらない!! どうしたらいい!? リグレッタ!! 血が止まらないんだよ!!」
ハナちゃんの傷口を押さえてる赤毛君が、声を張り上げてる。
万能薬があれば、せめて傷薬があれば、この場を難なく乗り越えられたはず。
でも、今は持ってないんだよね。
取りに行く?
ううん。ダメ。
時間が無いし、白いフードの女の人と一緒に放置するわけにはいかないよ。
「リグレッタ!! 聞いてるのかよ!! 血を止めないと、ハナが死ぬぞ!!」
「分かってるってば!! 今、止める方法を考えて……」
そうだ、血を止めさえすればいいんだよね。
……でも、大丈夫かな?
ううん。悩んでる場合じゃないよ。
止めて、そのまま一緒に地上に出て、万能薬を使えば、なんとかなるかもしれない。
そうしよう!
「赤毛君! すぐにそこを退いて!」
「は!?」
「いいから!! はやく退いて!!」
「っ!」
赤毛君が、びっくりした表情で勢いよくその場を飛び退いてくれた。
ごめんね。
でも、説明してる場合じゃないから。
すっかり顔色が白くなってきたハナちゃんが、寝ころんだまま、私を見上げてくる。
「……リッタ、怪我してる?」
「私は大丈夫だよ。ハナちゃん。それに、ハナちゃんも絶対に助けるからね!!」
「えへへ。リッタがそう言うなら、ハナ、大丈夫だね」
いつもより、少しだけ薄い笑顔を浮かべるハナちゃん。
そんな彼女の傍らで、ボタボタと溢れ出してる血液に指先を近づける。
直後、背後から女の声が響いてきたのです。
「無駄ですっ!! その者は悪人!! プルウェア様の教えを拒む者なのです!! 従って、そのまま命を落とすのが、世の摂理!! 何者にも覆せるものではありません!!」
「うるさいよ!! ちょっと黙ってて!!」
這いつくばった状態から、徐々に立ち上がろうとしてる白いフードの女の人。
そんな彼女に、一撃、風のビンタをお見舞いしました。
すぐに手元に意識を集中して、私はハナちゃんの血液に指先を浸けました。
イメージするんだ。
ハナちゃんの血液に、魂を注ぎ込む。
混ざり込んでる小石や砂を排除して、血の塊を作るんだ。
そして、傷口から出て来た血を、そのまま傷口の中に返してあげる。
間違っても、逆流させちゃダメだからね。
「すげぇ……どうなってるんだよ」
「大丈夫。出来る。私ならできるから。大丈夫だよ、ハナちゃん」
「んぅ……」
明らかに呼吸が浅くなってる。
でも、少しは血色がよくなってきたね。
あとは、薬で傷口を塞がなくちゃ。
「よし、赤毛君。このままハナちゃんを地上まで運ぶよ!」
「地上まで!?」
「そうだよ! 万能薬で傷口を塞がないと!」
「そ、そっか! 分かった」
大きく頷きながら、そう告げた赤毛君。
そのまま、ハナちゃんを担ぎ上げようとしゃがみ込んだ彼は、慌てたように立ち上がる。
直後、ドンッという爆風が、背後から打ち付けて来たのです。
さっきの爆風に比べれば弱いけど、無視できないよね。
爆風で、ハナちゃんの血の塊を弾き飛ばされたりしたら、マズいし。
「しつこいよ! アナタも私に用があるんでしょ? ハナちゃんを襲う必要ないじゃん!!」
言いながらフードの女の人を振り返った私。
同じように風のビンタをぶつけようと思った私は、直後、横から飛び出して来る赤毛君の影と、ゴツッっていう鈍い音を聞いたのです。
「え?」
「ぐぅっ」
大きな石と一緒に、地面に転がる赤毛君。
腕を押さえてるところから見るに、飛んで来た石を腕で受けたみたいだね。
対する白いフードの女の人は、焼け焦げた右腕をぶら下げたまま、左手の杖を輝かせ始めました。
「ヒヒヒッ。悪人は死ぬのです。そして生まれ変わりましょう。善人になるまで。それを繰り返すことこそが、プルウェア様の望み。それを叶える事こそが、私の望みなのです!」
ハナちゃんと赤毛君を守りながら、血を操って、かつ、爆風にも耐えなくちゃ!
やるんだ私!
「解放者! 覚悟しなさい!!」
風と土を全力で操って、防御を展開する。
でも、激しく明滅し始める杖の輝きには、追いつけそうにないよ。
ダメだ、みんな死んじゃう―――。
そう思った瞬間、大きな影が、視界の端から躍り出てきました。
「間一髪!! といった所でしょうかっ!!」
聞き覚えのある声でそう叫んだ影は、杖を掲げてる白いフードの女に、豪快な突進を決める。
勢いよく吹っ飛ばされた白いフードの女。
どんだけ強い力で突進されたんだろうね。
私がそう思った直後、女と共に地面を転がった杖が、でたらめな壁に向けて爆発を放ったのです。
発生した爆風から私やハナちゃんを守るように盾を構える男。
舞い上がる砂塵の中、ホッと息を吐いて見せた彼は、言うまでも無く、ベルザークさんです。
「大丈夫ですか? リグレッタ様……ってぇ!! ハナちゃん!? 酷い怪我ではないですか!!」
ズタボロの衣服から、鍛え上げられた肉体を覗かせてる彼は、慌てたようにズボンのポケットに手を潜らせる。
「念のために、万能薬を持っておいて良かったです」
「おぃたん……」
小さく笑みを浮かべるハナちゃん。
そんな笑みに、大きく頷いて見せたベルザークさんが、少し不思議そうに私を覗き込んで来ました。
「リ、リグレッタ様? どうされました?」
「ううん。なんでもないよ。ありがとう、ベルザークさん。助けられちゃった」
「何を言っているのですか? 私達の方が助けられていますよ」
そう言うベルザークさんは、ハナちゃんの傷に薬を塗り込んでく。
見る見るうちに塞がってく傷口。
背後では、ラフ爺が赤毛君の治療をしてくれてるみたいだね。
程なくして、元気よく起き上がったハナちゃんと赤毛君を見て、私は腰を抜かしちゃったのでした。
皆の前だから、泣き出しそうになるのを我慢してたってのは、内緒だよ。