第76話 白い輝き
ラズガード鉱山に爆発音が響き渡る少し前のこと。
沢山の魂の中から、2つの魂がコソコソと抜け出してくのを見てた私に、クイトさんが声を掛けてきました。
「解放者、教えて欲しいことがある」
「え? えっと、ちょっと今、目を離せないんだけど」
「……壁を見てて面白い?」
壁を見てるわけじゃないよっ!
そう見えちゃうのは仕方ないかもだけどさ。
「仕方ないなぁ。で、教えて欲しいことって、なに?」
「最近、脱走者が多いの」
「はぁ」
「……」
え!? 終わり!?
脱走者が多い、って言われても、私にはなんにも分かんないよ!?
「クイトさん? あの、もっと他に情報は無いのかな? それだけ言われても、良く分かんないよ」
「そう?」
「そうだよ!」
「そっか」
なんとか納得はしてくれたみたいだね。
それにしても、クイトさんって不思議な人だなぁ。
いまだに目元しか露出してないから、顔も良く分からないし。
綺麗な青色の目をしてるくらいしか、見た目の情報が無いんだよね。
まぁ、む、胸が大きいとか、それくらいは分かるけどさ。
いっそのこと、顔を見せてってお願いしてみようかな。
うーん、と唸りながら考え事をし始めてる彼女に、私はお願いをしてみることにしました。
「あのさ、クイトさん。良ければ、顔を見せてくれないかな?」
もしかしたら断られるかも?
なんて考える私の心配を余所に、クイトさんは少しだけ目を見開いた。
「忘れてた。だから、ちょっと息苦しいんだ」
「忘れてたの!? ま、まぁ、よくあるよね。うん。分かるよ」
「分かってくれる。珍しい」
でしょうね!!
ふつう忘れないもん!
って叫びたいところを、グッと抑える。
なんか、ちょっとずつだけど、クイトさんのことが分かってきた気がするよ。
分かって来た?
う~ん? 分かってあげられてるのかなぁ?
ひとり悶々としてる私の目の前で、クイトさんが被ってた目出し帽を勢いよく取った。
そして露わになったのは、短めの金髪と端正な顔立ちの美少女。
「……綺麗」
「良く言われる」
自覚ある感じだね。
でも、全然嫌味に聞こえないのは、クイトさんだからかな?
多分、事実を教えてくれてるだけだよね。
照れたり得意げにするでもなく、淡々と言ってるし。
なんなら、すこしうんざりしてるようにも見えて来たよ。
「解放者も、可愛いと思う」
「あ、ありがとう」
急にそんなこと言われたら、ちょっと照れちゃうじゃん。
って、そんなことより気になることが、あるんだよね。
「あの、クイトさん。その、耳が尖ってるけど、それって生まれつきなの?」
「うん。エルフだから」
「エルフ。そうなんだね」
何かの図鑑で見た気がする。
エルフかぁ。
耳がぴょこぴょこ動いて、ちょっと可愛いね。
触ってみたいけど、ダメだ。ダメだよ私!
「って、ちょっと脱線しちゃったから話を戻すけど。脱走者が沢山出るって話だったよね。それで、私にどうして欲しいの?」
「逃げないように、方法を考えて欲しい」
「逃げないように?」
そう言えば、ラフ爺とかカッツさんが、この鉱山は酷い環境だって言ってたっけ?
だったら、逃げ出したいと思わないような環境に変えてあげれば良いんじゃないかな?
まぁ、それをどうやって作るのかが、難しい所なんだよね。
ちょっと時間のかかりそうなお話です。
なんと返事をしたものか。
そんなことを考えてると、部屋の扉が開かれました。
「リグレッタ様。お待たせしてしまい申し訳ございません。とりあえず今日の所は、このまま監視塔に泊まって頂ければと考えております」
そう言いながら入って来たのは、ファムロス監視長だ。
ここに泊まるのは良いんだけど、出来ればネリネに戻して欲しいよね。
お風呂とか入りたいし。
そう言えば、ファムロス監視長は凄く疲れてるように見えるから、お風呂を貸してあげようかな。
そしたらきっと、ベルザークさん達とも仲良くなれるよね。
なるかな?
ならない気がしてきたよ。
「監視長。今は私が解放者と話してる」
「そんなこと、私には関係……おい、ちょっと待て、何だこの皿は?」
「サンドイッチ」
「何が乗ってたかを聞いたわけでは無い!! なぜこれがここにあるのだと聞いている!! これは私の夕食だぞ!!」
「美味しかった」
「くうぅっ……」
もしかして、勝手に食べちゃダメだったものかな。
悪いことしちゃったかも。
歯を食いしばって、天井を見上げてるファムロス監視長。
キョトンとした顔で、首を傾げてるクイトさん。
「大変そうですね。ファムロス監視長」
「……まったくです。ですが、そんなことはどうでもよいのです」
大きな、大きなため息を吐いた彼は、ゆっくりと私に視線を落とし、口を開いた。
「実は、あなた様がここを通ると伺った時から、お願いしようと考えていたことが―――」
やっと話が先に進むかもしれない。
そんな期待を胸に、彼の言葉に耳を傾けようとしていた私は、気が付けば激しく転倒してしまっていた。
「いっった……」
「おわっ!? なんだなんだ!?」
固い地面が、頬っぺたを擦る。
ちょっと痛いけど、怪我って程でもないね。
それよりも、何が起きたのか確認しないと!
集中して周囲の様子を見渡し、何が起きたのか理解する。
あんまり考えてる時間はなさそうだね。
「ファムロス監視長! ちょっと急ぐので、お話は後でお願いします!」
返事を聞いてる暇もないよ。
部屋から出た私は、壁に触れながら走り続けました。
立て続けに感じる振動で、通路が崩れないように、柱を作る。
あまり集中できてるワケじゃないから、柱がめちゃくちゃに飛び出ちゃってるけど、許して。
これで、ベルザークさん達が外に出るための道は確保できそうだね。
でも、それだけじゃダメだ。
周りに沢山のけが人がいるみたいだし。
ここは、ゴーレム達の出番かな?
かなり忙しくなりそうだね。
強く息を吐き出し、生み出したシルフィードに伝言を乗せる。
けが人の救出はゴーレム達に任せよう。
さて、残るは坑道の一番奥にいる3人かな。
少し前まで周りにいた沢山の人たちは、一斉に逃げ出したみたいだけど。
取り残されたってコトだよね。
その中には、ハナちゃんも居るみたいだし。急がなくちゃ。
前方から走ってくる人たちに触れないように、経路を確認しながら駆ける。
こういう時、クイトさんみたいに地面の中を潜っていけたら、楽なんだけどな。
そこまで考えた私の脳裏に、1つの疑問が浮かんだのです。
さっき、部屋を飛び出した時。
クイトさんは頭を抱えて怯えてた。
ファムロス監視長は、驚いてはいたけど、どこか慣れてるように見えたんだよね。
これって、ちょっと変じゃない?
だって、クイトさんは地面の中を潜れるのに、どうして怖がる必要があるの?
爆発音を怖がってたのかな?
ううん。
考えても分からないね。
今はまず、ハナちゃんを助けなくちゃ!
そうして、ハナちゃん達の元に辿り着いた私は、その女の人に出会うのです。
「おや? あなたは?」
「ハナちゃん! 大丈夫!?」
「リッタ!!」
輝く杖を持った、白いフードの女の人。
その女の人が、ハナちゃんのすぐ傍に立ってる。
ハナちゃんが危ない!
と思った私は、そうでも無いことに気が付きました。
「リッタ! このおねえたんがね、助けてくれたんだよ!」
そんな報告をしてくるハナちゃんは、白いフードの女の人に、頭を撫でられながら尻尾を振ってる。
赤毛の子も、彼女を警戒してなさそうだね。
ってことは、悪い人じゃないみたいだ。
ハナちゃんを撫でてる手つきも、すごく優しそうで、怖い感じとかしないしね。
って言うか、良いなぁ。
私も撫でたいのにっ!
でも、文句を言うような状況じゃないよね。
「えっと、こんにちは、私の名前は―――」
「リグレッタ……後悔を冠する解放者、ですね」
「え?」
次の瞬間、私は視界が一気に白く輝くのを見ました。
眩しくて、熱くて、そして痛い。
僅かに感じたそれらの感覚を打ち消すため、私は、咄嗟に近くの壁に手を添えたのです。