第74話 日常茶飯事
ハナちゃんが居ない。
私がその事実に気が付くまでに、少なくない時間が掛かってしまいました。
まじめな彼女は、勝手にどこかへ行ったりするはずがないと思い込んでいたのです。
きっと、部屋に積まれてある木箱の陰を練り歩いて、探検でもしているのでしょう。
ネリネでも、同じように遊んでいることがありますし。
獣人である彼女が気配を消してしまえば、私と言えど、見つけ出すのは至難の業です。
だからこそ、目を離すべきではなかったのでしょう。
「こんなところに、穴があるとは……」
「つまり、ハナちゃんとフレイは、ここから部屋の外に行ったってことっスか?」
「そういうコトだろうなぁ」
最悪な事態です。
リグレッタ様とも離れ離れになっている今、ハナちゃんの身を守るのは私の役目。
にもかかわらず、なんという体たらく。
こんなことでは、リグレッタ様に失望されてしまいますね。
「こうなっては手段を選んではいられません。強行突破しましょう」
「ちょ!? 待てっス!! そんなことしたら、俺達まで追われる身になるっスよ!?」
「それが何だと言うのですか?」
「いやいや、大問題っスよ!!」
それは、あなた達の都合でしょう。
脳裏を過ったその言葉を、私はグッと飲み込んだ。
きっと、それを言ってしまえば、リグレッタ様に怒られることになるはず。
これ以上、失態を重ねるわけにはいかない。
強行突破してしまえば、追われる身となってしまう。
かといって、ここでじっとしているわけにもいきません。
この状況で打てる最善手。
そんなものがあるかどうかも分からぬまま、部屋の中を見渡した私は、部屋の隅に座り込んでる2人を捉えたのです。
「その手がありますね」
「お、何かいい案が思い浮かんだっスか!?」
期待の視線を向けて来るカッツを無視して、私は座り込んでいる2人―――ハリエット姫とホルバートン王子の元に向かった。
ネリネから降りてくる際、念のために庶民の服に着替えて貰った2人。
いつもと違って質素な出で立ちに慣れてないのか、緊張した面持ちの2人が、私を見上げてくる。
「お2人とも、少しよろしいでしょうか」
「何でしょう。私達も、ハナちゃんが出て行ったことは知りませんでしたわ」
「そうですか。ですが、その話ではありません」
「じゃあ、ボクらにどういった用ですか?」
なぜか緊張でガチガチになってるハリエット様を制止するように、ホルバートン王子が割って入ってくる。
「お2人であれば、ファムロス監視長を説得して、この部屋から出してもらえると考えております」
「え?」
「ちょっと待つっスよ。そんなことしたら、2人は王都に連れ戻されるんじゃないっスか?」
話を聞いていたのでしょう。
カッツが背後から割って入ってきた。
実際、彼の言っていることは正しいでしょう。
しかし、そもそもこうして、部屋に隔離されている原因を作ったのは、お2人の我儘だと、私は思うのです。
リグレッタ様が連れて行くと判断したため、反対はしませんでしたが。
やはり、連れて行くのは間違いだったというコトです。
「それって、この状況は私たちのせいだから、ここで諦めて城に帰れって意味?」
先ほどまでの緊張はどこへ消えたのか、ハリエット様がムスッとした表情で告げる。
本音を言えばその通りですが、まぁ、ここは一応、フォローしておきましょう。
「とんでもございません。フランメ民国への使者として、ご帯同頂けるよう、私からも進言させていただきます」
「そう」
一応、納得してくれたようで良かったです。
ホルバートン王子は、少し勘ぐっているようですが。
そうと決まれば、さっそく動くべきですね。
お2人と共に、扉の元へ向かった私達は、壁越しに外の見張りに声を掛けました。
初めの内は、全く信じてもらえなかったのですが、ハリエット様があまりに騒ぎ立てるため、ついに扉を開いてもらうことに成功します。
見張りとしていかがなものかと思いますがね。
「で、王族だって証拠は?」
「見て分かりませんこと!? 私と兄さまの雰囲気、明らかに庶民のそれとは違うと思うのだけど」
自信満々に捲し立ててたから、何か準備してたと思ってたのですが。
まさか、雰囲気で押し切るつもりだったとは。
「ハリー。さすがにそれは通じないと思うよ」
「なに言ってるの兄さま! もっと胸張って、威張って! じゃないと信じてもらえないわ!」
「バカにしてるのか?」
「そ、そう言うわけじゃないわよ! ほんとに王族なんだから、雰囲気で分かるでしょ!!」
扉の隙間からハリエット様とホルバートン王子を盗み見ている見張りが、小さなため息を吐く。
「確かに、庶民をイラつかせる才能は、王族そっくりかもしれないな」
「んなっ!?」
見張りの言葉は、ハリエット様にとって衝撃だったようですね。
逆に、ホルバートン王子が苦笑いしている様子に、私は驚きを隠せませんよ。
「どうやら、うまくいきそうにありませんね。お騒がせしてしまい、申し訳ありません。良ければ1つ……」
なんとかして見張りとの交渉に持ち込めないか。
そう考えながら、扉の隙間に足先を滑り込ませようとした私。
その瞬間、見張りの背後に異変を見た私は、咄嗟に傍にいたハリエット様とホルバートン王子を抱えて、その場から飛び退きました。
「きゃ!?」
「なにがっ!?」
「皆さん!! 扉から離れて!! 頭を守ってください!!」
私がそう叫ぶや否や、少しだけ開かれた扉の奥から瞬く光が差し込んできました。
衝撃波と共に吹き飛ぶ扉。
入り口の付近には、壁に全身を打ち付けられて気を失っている見張りが倒れています。
「まさかとは思いましたが、やはりそうでしたか」
部屋に居た他の皆が、痛みに呻く中。
私は1人、入り口に向かって歩く。
「爆破魔法。ということはまさか、プルウェア聖教国の刺客がここに?」
先ほど、見張りの背後に見えた光の明滅は、何度も見て来た爆破魔法のそれでした。
少し離れた場所から、盛大に何かが崩れる音が聞こえてきますね。
どこかで落盤が発生したのでしょう。
まぁ、先ほどの爆破を鑑みれば、当然です。
立て続けに、2度3度と振動が響いてくるあたり、計画的な攻撃と考えて間違いなさそうです。
鉱山に爆破魔法の使い手を送り込むということは、戦争を見据えた妨害工作でしょうか。
「厄介なタイミングで実行に移されましたね。いや、どちらかと言うと、私達の来訪こそが、絶好のタイミングを作り出してしまったと考えた方が良いのかもしれません」
扉の外の様子を伺う限り、大勢で襲撃に来た感じではないようです。
どちらにせよ、これでハナちゃんを探しに行けますね。
急ぐ必要も出て来たみたいですが。
「おい、ベルザーク。おめぇ、なんでそんな落ち着いていられるんだ?」
背後から、疑問を投げかけて来るラフ爺。
「落ち着いてるように見えますか?」
「見えるっスよ。って言うか、衝撃を受けたってのに、痛がってすらなかったじゃないっスか!」
「まぁ、慣れというものですかね」
ようやく痛みから立ち直った盗賊団の面々。
そんな彼らから注がれる好奇の視線に、半ば呆れながらも、私は応えるのです。
「あれくらいのものなら、私の故郷では日常茶飯事なので」
「どんな故郷っスか!」
「えぇ。私達もうんざりなのです。だからこそ、リグレッタ様に導いていただかなければ、ならないのですよ」