第73話 善人だけ
おっきな部屋を出てから、ずっと走ってる赤毛君。
はぁはぁって、疲れてるみたい。
そろそろどっかで休憩すれば良いのにね。
「あ、そっちから足音聞こえるよ」
「っ!? こっちだ!」
慌てて近くにあった木箱の裏に隠れる赤毛君。
ハナも一緒に隠れて、足音が遠ざかってくのを待つんだよ。
これを、さっきから何回も繰り返してる。
「ハナが居なかったら、すぐ捕まってたね」
「う、うるさいな!」
「じゃあ帰ろうかなぁ」
「っ……つ、着いて来てくれよ」
「良いよ。探検、楽しいし」
「楽しいって……まぁ良いか」
ふふふ。
赤毛君も、ハナと一緒に探検したいみたい。
さっきのおっきな部屋の外も、洞窟になってるから。
まだ空を見れてないもんね。
きっと、どこかに窓があるはず。
その窓を、誰にも見つからずに探し出す。
これは、ネリネでもできない程の、大冒険だよっ!
「行くぞっ!」
「うん!」
長い洞窟、誰が掘ったんだろうね。
色んな場所にドアもあるから、住んでる人がいるってことだよ。
良いなぁ。
でも、ハナ達が作ったネリネの方が、もっとすごいよね。
広さは負けるけど。
「そろそろのはずなんだけど」
「この辺になにかあるの?」
「あぁ。この先が採掘場になってるはずなんだ」
『さいくつじょう』って、なんだろ?
この先にあるんだよね。
なんか、カンカンって音が聞こえて来るけど。
誰かが何かをしてるのかな?
どんな場所なんだろ。
もしかしたら、窓があるかもしれないね。
と思ったけど、『さいくつじょう』に窓は無いみたい。
沢山のおいたん達が、道具を使って壁を掘ってるよ。
洞窟を掘ったのは、きっとおいたん達だね。
狭くて暗い中で、みんな頑張ってる。
ここが、赤毛君の目指してた場所なのかな?
「セツ!! セツ! どこにいる!!」
作業をしてるおいたんたちに向かって、赤毛君が声を掛け始めたよ。
セツって、さっき呟いてた名前だね。
この中に、セツさんがいるのかな?
赤毛君の声掛けに、おいたん達が集まって来た。
なんか、ジロジロ見られてる。
「ん。誰かと思えば、フレイじゃないか?」
「お、セツさんいた!?」
「バカ! あんなオッサンがセツなワケ無いだろ!」
別に怒らなくてもいいよね。
ハナはセツさん見たことないもん。
「オッサンとはまた随分な言われようだなぁ」
「うるせぇ! セツはどこに居るんだよ!」
「まぁ落ち着けって」
赤毛君、フレイって名前なのかな?
おいたん達が、フレイ君を見て笑ってるけど。
知り合いみたいだね。
「どうしたフレイ。もしかして、逃げ出したのに捕まって、またここに送り帰されちまったのか?」
「違う! そうじゃねぇよ!」
「ごまかしたって無駄だぜ! ここにいるってことは、そういうコトじゃねぇか」
ゲラゲラ笑うおいたん達。
そんなに面白いこと言ってた?
「それにしてもフレイ。女を同伴させて戻ってくるなんざ、良い身分になったなぁ」
「女っておめぇ、まだガキじゃねぇかよ!」
「そりゃおめぇ、フレイもガキなんだから、当たり前だろ」
「それもそうだな」
むっ。
ハナは子供じゃないもん!!
このおいたん達、嫌い。
さっきから、フレイ君とハナの事を馬鹿にしてるもん!
文句を言おう。
ハナがそう思った時、フレイ君が叫んだ。
「さっきからうるせぇな!! いいから早く、セツの居場所を言えよ!!」
狭い『さいくつじょう』が、一気に静かになった。
それと同時に、おいたんたちの顔が、怖くなってく。
「随分と生意気になって帰って来たじゃねぇか。フレイ」
そう言いながらフレイ君の目の前まで出てきたのは、顔の右半分に大きな傷跡のあるおいたん。
「もしかして、口の利き方ってやつを、身体に叩き込んでやらねぇといけないのか?」
「っ。うるせぇよ。お前らなんかに教えてもらうコトなんて、何一つ無いんだよ!」
「遠慮するなって、俺達は教えてやるのが好きなんだからよ。なぁ、皆」
マズいかも。
なんか、おいたん達の顔が、どんどん怖くなってく……。
「フレイ君。逃げよう」
小声でそう言った瞬間、身構えてたフレイ君が、傷跡の男に蹴り上げられちゃった。
「フレイ君!!」
「威勢が良かった割に、軽いなぁ」
「くっ」
天井に背中を打ち付けられて、そのまま落ちて来るフレイ君。
ハナが慌ててキャッチしなかったら、頭から落ちちゃってたよ。
「おぉ、嬢ちゃん、意外と動けるねぇ」
「酷いよ!! なんでこんなことするの!」
「なんでってそりゃ、教えてやってるんだよ」
痛いっ!!
フレイ君を庇ってたせいで、気づかなかった。
後ろのおいたんが、ハナの尻尾を踏んでる!!
「ちょっと、踏まないで! 痛いよっ!!」
「獣人なら、これくらい耐えれるだろ? 俺達よりも丈夫な身体なんだからな」
ニヤニヤ笑ってるおいたんが、こぶしを握り込んで振り上げた。
叩かれる。
そんなの嫌だよ!
もう怒ったからね。
まずは尻尾を踏んずけてるおいたんの足をひっかいて、逃げ出そう。
そして、取り囲んでるおいたんたちの顔をひっかいて回るんだ!
そしたら、きっと謝ってくれるよね。
ハナだけじゃなくて、フレイ君にも謝らせなくちゃ。
まだ痛そうにしてるもん。
爪を構えて、おいたんの足をひっかくと、狙い通りに尻尾が解放されました。
あとは、周りのおいたんたちに飛び掛かって―――。
「おい、それ以上動くなよ。さもないと、フレイにもっと苦しんでもらうことになるぜ」
「あ……」
「そうだ、物分かりが良いじゃねぇか」
止まっちゃったハナの尻尾を、また別のおいたんが踏んじゃう。
痛い。
それに、怖いよ。
リッタ。
助けて。
大声で叫べば、きっと助けに来てくれる。
そう思って、声を張り上げようとしたその時。
『さいくつじょう』の奥の方から、知らない声が聞こえてきました。
「先ほどから見ていましたが、これはまた随分と胸糞の悪い光景ですね。ですが、そのおかげで決心がついたのです」
「あぁ? てめぇ、誰だよ。って言うか、女!?」
「えぇ。私は女ですが、何か?」
女の人の声。
ちょっとだけ怒ってるように聞こえるその声が、静かに、洞窟の中に響く。
「やはりプルウェア様のお言葉は間違いなかったのです。悪人は、死ぬまで悪人。そうと分かれば、心置きなく裁きを下すことが出来ます」
おいたんたちが騒めき始めたよ。
何が起きてるのかな?
良く分かんないけど、声のする方が明るくなってる気がする。
「お、おい! てめぇ! こんなところで何をするつもりだ!?」
「裁きを下すのです。安心してください。神に導かれて、あなた方は次の命を授かる事でしょう」
「てめ、ふざけんな!!」
おいたんが1人、声に向かって行こうとした時。
どこか遠くから、どぉーんって震動が響いて来た。
まるで、何かが爆発したような音。
そんな音を聞くと同時に、おいたん達が走り出す。
まるで、洞窟から逃げ出そうとするかのように。
取り残されたハナ達は、やっと声の人を見ることが出来たよ。
白い服を身に纏った女の人が、光り輝く杖を手にして立ってる。
フードを被ってるせいで、顔は良く見えないね。
そんな彼女の口元だけが、ハナに笑いかけて来た。
「もう大丈夫ですよ。プルウェア様が守ってくださいます」
そこで言葉を切った彼女は、両手を広げて続けたのです。
「まぁ、救っていただけるのは、私のような善人だけですが。あなた達は、善人ですよね?」