第71話 監視長ファムロス
「寄ってって」
「あ、えっと、見張りさん? あんまり近づかないでね、危ないから」
「そうですよ。それ以上近づくのは、私が許しません」
両拳を胸の前でギュッと握りしめながら、歩み寄ってこようとする彼女に、ベルザークさんが警戒心を見せた。
私が解放者だってことは伝わってるはずだから、変なことはしないと思うけどね。
そんな警戒心が伝わったのかな、彼女はちょっとだけ残念そうに息を吐いてます。
「そう……私、クイト。よろしく」
「このタイミングで自己紹介するの!?」
ぺこりと頭を下げるクイトさん。
淡々とした口調で、すごく不思議な感じがするけど、悪い人じゃなさそうかな?
「……」
黙ったまま、さっき拘束した男に視線を移すクイトさん。
なんか、男の人と私を交互に見て来るんだけど、何か言いたいのかな?
あ、もしかして、拘束してる人をどうするべきか悩んでるとか?
脱走者とか言ってたしね。
「クイトさん。まずはその人を連れてったらどう? 私達は、ここで一晩過ごすつもりだから、さ」
「ん……うん。そうする」
静かにそう返事をしたクイトさんは、根っこで拘束されてる男の人を、穴の中に放り込んじゃった。
そのまま、一緒に穴の中に飛び込んでく彼女。
彼女はモグラなのかな?
すごいスピードで地面の中を進んでくじゃん。
そんなことはさておき、さて、これからどうしよう。
「ベルザークさん。どうしよう。鉱山って、ラフ爺達が逃げ出したって場所のことだよね?」
「まず間違いなくそうでしょう」
「だったら、あんまり鉱山に近づいたら、ラフ爺達が嫌がるよね」
「そうですね。ですが、鉱山側が私達に何かを仕掛けてくることは、基本ありえないと思います」
そうなのかなぁ?
取り敢えず、ラフ爺達にはネリネの中に隠れてるように言っておかなくちゃだね。
一旦、ネリネに上がった私達は、盗賊団の皆と、ハリエットちゃんとホリー君に事情を話しました。
「マズいわね」
「そうだね」
「どうしたの? ハリエットちゃん、ホリー君」
「兄さんのことだから、きっと私達を鉱山で預かるようにとか命令を出してるはずよ」
あぁ、たしかに。
「やっぱり、ちゃんと話してから着いて来るべきだったんじゃない?」
「そんなの、許してもらえるわけがないから、こうして黙って来たのよ!」
「まぁ、こればっかりはハリエットの言う通りかな」
そこまでして着いて来たいのは、どうしてなんだろ?
「そんなことを話してる場合じゃないっスよ! そのクイトとかいう女が、戻ってくるっスよね? なら、今すぐにでも出発した方が良いんじゃないっスか?」
「落ち着け、カッツ。そんなことじゃ逃げ切れないってことは、おめぇも知ってるだろうがよ」
「でもっ!」
「今の俺達は、解放者に預けられてる状態なんだ、それを勝手に捕まえたりはしねぇだろ」
「……それもそうっスね。ふぃ~。また捕まるかと思って、本気で焦ったっスよ」
テラスの手すりに背中を預け、胸を撫で下ろすカッツ。
直後、そんな彼のすぐ横の手すりに、何かが飛んできました。
「ん? なんっスか?」
手すりに引っ掛かってるのは、かぎ爪の付いたロープ。
なんでそんなものが?
って考える間もなく、次から次にかぎ爪が引っ掛けられてくよ!
「いつの間にか、囲まれてる!?」
「真っ黒な例の服。見張りのようですね」
「おいおい、あいつら、ネリネに登ってこようとしてるっスよ?」
「なんだぁ? 穏やかじゃねぇなぁ」
ラフ爺の言う通り、武器を持った見張り達が登って来てるのは、穏やかな光景じゃないよね。
どうしたものか。
見張り達をネリネから遠ざけるのは簡単だけど、怪我させちゃうのもあれだし。
出来れば、話し合いで解決したいんだけど。
ゾロゾロとテラスまで上がって来た見張り達に、皆が囲まれちゃう。
このまま私が一緒に居たら、そのうち誰かに触れちゃいそうだね。
取り敢えず、シルフィードで宙に浮いとこうかな。
なんて考えたら、地面から声が聞こえて来たのです。
「そこの怪しい者達よ! 抵抗せずに降りて来なさい!」
霧のせいで良く見えないけど、声の感じは男の人だね。
一応、話が出来そうな人なのかな?
「ベルザークさん。私が行って話をしてくるから、言われてる通りに、抵抗せずに皆で降りて来てくれる?」
「分かりました」
「リッタ……」
「ハナちゃん。大丈夫だよ。お話をしてくるだけだからね」
ちょっとだけ不安そうな表情のハナちゃんが、傍にいたシーツをギュッと握りしめたのを見て、私はテラスから飛び降りる。
降りると同時に、全身で感じた風を掴んだ私は、そのまま右手にシルフィードを構築して、落下速度を落としました。
便利だね。
そうして、さっき声を張り上げてた男の人の前に着地する。
ん、良く見れば、男の人の隣に、クイトさんがいるじゃん。
「こんにちは」
私を見て愕然としてる様子の男の人に、声を掛けてみた。
でも、反応が無いね。
どうしたんだろう?
隣に立ってるクイトさんに目を向けて見ても、小さく首を傾げるだけだし。
ホントに、どうしたんだろう?
私まで硬直したまま、数秒が立った時。
不意に男の人が、クイトさんの方を振り返って口を開いた。
「おい、クイト。解放者がいるなんて報告、聞いてないぞ!?」
「言ってない」
「なぁんで言わねぇんだよぉ!? 一番大事な部分だろう!!」
「ん。ごめん」
「ま、まぁ。確かに、でっかい建物と知らない人がいたってのは合ってるけどよぉ! 変な誤解しちまっただろ!?」
「監視長、誤解が多い」
「俺のせいだって言いたいのかよ!!」
「うん」
「くきぃぃぃぃーー!! だぁ、はぁ、ふぅ。落ち着け、俺。今更だろ。今はそれどころじゃないんだ。落ち着こう」
な、なんか、大変そうだなぁ。
目の下に深いクマを作ってるこの男の人は、クイトさん達とは違って、普通の服を着てるね。
その代わりに、酷く疲れてるように見えるけど。
短い茶髪の中には、白髪が沢山目立ってるし。
無精ひげも、ずっと手入れされてないみたいだね。
「大丈夫ですか?」
「え? あぁ、はい。大丈夫ですよ。お気になさらないでください」
丁寧に頭を下げて来る監視長は、最後に一つ、大きなため息を吐いた。
「えーっ。私はすぐそこのラズガード鉱山で監視長を務めている、ファムロスという者でございます。失礼ですが、貴女は解放者のリグレッタ様とお見受けしますが。合っていますでしょうか」
「はい。私がリグレッタです」
急に畏まられると、調子が狂うね。
ファムロスさんか。
監視長ってことは、クイトさんより偉い人ってことだよね?
事情を説明して、この場を治めてくれそうな人が出て来てくれたのは、良いことだよね。
すぐにでも、今の状況の説明をしよう。
そう思った私が、口を開こうとしたその時。
ファムロスさんが、手を差し出しながら告げたのです。
「それでしたら、出立時に受け取っているはずの、国王からの通行証をお見せください」
「え?」
「え?」