第70話 鉱山の見張り
辺り一面が、真っ白な霧に覆われてる。
死神の森でも、霧が出ることはあったけど、ここまで深いのは、見たことないね。
足元が見えにくいから、転んだりしないように気を付けなくちゃ。
そう思いながらも、私は数メートル先を歩いてるハリエットちゃん達の会話に耳を傾けたのです。
「なんだか、ちょっと不気味な霧ね」
「勝手に先に行って、迷子にならないでくれよ」
「そんなことするわけないでしょ!? ホリー兄さんこそ、その辺の植物に夢中になって、迷子になったりしないでよね」
「ハリエットじゃあるまいし、そんなことしないさ」
ここが街中だったら、ハリエットちゃんはハナちゃんと一緒に小走りで周囲を見回してるんだろうなぁ。
簡単に想像ができるよ。
そんなことをされたら困るから、慎重になってくれてるのはありがたいけどね。
逆に、ホリー君が植物に夢中になるって言うのは、あんまり想像できないかも?
知らなかった一面ってやつなのかな?
周りを見る限り、珍しい植物があるって感じでもなさそうだから、あんまり気にする必要も無いでしょう。
「だいじょうぶだよ、その時はハナが、迎えに行ってあげるから!」
「あはは。なんか、私たちがお守されてる気分になるわね」
「まぁ、あながち間違ってないかもしれないけど」
取り敢えず、ハナちゃんが2人と一緒に居てくれれば、見失うことはなさそうだね。
「ところで、あれって生き物だったの?」
ふと、川辺に立ったハリエットちゃんが、背後のネリネを指さしながら問いかけてきた。
この場合、ネリネを指さしたというより、ガブちゃん(仮)を指してるみたい。
「生き物じゃないよ。ガブちゃんはゴーレムの一種かな。お腹の中に貯水槽があるから、ああやって川の水を飲んで補給をしてもらってるの」
「なるほど、それで毎日、風呂用の水が準備できてたワケか」
お腹の貯水槽が空になりかけたら、ガブちゃんが自分で水辺を探して、勝手に補給してくれるからね。
かなり便利なのです。
と、ハナちゃんが川辺にうずくまってる。
もしかして、入ろうとか考えてないよね?
「ハナちゃん、川には入らないようにね」
「うん。冷たかった」
触ったんだね。
なら、自分から飛び込んだりはしないだろうし、ちょっと安心だ。
こんな視界の悪い川に入るのは、絶対に危ないから。
もう少し見晴らしのいい場所を見つけて、夏にもう一度、連れてきてあげよう
「それにしても、きれいな川だね。どこから流れて来てるのかな?」
「川に沿って進んでいくと、ヘレズ湖っていう大きな湖があるんだ。きっと、そこからだと思うよ」
「湖か。見てみたいなぁ」
「どうせ近くを通るはずだから、見れるはずだよ」
物知りホリー君。
さすがだね。
広げて見てるのは、このあたりの地図なのかな?
覗き込んでみたいけど、そんなに近づくのは危ないから、諦めておこう。
「な、なぁ。リグレッタ。1つ聞きたいんだけど」
会話も途切れたので、適当に散策してるハリエットちゃんの方に向かおうとした時、ホリー君が尋ねてきました。
「ん。なに?」
「森で暮らしてた時、外にいるボクらに、その、怒りとか覚えなかったの?」
「え? どうして?」
「どうしてって、だって、森の中に閉じ込められてたワケだし……」
閉じ込められてた、のかな?
別に、出て行こうと思えばできたんだよねぇ。
母さんと父さんは、敢えて出て行かなかっただけで。
私も、それでいいと思ってた。
まぁ、今こうして出てるから、説得力なんて無いけどさ。
「少なくとも、怒りをぶつけるために森を出たわけじゃないかな」
「それじゃあどうして」
「ハナちゃんがいるからね」
私は、解放者として生きてくことを決めてる。
でも、ハナちゃんは違うよね。
出来れば、ずっと一緒に暮らしてたいけど。
きっと、そう言うワケにもいかないときが来ちゃうんだ。
嫌だけどねっ!!
一緒に暮らしていける可能性があるなら、全力でその可能性に賭けるけどねっ!!
でも、ハナちゃんの選択肢を減らしちゃうなんてこと、したくないから。
今はただ、一緒に居て楽しいと思ってもらえるように、日々を楽しむしかないのです。
「ボクには、良く分かりません」
「何が?」
「あなたが、怒っていない理由です」
「そう?」
「普通、奪われたら怒りに飲まれるのではないのですか?」
奪われたら。
そっか、ホリー君はペンドルトンさんを傍で見て来てたんだっけ。
だから、彼と私を比較して、おかしいと思ったってコトかな?
そういうコトなら、簡単だね。
「あのねホリー君。私は―――」
そう言いかけた直後、辺りにハナちゃんの声が響く。
「リッタ!! 何かが近づいてくるよ!!」
慌てた様子でハリエットちゃんを引っ張ってくるハナちゃん。
「3人とも、急いでネリネに上がって!! ベルザークさん! 聞こえたら外に来て!! 魔物かも!」
叫び声を風に乗せて、ネリネの方に飛ばす。
そうして微かに聞こえて来た足音に向き直った私は、揺らめく霧を凝視する。
どれくらいの時間が経ったのかな?
ネリネから降りて来たベルザークさんも、既に隣に立って警戒態勢をとってる。
でも正直、そこまで警戒する必要は無かったかもだね。
だって、近づいて来る魂の大きさ的に、人間っぽいんだもん。
しばらく待ってると、揺らめく霧をかき分けるようにして、1人の男が姿を現した。
背後を気にしながら、全力で走る男。
霧から出たことで安堵したのか、少し足を緩めた彼は、すぐに私達に気が付く。
「おわっ!? 見張り!? 嘘だろっ!?」
そう叫んで、踵を返そうとする男。
パッと見ただけでも、ボロボロな服を着てるのが分かるね。
見張りって、どういう意味だろう?
何かから逃げてるみたいだけど。
もしかして、魔物に追われてるとか?
取り敢えず、事情を聴きたいな。
なんて考えた私が、逃げ出そうとしてる彼を拘束しようとしたその時。
男の足元から飛び出して来た無数の根っこが、彼を拘束してしまいました。
「何!?」
「リグレッタさま、地中です」
ベルザークさんに言われて、すぐに地中に意識を集中してみる。
うん。
確かにいるね。
地面の中にいるなんて思ってなかったから、さっきは気づいてなかったけど。
男を拘束した人間が、地中にいるよ。
無理矢理、地面の外に引っ張り出そうか。
なんて考える前に、その人間は自分から地面に出て来てくれるみたいです。
ゴリゴリゴリっていう、あんまり聞き慣れない音と共に、拘束された男の傍らに穴が出来た。
そんな穴から、ヒョコって顔だけ出す人物。
男なのか女なのかも分からない。
真っ黒な目出し帽をかぶった人物が、ジーッと私達を見つめて来る。
「えっと、こ、こんにちは」
取り敢えず、挨拶くらいはした方が良いよね。
「……」
「あの、聞こえてないのかな? こんにちは。私はリグレッタ、解放者のリグレッタです」
「聞こえてる……ます」
大人しい感じの返事が返って来た!
声の感じだと、女の人かもだね。
でも、どうして地面の中に居たのかな?
それに、その男の人を拘束してるのはどうして?
色々と聞きたいことがある。
それは大人しい感じの人も同じだったみたいだね。
のっそりと、穴から這い上がったその人……彼女は、身体に着いた泥を払いながら、口を開いたのです。
「私、ラズガード鉱山の見張り。この男、脱走者。解放者、ここ通るの聞いてる。良ければ、寄ってって」
ごめん、言ってる内容が分かりにくいよ。
それに、見た目の衝撃が強すぎて、何て返事すればいいか分かんないや。
身体のラインが完全に分かっちゃうような真っ黒の服。
森の外には、こんな不思議な服があるんだね。
茫然と彼女を見つめてると、さすがに痺れを切らしたのか、ベルザークさんが声を掛けてきました。
「どうしますか? 寄って行きます?」
出来れば、寄りたくないです。
なんて、即答できればいいんだけどね。
ちょっと躊躇ってしまったのでした。