第7話 道化師の独白
大陸の中央にある、死神の森。
その森の東に位置するブッシュ王国は、騒々しい雰囲気だ。
慌ただしく行き交う兵士達と、彼らを不安そうに見ている住民達。
彼らはきっと、恐れているのでしょう。
なにしろ、長年恐れ続けて来た死神が、何の前触れもなく、動いたのですからね。
4日前の夕方。
唐突に空に打ち上げられた綺麗な花火が、事の発端でした。
死神の森付近から上がったその花火を調査しに行った王国騎士団は、恐るべき結果を持ち帰って来たのです。
森の傍にあった獣人の集落が、壊滅している。
獣人と言えば、人間よりはるかに優れた身体能力を持つ種族だ。
そんな彼らがそこらの魔物に壊滅させられるわけがないでしょう。
考えられるとすれば、邪龍ベルガスクなどの凶悪な魔物の存在ですね。
そしてもう一つ、森に棲むという死神。
「面白くなってきじゃないですかぁ。ね、キミもそう思うでしょう?」
「なにふざけたことを抜かしてんだよ、テメェ! なんでもいいから、さっさと金を出せって言ってんだ!」
薄暗い路地裏の、薄汚い壁に追い詰められている吾輩。
おぉ、なんと痛ましい現場なのでしょう!
きっと彼らは、この混乱に乗じて多くの人々から金銭を巻き上げようという魂胆なのです。
「あさましい。そして醜い行いですよ」
「だから、なにをさっきからぶつくさと言ってやがる! この変態野郎が!」
変態!?
この吾輩が変態ですと!?
それは何たる侮辱なのでしょうか!
ここは1つ、抗議をしなくてはなりませんな。
「こんな善良な一般市民を前に、なぜ変態だと罵れるのでしょう!? 吾輩には微塵も理解ができません!」
「一般市民は顔を真っ白に塗りたくったりしねぇんだよ! それに、珍妙な服も着ねぇ! なんだよその、ポンポンの付いた帽子は!」
とんでもなく失礼な奴らですね。
でも良いでしょう。
吾輩と彼らが分かり合うことは無い。
それが分かっただけでも十分ですね。
ゲラゲラと笑うチンピラたちを、吾輩は強く睨み付ける。
「しかたがありませんね……」
「お? なんだ? やる気か?」
「モチロン。キミたちの顔を全力で覚えているのですよ」
「顔? だっはっは! そんなことして何の意味があるんだよ? あれか? 衛兵にでも告げ口する気か?」
笑うチンピラたちを、吾輩は睨み続ける。
と、次の瞬間、吾輩は拳を握り込む男の姿を目にした直後、顔面に強い痛みを覚えて意識を失ったのです。
そして現在。
吾輩は衛兵の詰め所の牢の中。
「というワケなのですよ、衛兵さん。吾輩は何も悪いことをしておりません。それどころか、被害者なのです! だから、ここから出してください!」
「なるほどなぁ」
「分かって頂けましたか!?」
「どおりで、財布も武器も何もかも奪われてるのに、服だけは奪われなかったワケだな」
「そこじゃなぁぁぁぁい!! 違いますよね!?」
「わかったわかった。今、だしてやるから、ちょっと待ってろピエロ君」
衛兵の態度には納得いきませんが、取り敢えず、吾輩の無実は信じて貰えたようですね。
「ほら、釈放だ。今後は気を付けろよ、ピエロ君」
「分かっていますとも。それと、吾輩の名前はライラックです。ピエロではないので、悪しからず」
へいへいと軽く流されてしまった。
人の自己紹介を軽く流すとは、この街の衛兵は、失礼すぎやしませんか!?
まぁ良いでしょう。
それよりも、吾輩にはやるべきことが出来たのですから。
「死神。まさかまだ生き残りがいたとは、思ってもいませんでしたねぇ」
まだ確定ではありませんが、十中八九、あの花火は死神によるものでしょう。
吾輩は、そう確信しています。
「問題は、どうやれば会いに行けるかですな」
死神の森には、邪龍ベルガスクまでではないものの、凶悪な魔物が住んでいます。
そのような森を、吾輩だけで踏破できるとは思えません。
本来であれば、大勢の冒険者を雇い、入念な計画の基で挑むべき場所。
そんなこと、一般市民である吾輩に出来るわけがありません。
ですが、幸いにも今、国の主導で死神の森の調査が計画されています。
この機を逃すわけにはいきませんね。
「おい、そこのお前! 止まれ! それ以上近づくな!」
「門兵さん! 吾輩を国王陛下の元へ案内していただきたいのですが!!」
「お前は馬鹿か! そんなことができるわけがないだろう! 今すぐに立ち去れ!!」
「ですが!! 吾輩は非常に有用な人材で」
「立ち去れと言っている!!」
「そこをなんとか! あ、旅先で見つけたお土産もあるのです! ここに……あ、盗られたんだった」
「それ以上近づくなと言っている!! ひっ捕らえるぞ!!」
「ひえぇぇぇぇ。すみません。すみません。帰りますから!」
べつに槍を吾輩に突き付ける必要ないでしょうに!!
ですが、仕方がありませんね。
今日の所は諦めることにしましょう。
はてさて、困りましたねぇ。
これからどうしましょうか。
国王陛下に直談判して、調査隊に加えてもらいたかったのですが……。
こうなったら、なんとかして死神の森の調査隊に紛れるしかないですね。
そのためにはまず、情報収集をしておくべきですか。
「たしか、あの酒場には門兵や衛兵が良く来ると聞きましたねぇ」
酒に酔った兵士達からなら、なにか有用な話を聞けるかもしれません。
もう少し暗くなったら、行ってみましょうかねぇ。
そう独白した道化師姿のライラックは、道行く人々の視線をかき分けながら、歩き去って行った。
そしてその数日後、王都に住む庶民の間で、とある噂が飛び交い始める。
あのど派手な姿のピエロが、街から姿を消した、と。
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