第67話 照れ隠し
ハリエットちゃん曰く、観光とはつまり、行ったことない場所とか楽しい場所を訪れる事だそうです。
訪れるだけじゃなくて、色々と見て回って楽しむこともできるんだとか。
つまり、探検するってことだよね。
そう言われたら、私とハナちゃんの目が輝くのは当然だと思うんだけど、違うかな?
ハリエットちゃんに、どんな思惑があるのかは分からないけど、気になっちゃうのは仕方が無いよね。
なんて自分に言い聞かせた私は、ハリエットちゃんに続きを促しました。
「ブッシュ王国からフランメ民国に向かうなら、やっぱり『慟哭の岬』に寄るべきよ」
「『慟哭の岬』? それって、どんな場所なの?」
初めて聞く地名だね。
慟哭って、あんまりいいイメージが出てこないけど。
名前も、その場所に関係してたりするのかな?
そのあたりについても聞いてみようかな。
って考えてた私に、ハリエットちゃんは首を振って見せるのでした。
「それは見てのお楽しみに決まってるでしょ? 観光の楽しみが減っちゃうじゃない」
「えぇ~。気になるなぁ。ホリー君も知ってるの?」
「まぁ、知ってはいるけど……」
「ホリー兄さん?」
「わ、分かってるよ。楽しみが減るって言うのは、理解できるからね」
2人に聞いても、応えてはくれなさそうだね。
言う通り、実際に見るまでの楽しみとして、取っておくことにしましょう。
でもやっぱり気になるなぁ。
どういう感じの場所かだけでも、教えてくれないかなぁ。
なんてことを考えてたら、ふと、ホリー君が口を開いた。
「そもそも、リグレッタは海を見たことあるのかい?」
「海……って、なんだっけ?」
「そう言えば、屋台も知らなかったのよね……」
む。
ハリエットちゃんが呆れてるよ。
なんか、ちょっと悔しいっ!
「ハナも知らないよ」
「だよね~。別に私だけが知らないわけじゃないもんね。で、海って何なの?」
この流れで、慟哭の岬についても聞き出せたりしないかなぁ。
なんて、淡い期待を込めてみる。
そんな私の期待に反応したのは、意外にもホリー君でした。
「海ってのは、世界における陸地以外の場所の総称で、塩分の溶け込んだ海水で満たされてるんだ。それで―――」
「はいはーい! ホリー兄さんの説明じゃ、絶対に理解できないと思いまぁ~す」
「んなっ!」
驚いてるところ悪いんだけど、ごめんねホリー君。
良く分かんなかったです。
「じゃ、じゃあ、ハリエットは上手く説明できるのかよ!」
「そんな難しい話じゃないでしょ? つまり、しょっぱくて巨大な水たまりのことよ」
さすがはハリエットちゃん。
凄く分かり易いよ。
でもちょっと待ってね。
ホリー君が言ってた内容って、ホントに同じ内容だったの?
全然違う話にしか聞こえなかったんだけどなぁ。
一応、ハリエットちゃんの説明を聞いたホリー君が訂正とかしないから、合ってたってことみたい。
「へぇ~。水たまりかぁ。夏だったら、水遊びとかできるかもだね」
「まぁ、出来るだろうけど、溺れないようにね。多分、アンタが考えてる以上に、海は大きくて深いから」
大きくて深い水たまりか。
それじゃあ、いつもネリネを運んでくれてるガブちゃんも、一緒に入れたりするのかな?
さすがに、ネリネが沈むほどじゃないだろうし。
身体を洗ってあげるとかは出来るかもだね。
ん。
ハナちゃんがすごくキラキラした目を向けて来たけど、どうしたんだろ。
「水遊び! 面白そうだね、リッタ!」
「まだ冬だから、水遊びはもう少し温かくなってからにしようね」
「えー。遊びたいのに」
「風邪ひいちゃうよっ。水遊びは、また今度ね」
「んー。分かった」
まだ納得はしてなさそうなハナちゃん。
確かに、水遊び大好きだもんねぇ。
お風呂でもたまに、はしゃいでるし。
走ったら危ないから、分身ちゃんに止められてるもんね。
分身ちゃんとじゃれ合ってるハナちゃん、楽しそうだったなぁ。
笑顔が可愛いのは当然だよね。
あぁ、良いなぁ。
私も、一緒にじゃれ合いたいんだけどな。
「……盛り上がってるところ悪いんだけど、実はアンタにちょっと相談があるの」
「……あ、ごめん」
今、完全に思い出し笑いをしちゃってたね。
うぅ。ちょっと恥ずかしいな。
でも、恥ずかしがるのも、もっと恥ずかしいよね。
そしたら、恥ずかしいの無限ループだよっ!
……なに言ってんだろ、私。
落ち着きましょう。そうしましょう。
「相談って、どんなの?」
私がそう尋ねると、ハリエットちゃんとホリー君は少しの間部屋の中を見渡した。
まるで、誰かが来るのを警戒してるみたいだね。
今いない人と言えば、ベルザークさんかな?
ペンドルトンさんとカルミアさんも、可能性としてはあり得る?
そうして、誰も部屋に入ってこないことを確認した2人のうち、まずはハリエットちゃんが口を開きました。
「フランメ民国に出発するとき、こっそり私たちも連れてってくれない?」
「え? まぁ、別にいいんだけどさ。こっそり?」
「そう、こっそり。私もホリー兄さんも、立場的には用もないのに王都の外に出ることが出来ないから」
「兄さんは僕らが外に出るのを、かなり嫌がってるからね」
はは~ん。
なるほどね。
これが、ハリエットちゃんの思惑だったのかな?
ホリー君の様子からして、2人の思惑だったのかもしれない。
ハリエットちゃんは、前にも城から出たいって言ってたし。
ふふふ。
それってつまり、私のことを頼れるお姉さんだと思ってるんだよね?
まぁ、間違ってないけどねっ!
「私たちなら、慟哭の岬まで道案内できるわよ」
「道案内? ハリエットちゃんたちは、行ったことあるの?」
「まぁね。まだ幼い頃、とう……父上に付き添ったことがあるんだ」
あくまでも、案内のために着いて行こうかと提案してくるんだ。
まぁ、良いけど?
照れ隠しだって分かってるからさ。
まったくもう、可愛いなぁ。
「お姉ちゃんたちも、ネリネに来るの? ハナ、お部屋の準備する?」
「そうだね。まぁ、色々と教えてくれたりしたし。良いんじゃないかな」
「それじゃあ! 私たちも連れてってくれるのね!?」
「うん。2人の頼みだし、断ったりしないよ」
「やったぁ!! ……ご、ごほん。だけど、そんなに浮かれてばっかりは居られないよ。出発したら、ボクらがいなくなったのも、すぐにバレるだろうから。入念な計画を―――」
ホリー君がそこまで言った時。
不意に、ハナちゃんが耳をひくつかせて立ち上がった。
「おいたんが降りて来る!」
直後、黙り込む私たちの耳に、階段を降りる足音が聞こえてきました。
しばらくして、上裸のベルザークさんが休憩所に入ってきます。
「おや、ここにいらっしゃったのですね」
「ちょっとベルザークさん! お客さんの前で上裸はやめてよね!」
「あぁ、これは失礼しました。少し鍛練をしていたもので。すぐに視界から外れますので、お気になさらずに」
そう言った彼は、私達に小さく会釈した後、スタスタと風呂場のほうに去って行く。
「ふぅ……危ない所でした。ハナちゃん。ありがとうございます」
「ううん。だいじょうぶだよ」
「さすがはハナちゃんだね。私、話に夢中で全然気づいてなかったよ」
「そうですね。ボクも気づきませんでした。ハリーは……?」
私たちがホッと胸を撫で下ろしてた時。
ホリー君がハリエットちゃんの異変に気が付きます。
「ハリエット? なんで固まってるんだ?」
「……」
口をギュッと堅く結んだまま、階段の方を凝視しているハリエットちゃん。
彼女はホリー君の言葉に少しだけ目を動かしたかと思うと、ゆっくりと顔を赤面させていく。
「な、なんでも……ありませんわ」
「いや、明らかに顔が赤いけど」
真っ赤っかなハリエットちゃんに、呆れながら告げるホリー君。
直後、顔を両手で覆ったハリエットちゃんが、声を震わせながら叫んだのでした。
「なんでもありませんってのことよ!!」
「……動揺しすぎでしょ」
「ねぇリッタ、お姉ちゃん、どうしたのかな?」
「うん……多分、ベルザークさんのせいだよ。きっとそうだよね」
「ち、ちあいますことよ!! なにを言ってるの、リグレッタ」
噛んでるし、やっぱりそうみたいだね。
あとでちゃんと言っとかなくちゃ。
突然、上裸の人が出て来たら、誰でもびっくりしちゃうよ。
私も最初はびっくりしたもん。
でも大丈夫かな?
私達と一緒に来るってことは、毎日上裸を見ることになるんだけど。
ふふふ。
これは黙っとこうかな。