第66話 彼女の思惑
「それにしても嬢ちゃん。こんなことでホントに万能薬が作れるのかぁ?」
「こんなことって、ラフ爺、マンドラゴラとエントの葉を使ってるっスよ? 普通、そんな材料手に入らないっス」
「でもよぉ。やったことって言えばその2つを混ぜて、ペースト状にしただけじゃねぇか」
「それはまぁ、そうっスけど」
カッツさんの疑問も当然かな。
実際、ペースト状にしただけじゃ万能薬としての効果は得られないし。
父さん曰く、食べれば栄養満点らしいけど。
でも、ちょっと。食べるのはねぇ。
見た目が……汚いから。
私も母さんも、強く拒絶してたのを覚えてます。
「それじゃあ2人とも、最後の仕上げに入るから、作ったペーストを1箇所にまとめてくれる?」
「よっしゃ、こんな感じだな?」
「ベチョッって……なんか、ウンコみたいっスね」
「ちょっとカッツさん! 思っても言わないのっ!!」
これからそのウン……ペーストに、私は触らなくちゃいけないんだからね!?
ホントもう、デリカシーって言うのが無いんだから。
カッツさんのせいで、ちょっと手先が震えちゃってるし。
大丈夫、これはマンドラゴラとエントさんの葉っぱをこね合わせただけのペーストなんだから。
『それ』とは全然違うからっ!
「最後に、このペーストに私の魂をほんのちょっとだけ織り込んであげると……万能薬が完成するんだよ」
「ふむふむ……なるほど、魂をほんのちょっとっスね。って、そんなの、俺達にはできないっスよ!!」
「そうだね。だから、最後の仕上げは私も手伝うから」
私がそう言うと、カッツさんが納得したように頷いた。
「なるほど、そうっスか。だから作り方を教えることに抵抗がなかったっスね」
「まぁ、それもあるかなぁ。でも、このペーストを沢山作るのは大変だから、手伝ってほしかったのはホントだよ」
今まではハナちゃんが手伝ってくれてたワケです。
泥遊びみたいで楽しいって感じだったけど、最近はちょっと飽きて来てたみたいだから、丁度良かった。
あとは、ちゃんと薬が完成してるか確かめるだけだね。
取り敢えず、作業部屋に置いてあったナイフで指先に傷を入れる。
その傷口に出来上がったばかりの万能薬を塗りつけると、すぐに温かくなり始めた。
「うん、良く出来てるみたい」
効果を発揮し終えたペースト状の万能薬は、急激に乾燥しながら、ボロボロと崩れ落ちてく。
傷口も完全に塞がってて、痛みも無いね。
「ど、どうなってるんスか」
「『ひでんのしょ』によれば、マンドラゴラとエントさんの葉の生命力を、魂を通じで送り込んでるみたいだよ」
「たまげたなぁ……これを、俺達が作ったのか」
「そうだね」
「いやラフ爺。殆どリグレッタの力のおかげっスよ。だから、そのちょっと得意げな顔、止めてくれっス」
「おめぇは、もっと胸を張れや。俺達がこねたことは事実じゃねぇか!」
「そうだよカッツさん。もっと胸を張っていきましょう」
「おかしいっスよねっ!? どうして俺が間違ってるみたいな空気になってるっスか?」
カッツさんはちょっと納得してなかったみたいだけど、そんなこんなで、2人は万能薬を作れるようになったのです。
納得はしてなかったみたいだけど、カッツさんは手先が器用みたいで、どんどんペーストを作るのが上手くなっていったね。
それに、人に教えるのも上手だったみたい。
おかげで、さっそく次の日から盗賊団の皆も、ペースト作りに参加してました。
そう言えば、カッツさんとラフ爺以外の盗賊団の皆とは、あんまり話せてないなぁ。
たまに廊下ですれ違ったりするけど、すごくビクビクしてて、私まで緊張しちゃうんだよね。
なんとかして、仲良くなれたらいいなぁ。
ちょっと、ベルザークさんに相談してみようかな。
なんて考えながら日々を過ごしてたら、いつの間にか数日が経ってたよ。
今日はハリエットちゃんとホリー君がネリネの見学に来てるのです。
まぁ、案内自体は、やる気満々のハナちゃんが担当してくれたけどね。
探索を楽しんでもらえてたみたいで良かったよ。
でも、意外だったのはホリー君かな。
彼って、すごく観察力があるんだね。
水はどこに溜めてるのかとか。
排せつ物の処理はどうしてるのかとか。
よくそんなところに注目するよなぁ。
探索を終えて、一緒に買った入浴剤を楽しむためにお風呂に入った私たち。
その後、ソファでくつろいでる時に、なんとなくその話をしたら、こんな答えが返って来たのです。
「あぁ。ホリー兄さまはね、リグレッタに興味津々なのよ」
「ちょ、ハリー!! なにをっ」
「間違ってないでしょ? ホリー兄さま、いつもリグレッタのことを聞きに来るし。昨日だって、手紙とか届いてないか、わざわざ部屋に来たじゃない。そんなに気になるなら、自分達から遊びに行けば? って話になって、ここに来てるんでしょ?」
へぇ。
ホリー君、そんなに私に興味があるんだね。
どうしてだろ?
森の外の人たちは、みんな私のことを怖がってると思ってたから、なんかちょっと驚きだよね。
「ご、ごほん。誤解されては困るので、説明するが。ボクは別に、キミ自身について興味があるワケではないんだ」
「そうなんだ?」
「またまた~。ホントは気になってるでしょ? ね、ハナちゃんもそう思うよね~」
「うん! そう思う!」
ハリエットちゃんとハナちゃんが、一緒になって悪戯っぽい笑みを浮かべてるよ。
この2人、いつの間にかすごく仲良くなった気がする。
ちょっと妬けるけど、いいことだよね。
「か、からかうなよ!! それ以上続けるなら、兄さんにこないだのことバラすからな!」
「ホリー兄さま!? す、すこし落ち着いてください。私は別に、からかってなどいませんことよ。お、おほほほほほ」
「ごまかそうったって、そうはいかないからな!」
ムスッと怒ってるホリー君の様子に、慌ててるハリエットちゃん。
それだけ焦るってことは、よっぽどすごいことをしちゃったのかな?
誰かに助けを求めるように、視線を泳がせてるハリエットちゃん。
真っ先に視線を投げた先に居たハナちゃんが、悪戯っぽい笑みを浮かべてるのを見て、冷汗をかいてるね。
その後、私に助けを求めて来た彼女は、ふと、思いついたように口を開きました。
「そ、そういえば、リグレッタはこれから、どうするつもりなの?」
「ん? そうだねぇ。いつも通り畑の様子を見て、晩御飯を食べて、お風呂に入って……」
「ち、違うわよ。そうじゃなくて。このままここで、ずっと万能薬を作り続けるつもりなのかって聞いてるのよ」
あぁ。そういうコトね。
そうだなぁ。
これから、どうするつもりか。
「あんまり考えてなかったけど、1つ挙げるとするなら、ベルザークさんの故郷である北に向かうくらいかなぁ」
「北……ってことは、フランメ民国ね。それもこの、ネリネで行くの?」
「もちろんだよ」
「そう。それじゃあ、その道中、色々と観光していけば良いんじゃないかしら?」
「観光?」
そう呟いた私を見て、ハリエットちゃんがニヤッと笑った。
あぁ。
なんか分かんないけど、彼女の思惑に引っ掛かったのかもしれないなぁ。