第64話 楽な選択
「そういえば、お茶も出してなかったね。甘めのお茶で良いかな?」
色々と考えるのも、意外と疲れるよね。
そんな時は、甘い物を飲んだらいいと、私は思うのです。
「ハナ、持ってくるよ!」
「ホント? じゃあお願いしちゃおうかな」
「うん! しこうさくごぉ~!」
使い方は合ってないけど、可愛いし、まぁ良いか。
「では私も、お手伝いしてきましょう」
「ありがと、ベルザークさん」
「いえ。これくらい任せてください」
そう言って2人がキッチンを出て行ったところで、ペンドルトンさんが咳払いをする。
「リグレッタ殿の言いたい事は、なんとなく理解できました。ですが、まだ納得できないことがあります」
「納得できないこと?」
静かに頷いた彼は、カッツさんとラフ爺を睨み付ける。
「命を奪う選択が、楽な選択だというのであれば。罪を償わず、盗みを働くこともまた、楽な選択だ」
「それは、そうだね」
軽い気持ちで肯定しちゃったけど、間違いだったかな。
ラフ爺がすんごく怖い目で、私の事を睨んで来たよ。
「楽な選択だと?」
「ラ、ラフ爺……」
慌てて引き留めようとするカッツさんだけど、出来なかったみたい。
押しのけられた反動で、ソファに深くめり込んじゃってる。
「俺達に選択肢があったとでも言うつもりかぁ!!」
「罪を償い続ける選択肢はあったはずだ」
「死ぬまで、一生、あの鉱山で働き続けろと!? ふざけてんじゃねぇ!! それこそ、命を奪うのと変わりねぇだろうが! いいや、それ以上だ、俺達の命を搾り取って、自分達だけ楽をしようとしてるだけじゃねぇか!!」
今にも拳を振り上げてペンドルトンさんに殴り掛かっちゃいそうだ。
これは、一旦止めた方が良さそうだね。
「ちょ、ちょっとラフ爺。落ち着いて」
「……すまねぇな、嬢ちゃん。でもな、こればっかりは譲れねぇ」
「ラフ爺にとって、盗賊団を作ったのが楽な選択じゃなかったってことは、分かったよ。ごめんなさい。それを踏まえて、1つ質問なんだけど」
このままラフ爺に話させたら、もっとヒートアップしそうだし、ちょっと話題を変えてみよう。
純粋に、疑問もあるしね。
「ペンドルトンさんの言ってる罪を償う方法って何? さっきから鉱山とか言ってるけど、何のこと?」
「……通常、大きな罪を犯した者には、罪に応じた賠償金が請求される。が、その金額があまりにも大きい場合は、鉱山で強制労働をすることになっているんだ」
強制労働。
つまり、無理やり働かされてるってことだね。
なんか、例えは悪いかもしれないけど、ゴーレムを思い出しちゃったよ。
で、でも、ゴーレムにもちゃんと休む時間をあげてるからね。
きっと、怒ったりはしてないはず。
してないはず。
今度、確認しておいた方が良いかな?
って、そんなことは後で考えよう。
「賠償金って、つまり、お金だよね?」
「そうっスね」
「お金を払ったら、謝ったことになるの?」
「そういうことだ」
それって、なんか変じゃない?
お金って、何か物を買うのに必要なモノなんでしょ?
それを、謝罪に使うの?
ごめんなさいって、ちゃんと謝るだけじゃ、ダメなのかな?
「ねぇペンドルトンさん、今、お金とか持ってる?」
「金硬貨ならあるが」
「1枚貸してもらえるかな?」
ソファの上に置いてもらった1枚の硬貨を、私は拾い上げる。
表面に、「ごめんなさい」って書いてあるわけでもないよね。
こんなので、ホントに謝ったことになるのかな?
「例えば、このお金を私が無限に増やして、そのお金でラフ爺の賠償金を払ったら、許してくれるの?」
「そんなわけがないだろう。それに、偽の硬化を作る事は重罪にあたる行為だ」
「私なら、本物と同じものをいくらでも作り出せるけど?」
「っ……」
「でもまぁ、許してはくれないのかぁ。ってことは、お金が謝罪を意味してるってワケじゃないんだね」
そこまで確認できたら、もう良いかな。
私は持ってた金硬貨をソファの上に戻した。
ん?
でも、私が代わりに払うことを嫌がったのはどうして?
もしかして、お金さえ払っちゃえば罪を償ったことになるとか?
そうなると、なんかちょっと不平等だよね。
だって、お金を持ってる人は、どれだけ悪いことをしても、許してもらえるってコトじゃん。
「知れば知るほど、良く分かんない物だね、お金って」
私がそんな感想を述べた時、ハナちゃん達がお茶を持って戻って来ました。
おまけみたいに言うと、悪いんだけど、カルミアさんもネリネに来てたみたいだね。
2人の後について、入って来たよ。
そして、ソファでくつろぐ私達を見て、言うのです。
「ど、どういう状況なのでしょうか」
本人に言うと怒っちゃうかもだけど、カルミアさんって、ちょっとだけベルザークさんと似た反応をするときがあるよね。
そんな彼女もソファに座るように促して、みんなで一緒にお茶をすする。
うん。
あったかいお茶が、身体に染み渡るよねぇ。
さっきまで外にいたらしいカルミアさんが、一番染み渡ってそうな顔してるよ。
お、目が合った。
ちょっと照れてるね。
お茶のおかげで、さっきまでの張りつめた空気が和らいだし。
それじゃあそろそろ、お話を進めようかな。
「ねぇペンドルトンさん。1つ、私から提案があるんだけど」
お茶を飲み干した私は、そう切り出しました。
「提案?」
「うん。ラフ爺達の盗賊団を、この家で引き取るよ」
「は?」
「ぬぁにっ!?」
「何言ってるっすか!?」
おぉ。驚いてるね。
ベルザークさんだけが、ヤレヤレって感じで、頭に手を置いてるけど。
あ、ハナちゃんも驚いてるというよりは、ちょっとワクワクしてそうな顔してるや。
でも、別に悪い考えじゃないと思うんだよね。
「ラフ爺とカッツさんは、沢山のお金を稼がなくちゃいけないんでしょ? でも、鉱山で働くのはきついみたいだし。だったら、私のお仕事を手伝ってもらおうかなって」
「リグレッタ殿の仕事?」
「うん。万能薬とか、傷薬とか。これからたくさん必要になるみたいだからさ、なんとかして沢山作ろうって思ってたところなんだよね。そのお手伝い」
「ハナもお手伝いする!」
「うん、ハナちゃんもいつも手伝ってくれるもんね。ありがと」
「うん!」
この提案じゃ納得できないのかな?
なんか、ペンドルトンさんとカルミアさんが、目配せとかしちゃってるよ。
なんて考えてたら、ベルザークさんが立ち上がって口を開いた。
「リグレッタ様。そのようなことをしてしまったら、万能薬の作り方がバレてしまいます」
「ん? うん。そうだね」
「そ、それはリグレッタ様にとって、大きな損失になるかと」
「損失? 別に私は損なんてしないよ?」
「いえ、リグレッタ殿。ベルザーク殿の言っていることはもっともだと思います」
そう言ったのは、カルミアさんだ。
私が誰かに万能薬の作り方を教えたら、どうして損することになるんだろう?
「リグレッタ様。あなた様の持っている叡知は、森の外において莫大な富を築けるほどの価値があります。それを、そのように安売りすることは、いかがなものかと」
あぁ。そういうコトね。
つまり、万能薬の作り方を独占して売り物にすれば、お金を稼げるってことだね。
でも、必要ないかなぁ。
「私以外にも万能薬を作れる人がもっといた方が、良いと思うんだけどなぁ。だってその方が、必要な時に必要な分を準備できるでしょ?」
「それはそうですが」
まだ納得してくれてなさそうだね。
まぁ、別にいいけど。
今日の話を聞いてて思ったけど、もしかしてお金って結構面倒なモノなんじゃないかな?
便利ではあるんだろうけど、不平等だし、怖い側面もあるよね。
あ、これが父さんの言ってた、楽な選択だったりするのかな?
そう考えると、謝罪の代わりになるって言うのも、なんとなく分かった気がするよ。