第62話 思いの灯火
「なにがどうして、こうなったのですか……」
「まぁまぁ、細かいことは良いじゃん。ほら、ベルザークさんもお風呂に入ってきたら? 汗かいたでしょ?」
「ハナも入って良い!?」
「モチロンだよ~」
ウキウキとお風呂場に駆けてくハナちゃんを見送りながら、私は胸をそっと撫でおろしました。
取り敢えず、ベルザークさんに怒られるのは避けられたみたいだね。
我ながら、良い考えだったかも。
盗賊団のアジトから、ベルザークさん達が待ってる下水道の入り口付近に戻るまで。
私は、なんとかしてベルザークさんを納得させる言い訳を考えてたんだよ。
少し前に、勝手にライラックさんを入れちゃったとき、怒られたからねぇ。
また怒られるのは嫌だから、言い訳が必要だったのです。
そんな時にふと、思ったんだよね。
もう、強引に連れてった方が、早いんじゃない?
って。
別に、考えるのが面倒になったわけじゃないんだよ?
勝手に入れなきゃ、良いんだよね?
それに気が付いた後、私はすぐに動きました。
風の道を展開して、ネリネまでの道を作る。
そうして、ペンドルトンさんとラフ爺、カッツさんを強引に押し込んで、私も飛び込んだのです。
もちろん、ベルザークさんに連絡することも忘れずにね。
シルフィードに頼めば、声を風に乗せて届けることが出来るから。
「先にネリネに帰ってるから、ベルザークさん達も早く帰って来てね。あ、それとハナちゃん。入浴剤だけ貰ってくよ~」
そして今、慌てた様子で帰って来たベルザークさんが呟いたのが、さっきの一言なのです。
まぁ確かに。
この光景を見たら、そう言いたくなるのも分かるけどね。
「おぉ……この椅子、すっげぇふかふかッスね」
「身体が沈み込んで立てねぇぞぉ! なんだこれ、面白れぇなぁ」
「少しは静かに出来ないのか」
「うるさいッスね、いちいち突っかかって来ないで欲しいッス」
3人仲良くお風呂に入ったから、少しは打ち解けて来たのかな?
って、そんなわけないか。
まだペンドルトンさんの目は鋭いし。
やっぱり、お風呂に分身ちゃんを連れて行かせたのは、正解だったみたいだね。
ふぅ。
それにしても、入浴剤ってすごくいいね。
香りが良いのもだけど、お肌がいつもよりモチモチしてる気がするよ。
どうやって作ってるのかな?
今度、シャローンさんに聞いてみよう。
お返しは何が良いかな?
薬も売ってるって言ってたし、傷薬と万能薬あたりかな。
「やりたいことがどんどん増えてくなぁ」
それからしばらく、まったりとした私。
ハナちゃんとベルザークさんがお風呂から上がってきたところで、ようやく本題に入るのでした。
「ペンドルトンさんがものすごく怒ってるんだけど、ラフ爺とカッツさんは、何かしたの?」
そう尋ねたら、2人は少しの間、顔を見合わせた。
「俺は少しだけ、心当たりがあるっス。まぁ、納得はしてないっスけどね」
「なんだと?」
「ペンドルトンさん。今はカッツさんの話を聞きたいから、変なことしないでよ?」
「……」
ムッとした表情のまま、固まるペンドルトンさん。
彼の視線の先には、分身ちゃんがいるみたい。
なんか、お風呂に入る前よりも警戒してるみたいだけど、風呂場で何かあったのかな?
まぁ、都合が良いし、放っておこう。
「俺達は、東の領地で、クソみたいな領主に、搾取されてたっス」
そう語り出したカッツさんの話を簡単にまとめると、こういうコトなんだって。
偉い人が、作った作物を殆ど奪っていくから、生活が苦しかった。
そのくせ、偉い人は不自由なく生活をしている。
それに怒ったカッツさん達は、領主さんを襲って、殺しちゃった。
その時に、ペンドルトンさんのお母さんも巻き込まれて、死んじゃったと。
なるほどだね。
それで、ペンドルトンさんも怒ってるのかぁ。
気のせいかもしれないけど、話を聞いてる間、ベルザークさんがどんどん不機嫌になってった。
どうしたのかな?
もしかして、私が強引に3人を入れたことに気づいて、怒り始めたとか?
違うよね?
それはさておき、話を聞いて、もっと分からなくなっちゃったことがある。
「ペンドルトンさんがカッツさんに怒ってるのは、まぁ、分かったかな。でも、ラフ爺は関係ないんでしょ? どうして殺そうとしてたの?」
今の話に、ラフ爺は出て来てないよね。
それなのに、ペンドルトンさんは彼を殺そうとしてた。
私が止めたから良かったけど、何もしなかったら、確実に命を落としてたはず。
そんな私の問いかけに、彼は応える。
「罪を償わないものには、生きる資格などない」
ん~。
ここが良く分からないんだよねぇ。
罪って、なんのことを言ってるのかな?
悪いことをするってこと?
その悪いことって、誰が決めてるのかな?
さっきの話だと、カッツさん達が殺しちゃった偉い人も、悪いことをしてたと思うけどなぁ。
ペンドルトンさんのお母さんが悪いことをしてたかどうかは、知らないけどさ。
なんて考えてると、ずっと話を聞いてたベルザークさんが、口を開いた。
「失礼を承知で言わせていただきますが、罪を犯さずに生きている者など、この世の中に居るのでしょうか」
「……貴様。私の母上が悪人だったとでも言うつもりか!」
「私にとってはそうではありませんが、一部の人間から見れば、変わりが無かったのだろうと考えています」
淡々と告げるベルザークさんに、ペンドルトンさんが詰め寄ろうとする。
すぐに分身ちゃんとシーツが取り押さえてくれたから良かったけど。
はぁ……。
ベルザークさんったら、すぐに喧嘩腰になる癖、まだ治ってないのかな?
でも、彼の言ってること自体には、すこし共感するところがあるけどね。
難しいなぁ。
考え出したら、どっちが悪いとか、そんなこと言える話じゃない気がしてきたよ。
もっとじっくりと考えて、それでも答なんて出ない、そんな話だよね?
なのに、ペンドルトンさんったら、罪を償わない者は生きる権利が無いって言って、すぐに……。
ん?
あぁ。そうか。
なんか、ペンドルトンさんと考え方が合わないなぁと思ってたけど、理由が分かったよ。
「ペンドルトンさん。もしかして、選ぶことが怖くなってたりしない?」
「? それはどういう意味だ」
「昔、父さんに言われたんだ。失敗を怖がり始めたら、何も選べなくなるか、何かをひたすらに選び続けるようになるから、注意しろって」
いつの事だったかな?
父さんから聞いた話だと、まさに母さんがその状態になってたんだって。
そんな母さんを救ったのが、父さんだったって、惚気てたなぁ。
懐かしい。
とても、大事な思い出です。
「リグレッタ様。その話、詳しく!」
「ハナも聞きたい!」
「俺もちょっと興味があるっスね」
「嬢ちゃんの父ちゃんと母ちゃんの話しかぁ。面白そうじゃねぇか」
みんなして、昔話をせがんでくるじゃん。
まぁ、たまには良いかな。
そう言えば、こういう時に使える術があったっけ?
使いどころが分かんなくて、試したことなかったけど、やってみようかな。
シーツに頼んで、『ひでんのしょ』を持ってきてもらった私は、目当てのページを見つける。
3冊目の2ページに書かれた術。
思いの灯火。
ウィルオウィスプを応用して作り出した魂の灯火が、記憶を映し出してくれるんだよね。
ゆらゆらとした輝きが、膨大な記憶の中から、見たいものを誘う。
ハナちゃんが感嘆の声を漏らしたその時、ジワジワと、部屋の中に映像が広がり始めたのでした。