第59話 消えない跡
「ラフ爺!? 待って! まだ怪我が」
そんな私の制止を完全に無視して、ラフ爺が走って行っちゃう。
あんな怪我のまま走ったら、絶対に痛いはずなのに。
動けないように、簡単な拘束をしておくべきだったかな。
反省するよりもまずは、引き留めないとだよね。
そう思った私だったけど、逆に私が、引き留められちゃったのです。
「リグレッタ様!! 待って下さい!」
「ベルザークさん? なに? いまは話してる場合じゃないんだけど」
一気に加速しようとするハナちゃん号の前に飛び出して来たベルザークさん。
咄嗟にハナちゃん号を止めたから良かったけど、もう少しで、衝突するところだったよ。
ビックリしたせいで、心臓がバクバク言ってる。
落ち着くまで、もう少しかかりそうだね。
「あの老人は知り合いですか?」
「ラフ爺のこと? そうだよ」
「いつ、どこで、知り合ったのでしょうか?」
「昨日の夜だよ。それがどうかした?」
「なるほど、それで臭いが残ってたのですね」
「そ、それは今関係ないよねっ!?」
わざわざ引き留めてまで、それを聞きたかったの!?
ちょっと、それは怒っちゃうんだけど。
でも、そういうわけじゃなさそうだね。
珍しく、真面目な顔をしてるし。
「関係あります。リグレッタ様。これ以上、彼らに関わるのはやめた方が良いと思います」
どうして?
私がそう尋ねる前に、ホリー君が割って入って来ました。
「リグレッタ様。申し訳ないけど、ボクもベルザーク様に賛成するよ。さっきのは確かに可哀そうだけど、ここで助けたら、後で絶対に苦しくなる」
ホリー君はベルザークさんの意見に賛成みたいだね。
後で苦しくなるっていうのは、ちょっと意味が分からないけど。
でも、このままラフ爺のことを放っておいていいのかな?
さっきのラフ爺、本気でペンドルトンさんを止めようとしてた。
昨日会ったばかりで、全然知らない私が言うのも変なんだけどさ。
盗賊団の仲間が大切だから。
そんな理由だけじゃ説明できないくらい、本気だったように見えるのは、私だけ?
ベルザークさん達が、私のことを心配してくれてるのも、分かるしなぁ。
どうしようかなぁ。
なんて考えてる私を、ハナちゃんがジーッと見上げて来てるよ。
何か、言いたい事でもあるのかな?
あるのなら、聞いてみたいな。
試しに、首を傾げて言葉を促してみたら、ハナちゃんがポツリと言ったのです。
「リッタ。ハナも手伝うから、助けてあげて」
すると、慌てた様子のベルザークさんがハナちゃんに駆け寄りながら私に提言してくる。
「ダメですよ、リグレッタ様。ハナちゃんも、リグレッタ様が大変な目に合ったら、困るでしょう?」
まるで、説得するように、ハナちゃんの目線に合わせて告げたベルザークさんは、続く彼女の言葉を聞いて、絶句してしまったようです。
「……でも、リッタはハナのこと、助けてくれたよ?」
「っ!?」
「おいたんのことも、助けたよ?」
「ハナちゃん」
「リッタはね、すごいから。何でもできるから。助けてくれるの。だからね、ハナも、何かお手伝いしたいんだ」
あぁ~。
ハナちゃんのためだったら、何でもするよ私。
でもね、私は何でもできるわけじゃないんだよ?
たしかに、術のおかげで出来ることは結構多いけど。
ハナちゃんのためなら、何でもできる気がしてるけども。
当たり前な話で、私にだって、出来ないことはあるのです。
そうだよ。
だから、出来るのにやらなくて、後悔したりしないように。
やっぱり私は、助けに行かなくちゃダメなんだ。
ううん。
助けに行きたいんだ。
そうやって、私が一人で納得してたら、ハリエットちゃんが言ったのです。
「この場の誰よりも、この子が一番肝が据わってるのかもね」
「ハリエットちゃん?」
ハナちゃんの隣に立って、彼女のフワフワな頭をそっと撫でるハリエットちゃん。
途端に、ハナちゃんが気持ちよさそうに目を細めたよ。
可愛い。
けど、羨ましい。それに、ズルい!
って、そんなこと言ってる場合じゃないか。
「リグレッタ。この子は私が責任を持って見ておくから、あなたの好きなように動きなさい」
「ハリエット、何を勝手なことを」
「ホリー兄さん、たまにはカッコつけた方が良いと思うわよ」
彼女の言葉に、ギュッと口を噤んだホリー君。
ちょっと悔しそうだね。
でも、今はハリエットちゃんに感謝だ。
「ハナちゃん。いつもありがとね。それとベルザークさんとホリー君も。心配してくれるのは嬉しいから、ありがと。じゃあ、ハリエットちゃん。ハナちゃんの事、お願いするね」
「うん。まかされたわ」
簡単にお礼を告げてから、私はハナちゃん号を発進させました。
急がないと、ラフ爺達は随分と先に進んじゃってるみたいだしね。
魂の位置を確認しながら進んでく。
目的地は、昨日の夜と同じ盗賊団のアジトみたいだね。
道は覚えてるから、思いっきり速度を出しちゃおう。
そうすれば、ほら。あっという間に到着っと。
流れ落ちる汚水の滝に辿り着いた私は、急いで滝の裏に向かう。
そこで、昨日と違った光景を目の当たりにしました。
「あらら、ばっさり切られちゃってるね」
滝の裏の洞窟を隠すように生えてたシダが、全部取り除かれちゃってる。
これじゃあもう、隠れることはできないだろうなぁ。
そんな洞窟を一気に抜けた私は、その先で、更に酷い光景を目にしました。
「そんな……」
盗賊団のアジトが、滅茶苦茶に荒らされちゃってる。
そんなアジトの一番奥では、騎士達がカッツたちを取り囲んでて。
その少し手前で、ラフ爺とペンドルトンさんが、武器を構えながら睨み合っているのです。
睨み合ってるっていっても、手足から大量の血を流してるラフ爺と、無傷のペンドルトンさんじゃ、互角とは言えないよね。
「ペンドルトンさん! 待って下さい!」
私のその叫び声が、洞窟に響き渡った瞬間。
まるで、隙を突くように、ラフ爺がペンドルトンさんに飛び掛かった。
でも、そんなラフ爺の動きを予想してたように、ペンドルトンさんは槍を突き出す。
「だぁ!! がふっ」
「ラフ爺!!」
「くだらんマネを」
ツルハシを落とし、右の腹を押さえて倒れ込むラフ爺。
血が溢れ出て来てるけど、今ならまだ、傷薬で治せるはずだよ。
さっき使えなかった傷薬で、今度こそけがを治してあげよう。
そして、ラフ爺とペンドルトンさん、2人を簡単に拘束して、お話に持ち込むんだ。
なんて考えてた私の耳に、カッツさんの声が届く。
「おまえっ!! よくもラフ爺をっ!!」
「カッツさん! ダメだよ!!」
今、私が持ってる傷薬は1つだけ。
もし、カッツさんまで大けがをしちゃったら、助けられないかもしれないっ!
すぐにカッツさんを拘束しなくちゃ!
そう思った時には、既に遅かったのです。
「あがっ!! くそっ!! 放せ!!」
カッツさんの首根っこを掴み上げたペンドルトンさんは、私に見せるように、槍の切っ先をカッツさんの腹に当てがう。
まるで、私の狙いを理解しているみたいだよ。
動くに動けない状況。
すぐに他の手を考え始めた私に、ペンドルトンさんが声を掛けてくる。
「リグレッタ殿。なぜそうまでして、罪人を庇うのですか?」
「やりすぎだと思うからだよっ! 盗みが悪いことだってのは、分かってる。それに、ちゃんと謝った方が良いこともわかる。でも、ここまでする必要あるの?」
「必要があるから、やっているのですよ」
そう言ったペンドルトンさんは、冷たい視線をカッツさんに向けた。
「良いですか、リグレッタ殿。現在というものは、過去の積み重ねなのです」
「……何が言いたいのかな?」
「簡単な話ですよ。この者達が、今こうして、惨めな生活をしているのには、相応の過去があるからなのです」
そう告げたペンドルトンさんは、もがき苦しむカッツの頭に手を伸ばすと、その赤いバンダナを勢いよくはぎ取った。
「っ! や、やめ……」
微かな声を漏らすカッツ。
そんな彼の頭には、大きな火傷の跡が、あったのです。