第58話 それはやりすぎだよ
ざわつく人々をかき分けるようにして、騎士達が街の中を走って行く。
やっぱり、何かあったみたいだね。
少し先の方の魂を見てみると、結構な数の人が集まってるみたいだし。
正直、すごく気になるけど、人が集まってる所に行くのは危ないかな?
今はハナちゃんもいるしね。
そうして、私が外の様子を見ている間に、ハリエットちゃん達がお金を払ってくれたみたい。
入浴剤と香水を、ハナちゃんが大事そうに抱えてる。
「あんなに沢山の騎士が向かうなんて、なにかあったのかしら?」
「兄さんじゃないかな? 最近、盗みの被害も増えてたしね。戦争前ってこともあって、取り締まりを強化したんでしょ」
「盗み……あっちには何があるの?」
「あっちはたしか、貧民街だったはずよ」
「そうだね。言っちゃ悪いけど、ボクはあんまり近づきたくないかな。下水道の入り口が近くて、服に臭いが染み付くからね」
眼鏡をかけ直しながら言うホリー君。
って、そんなことを気にしてる場合じゃないよね!
「ちょ、リグレッタ!? どこに行くの!?」
「リグレッタ様!? お待ちください!!」
「ごめん! ちょっと様子を見て来るから、ハナちゃんの事お願いね、ベルザークさん!!」
下水道って、盗賊団の家があった場所だよね?
ホリー君も、臭いについて言ってたし。
ってことは、ラフ爺やカッツたちが捕まっちゃったってことかも。
心配だ。
ペンドルトンさんにちゃんと謝って、仲直りが出来てればいいんだけど。
もし、喧嘩になっちゃってたりしたら、誰かが止めてあげなくちゃだよね。
ざわつく人だかりの頭上を飛び越えて、私は騎士達が集まってる場所に向かう。
集まってる騎士達の中には、赤い髪の少年がいるみたい。
捕まったのは、彼みたいだね。
また何かを盗もうとしたのかな?
もしそうなら、捕まっちゃってるのは仕方が無い気がするけど。
ちゃんと謝って、許してもらおうよ。
そしたら私が、食べ物の作り方とか採り方とか、教えてあげるのに。
なんて考えながら、少年の元に飛び出ようとした私は、直後、下水道の入り口から響いて来た怒号を聞いて、思わず動きを止めてしまいました。
「うらぁぁぁぁぁ!!」
「この! 暴れるな!!」
「うるせぇ!! 邪魔するなぁ!」
制止しようとする騎士達を、巨大なツルハシで蹴散らすラフ爺。
ラフ爺の後ろから、棒きれとかを持ったカッツたちも出て来てる。
皆で、少年を助けに来たみたいだね。
あっという間に赤髪の少年の元に辿り着いたラフ爺は、そのまま少年の腕を引きながら下水道に引き返して行く。
やっぱり、ラフ爺達は謝るつもりがないみたいだね。
どうしてなのかな?
このままじゃ、ペンドルトンさんが本気で怒っちゃうよ。
私がそう思った時、周囲で様子を見ていた街の人々《ひとびと》が、一斉に道を開け始めた。
その道を通って姿を現したのは、噂のペンドルトンさん。
あぁ……すっごく怖い顔をしてるよ。
「その少年を引き渡してもらおうか、ご老人」
「うっせぇ!! 誰がテメェらなんぞに引き渡すかってんだ」
「その少年は罪人だ。罪人は裁かれなければならない。引き渡さないというのならば、お仲間を全員捕らえることになるのだが、それでも良いのか?」
「バカにしやがって、どうせテメェら、こいつを引き渡しても全員しょっ引くつもりだろうが!!」
威圧するペンドルトンさんを前にしても、ラフ爺は全然退かないんだね。
それどころか、他の皆を下水道に逃がしながら、自分は入り口に留まり続けてる。
きっと、皆を守りたいのかな?
少なくとも、ペンドルトンさんに謝るなんてつもりは、全然なさそうだね。
「どうしようかなぁ……今私が入っていったら、逆に危なくなったりしないかなぁ」
騒動のせいで、周りに沢山の人がいるからね。
もし、乱闘が始まって、誰かが私に触れちゃうようなことがあったら、ダメだもんね。
ホントはもっと、穏やかにお話が出来れば良いんだけどなぁ。
そんな考えなんて、誰にも届かないものなのです。
ツルハシを構えたラフ爺に反応するように、ペンドルトンさんが勢いよく動きました。
走りながら長くて重そうな槍を、構えるペンドルトンさん。
迎え撃とうとするラフ爺。
直後、槍の一閃とともに、大きなツルハシが空高くに打ち上げられました。
正直、なにが起きたのか見えなかったよ。
分かったことと言えば、遅れたように金属の弾ける音が聞こえてきたこと。
そして、下水道の入り口の壁にツルハシが突き刺さったこと。
「ぐぅ……」
「……」
その場に崩れ落ちるラフ爺に、ペンドルトンさんは冷たい視線を投げてる。
「捕らえろ」
ペンドルトンさんのその言葉で、周囲にいた騎士達が一気にラフ爺を取り囲み始めた。
それでも、ラフ爺は諦められなかったみたい。
「い、行かせんぞぉ!!」
「っ……」
騎士達に掴まれながらも、ペンドルトンさんにしがみ付くラフ爺。
そんあラフ爺を見て、大きなため息を吐いたペンドルトンさんは、手にしてた槍を大きく振り上げて……。
「ちょっと!! ペンドルトンさん!!」
慌てて叫んだ私は、手袋を投げつけながら2人の元に飛びました。
でも、ちょっと遅かったみたい。
槍の切っ先がラフ爺の右肩に突き刺さり、赤い血が流れ出て来てるよぅ。
い、痛そう……。
投げつけた手袋が、槍を掴んでくれてるから、重傷にはなってないみたいだね。
「ペンドルトンさん! それはやりすぎだと思うよ!!」
「リグレッタ様……」
「嬢ちゃん!?」
驚くラフ爺、それに対して、ペンドルトンさんは驚いたりはしてないみたいだね。
彼は冷静に私を見た後、フッと視線を私の後ろに移してから、口を開きました。
「ハリエットに、ホルバートンまで。こんなところで何をしている?」
その言葉に、慌てて後ろを振り返ると、ハナちゃん達が駆け寄って来てるところでした。
着いて来ちゃったのかぁ。
ってことは、何があっても巻き込まないように注意しなくちゃだ。
「ちょっと買い物に来てるだけだよ。それより兄さん。この騒ぎは?」
「見ての通り、罪人を取り締まっているだけだ」
「そっか。それなら、ボクらが邪魔するのは悪いね。ほら、ハリエットにリグレッタ様、戻りましょう」
「ふんっ」
すぐにこの場を離れようとするホリー君と、ちょっと機嫌悪そうに鼻を鳴らすハリエットちゃん。
ホリー君には悪いけど、私はこの場を離れるつもりは無いんだよね。
なんか、このままラフ爺を置いて離れたら、すごく後悔しそうだから。
私が動くつもりが無いと分かったのかな、ホリー君が少しだけ不思議そうな顔でこっちを見上げて来てるよ。
ハリエットちゃんは、腕組みをしたままペンドルトンさんを睨んでるし。
あぁ、気まずい。
誰か、なんとかしてよ~。
なんか、森の外に出てから、同じような気まずい空気を良く味わうようになったよね。
どうしてこうなるのかなぁ。
しばらく続いた沈黙の後、何事も無かったかのように動き出したペンドルトンさん。
ラフ爺を捕えておくように、数人の騎士に命令を出した彼は、そのまま残りの騎士を連れて下水道の中に入って行っちゃいました。
「だぁぁぁぁ。緊張したぁ」
「……だったら、すぐにこの場を離脱すればよかったのに」
「情けないわね! ホリー兄さんは、すぐにそうやって逃げ出そうとするわよね」
「戦略的な撤退は、賢い選択だと思うんだけどな」
安堵したのか、そんな言葉を交わすハリエットちゃん達を横目で見ながら、私はポケットに入れておいた傷薬を取り出して、手袋に渡した。
取り敢えず、これを使えばラフ爺の傷を治せるはずだよね。
私が近くに寄ったからかな、騎士達はラフ爺を捕まえようとはしないね。
丁度いいから、彼に何があったのか聞いてみよう。
そう思って、私がラフ爺の傍に降りようとしたその時。
肩から血を流すラフ爺が勢いよく立ち上がり、下水道に向けて走り出したのでした。