第55話 怪しい風
「自由気ままに生きる、かぁ。楽しそうで良いねぇ」
「カッカッカッ! だろぉ!? 話の分かる嬢ちゃんじゃねぇかぁ!」
豪快に笑うラフ爺。
釣られて笑いそうになった私は、カッツの言葉を聞いて、笑いが引っこんでいくのを感じました。
「いや、多分、何も理解してないだけっスよ。知らないことだらけとか言ってたし」
「カッツさんは、まだまだだねぇ。ね、ラフ爺」
「その通りだぜ」
「なんでそっちの味方になってるんスかっ!?」
ラフ爺とは仲良くなれそうだよ。
対してカッツとは、もう少しかかるかもしれないね。
「で、ラフ爺。盗賊団って、何をしてるの? 赤毛の子が起こした騒ぎと、関係があるの?」
「やっぱり、何も分かって無いっスよ」
「何をしてるって、そりゃおめぇ、盗みに決まってるだろ?」
「盗み?」
「人の物を勝手に持っていくってことっス。今回はパンを盗ったらしいっスね……ったく、なんでこんなことを説明しなくちゃいけないんスか?」
「あぁ。ハリエットちゃんも言ってたね。つまり、お金を払わなかったってコトでしょ?」
「その通りっス」
なんだかんだ言って、カッツは説明をしてくれるんだよねぇ。
優しいけど、疑い深いって感じなのかも?
だったら、もう少し聞いても良いかな。
「どうしてお金を払わなかったの? ちゃんと払えば、追いかけられることも無かったってことだよね?」
「払わなかったんじゃないっスよ。払えるだけの金を、持ってないんス」
「お金を持ってない? そう言えば、私も持ってないね。お金ってどうやったら貰えるんだろ?」
「解放者なのに、金を持ってないんスか!?」
「解放者なのにって、どういう意味なの? って言うか、私、お金を見たことも無いんだけど」
「そ、そっスか。たしかに、森の中に住んでたんなら、必要ないっスね」
「そういうこと」
そんな私とカッツの会話を聞いてたラフ爺が、大きく頷きながら口を開いた。
「そうか。嬢ちゃんも、すかんぴんだったんだなぁ」
「すかんぴん?」
「金を持ってないって意味っス」
なるほどね。だったら確かに、私は、すかんぴんだ。
「でもなぁ。人間、金なんか持ってなくても、自由に生きていけるんだぜ?」
「そうだね。私も自由に生きれてると思うよ」
そう言う私を見て、やっぱりラフ爺は大きく頷いてる。
何でそんなに嬉しそうなんだろ。
「金を欲する人間は、気づかねぇ内に囚われるようになるのさ」
「囚われる?」
「あぁ。俺らはなぁ。自分たちが囚われてることに気づいて、生き方を改めるために、盗賊団になったんだぜ」
生き方を改めるために?
それって、どういうコトなんだろ。
きっと、何か事情があるんだろうなぁ。
「最初は大変だったっスけどね。何もない所から、家を作らなくちゃだったし。盗みに失敗して、捕まる奴も大勢見てきたっス」
「そっか。でも、今はこうして、自分たちの住む場所を、作れたんだね」
最初は、どうしてこんなところに住んでるんだろうって思ってたけど、ラフ爺達なりに、色々考えた結果だったってコトかな?
そう考えたら、意外と私と同じなのかもしれないね。
同じなのかも……ううん。同じじゃないか。
確かに、私はお金を持ってないし、家も作ったけど。
きっと、ラフ爺達と色んな所が違うよね。
「うん。色々と聞けて面白かったよ。それじゃあ私は、この辺で家に帰るね」
「ホントに、話を聞きに来ただけなんスね」
「そうだよ。朝までに戻らないと、ハナちゃん達に心配かけちゃうからね」
「嬢ちゃんにも、帰る場所があるみてぇだな」
「うん。あ、それと、ペンドルトンさんがすっごく怒ってたから、ちゃんと謝りに行った方が良いと思うな」
「カッカッカッ。そいつは笑える冗談だぜ」
「冗談じゃないんだけどなぁ」
豪快に笑うラフ爺は、私の呟きなんか聞いてないみたいだね。
そのまま盗賊団の皆に別れを告げた私は、来た道を引き返しました。
水路から街の上空まで、来た時と同じように風の道に乗って。
うん。
やっぱり外の空気の方が気持ちいいね。
取り敢えず、ネリネに戻って、お風呂に入ろう。
シルフィードに掴まって、夜の空を滑空してると、眼下に明かりが見えました。
街の中を、騎士達が走り回ってるみたいだね。
何かあったのかな?
騎士達を少し気にしながら飛んでると、見知った人の姿が目に入る。
当然、降りて事情を聴くしかないよね。
「リグレッタ殿!? このような時間に、このような場所で、何をされているのでしょうか?」
「こんばんは、カルミアさん。カルミアさんこそ、こんなところで何をしてるの?」
「それが、昼間の騒ぎを起こした盗人を探すために、街の見回りをしていたところ、怪しげな風を見たと、部下たちが言うもので……」
「怪しげな風……へぇ。そうなんだぁ」
あ、あれ?
それって、私なんじゃ?
でも、それは私なんだよって教えちゃったら、怒られるかな?
きっと、カルミアさんは許してくれそうだけど、ペンドルトンさんにはすごく怒られそうだよね。
「……もしや、リグレッタ殿。何か心当たりがあったり」
「し、知らないよ。うん。私はちょっと眠れなかったから、散歩をしようかなと思ってさ。もう帰るところだから、ごめんね」
「そうですか。お気をつけて」
あんまり長く話してたら、ポロッとしゃべっちゃいそうだよ。
それに、お昼の盗人を探してたって言ってた。
それってきっと、あの赤毛の子のことだよね。
もし、カルミアさん達に捕まったら、どうなるんだろ。
多少、手荒なことをしなくちゃいけないって、言ってたし。
うん。
やっぱり、黙っていよう。
そう考えて、私はその場を後にしたのでした。
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そんなリグレッタの姿を見送るカルミアは、堪えていた息を、ドッと吐き出した。
直後、近くで同じように息を吐きだした騎士が、眉をひそめながら声を掛けてくる。
「カルミア隊長。あの……」
「なんですか?」
「今の、解放者。やけに臭いが……」
「分かっている」
リグレッタから漂って来たあの臭い。
理由はさておき、その臭いだけでどこに行っていたのかは明白だ。
「何が楽しくて、そんな場所で散歩をしていたのですか?」
聞こえるワケのない問いかけを、私は夜空に投げかける。
さて、私は一体、どうすれば良いのでしょう。