第52話 風の道
「冷たっ!!」
フカフカのベッドで心地よく寝てた私は、首筋に走る鋭い感触で、目を醒ましました。
天井付近を、1本のスプーンが楽しそうに舞い踊ってるよ。
確かに、皆が寝静まったら起こしてねってお願いしてたけど、起こし方が意地悪じゃないかな。
「ふぁ~。まぁいいや。ばっちり目も醒めたことだしね」
今回ばかりは、お咎め無しにしてあげよう。
でも、ちゃんとスポンジに洗ってもらうんだよ。
そんな私の意図を理解するように、スプーンはキッチンの方に向かって飛び去って行きます。
そろそろ私も、出かける準備をしなくちゃだね。
「コートとマフラーと手袋と、ニット帽も被っておこうかな。あ、それと、腹巻もしておいた方が良いかもだね。きっと、外は寒いからなぁ~」
おまけに靴下も二重に履きながら、私は意識を王都アゲルに向ける。
解放者として生きて来た私は、集中すれば、生き物の魂を遠くから感じることができるのです。
ボンヤリとした靄みたいなものが、見えるって感じだね。
それ自体は、前から知ってたことだけど、最近、新しく気付いたことがあるんだよね。
それは、私自身の魂を、他の魂と明確に見分けることができること。
森に居た時は、そんなことなかったんだけどなぁ。
もしかして私、成長しちゃってる!?
「これもハナちゃんに教えたら、褒めてくれるかなぁ~。って、ダメダメ。今はそんなことを考えてる場合じゃないんだよ」
調子に乗っちゃうと、すぐに失敗しちゃうからね。
それよりも今は、王都アゲルに見える真っ白な私の魂を、追いかけなくちゃ。
静かにドアを開けて、廊下に出る。
うん。
2人ともちゃんと眠ってるみたいだね。
このまま、バレないように街に向かいましょう。
ホントは、カルミアさんと一緒に行こうと思ってたけど。
今日のペンドルトンさんの様子を見たら、ひとりで行くべきだと思いました。
「ベルザークさん、ハナちゃんの事、頼んだからねっ!」
小声で、勝手に約束を取り交わした私は、そのままテラスに出た。
ハナちゃん号に乗って行きたいところだけど、速度があんまり出ないから、バレちゃうかな。
「やっぱり、シルフィードを作るのが良さそうだね」
丁度、今夜は冷たい風が吹いてるし。都合が良さそうです。
こうして2日連続でシルフィードを作ることになるとは思ってなかったけど、まぁ、練習にはもってこいだ。
右手に集めた風でシルフィードを作る。
そのままテラスから飛び立った私は、まず街の上空に向かった。
そこからなら、リーフちゃんを見つけやすいからね。
「あ、いた。あそこだね」
王都アゲルの北西。
そこにある薄暗い感じの通りに、リーフちゃんは居るみたい。
でも、なんか、ちょっと変だね。
「もしかして、地下に洞窟でもあるのかな?」
建物の並んでる通りより、さらに深い場所に、リーフちゃん以外にも複数の魂が見える。
「もし洞窟なら、入り口を探さなくちゃだね。ちょっと時間が掛かるかなぁ?」
こういう時こそ、術に頼るべきだよね。
「シルフィードちゃん。ちょっと街の中を飛びまわって、情報を集めて来てくれる? それと、葉っぱも運んできてくれると助かるな」
指示を受けて、私の右手で渦巻いてた風の中から、一陣の旋風が、街に降りて行った。
それから少し待ってると、大量の葉っぱが集まり始める。
そんな葉っぱに協力を仰いだ私は、沢山のリーフちゃんを街に放った。
ごめん。
明日、朝起きた時、掃除が大変かもしれない。
なるべく片づけておくけど、完璧は難しいからね。
しばらく待ってると、さっき降りて行った旋風が戻ってくる。
「お、戻って来たってことは、身を任せて良いかな?」
何も言わず、私の足元に向かう旋風。
準備できてるみたいだね。
「よし、それじゃあシルフィード。任せたよっ」
私が宣言すると同時に、右手の渦が見る見るうちに巨大になってく。
私を完全に包み込んだ風の渦。
そのまま急降下を始めた渦に、身を任せるしかないよね。
これぞ、風の道。
たしか『ひでんのしょ』5冊目の40ページに書かれてた、便利な術。
私はあんまり使ったことないけど、父さんが狩りで使ってるのを、何回か見たことあるよ。
母さんが言うには、移動に使う術なんだとか。
狩りに使う父さんは、ちょっと変だったのかもね。
かくいう私は、移動に使っているわけです。
この術は、シルフィードがあらかじめ設定した場所まで、あっという間に運んでくれるというもの。
移動する速度が速くて、周りの人からはほとんど見えないって、説明が書かれてたのを覚えてる。
冬に使うと、風が冷たくて寒いんだけどね。
ちなみに夏に使うと、すごく快適だよっ。
えへへ。父さんに、何回もおねだりしたっけ。
それはさておき、気を付けるべきは着地だからねっ!!
唐突に途切れる風の道。
一気に広がる視界を確認した私は、咄嗟に受け身を取った。
なんて。
そんな上手く行くわけないよね。
そもそも、飛び出した時点で天地がひっくり返ってたら、受け身なんて取れるわけないジャン。
結果的に、沢山のリーフちゃんが受け止めてくれなかったら、危うく壁に全身を打ち付けるところだったよ。
ありがとう、リーフちゃん。
「うっ……それにしても、暗くて臭い場所だね……どこだろ、ここ」
前と後ろに広がってるのは、長い洞窟。
でも、自然の洞窟じゃないみたい。
だって、壁も天井も床も、建物と同じような石で作られてるから。
洞窟の真ん中を、沢山の水が流れてるから、水路かな?
「とりあえず、進んでみよう」
前の方に見えるリーフちゃんの魂。
そこに向かえば、何かがわかるかもしれないよね。
やっぱり、他にも誰かがいるみたいだし。
何でだろ、ちょっとワクワクしてきちゃった。
「臭くなかったら、明日ハナちゃんと一緒に探検したかったけどなぁ~」
ついでだから、臭いの原因も調べておこうかな。
臭いのは誰だって、嫌だもんねぇ。