第50話 癒しは大事なのです
「護衛がいるなんて、聞いてなかったんだけど」
いざ街に繰り出そうと、城門を潜ったところで、ハリエットちゃんがぼやき始めました。
ムスッと頬を膨らませてるハリエットちゃん。怒ってるなぁ。
護衛の兵士さんが、ちょっと気まずそうにしてるよ。
「まぁ、私も必要ないと思うんだけどさぁ。今朝のこともあったからって、怒られちゃったし。ごめんね」
「べ、べつに、謝ってほしいわけじゃないから。でも、先に言っておくわよ。このことを、兄さんたちに言っちゃダメだからね!!」
ビシッと指さされた衛兵さんは、コクコクと頷いて見せてる。
私とハナちゃんの護衛のはずだったのに、なんか、申し訳ないなぁ。
「それじゃあ護衛さん。ハナちゃんとハリエットちゃんのこと、よろしくです。私は頭上から見てるので」
「わ、分かりました」
街中に行くなら、私はハナちゃん号に乗り込まなくちゃだからね。
ハナちゃんと一緒に歩いて散歩できないのは、ちょっと寂しいけど、致し方なしなのです。
「え? それに乗って行くつもり?」
「うん。だって、私は街中を歩けないでしょ?」
「……そっか。普通に話してたから、死神……解放者だってこと、忘れてたわ」
別に言い直さなくていいけどね。
「お姉たん。行こっ!」
「そうね。こんなところで話してたら、兄さんたちに見つかるかもだし」
ハナちゃんの提案を受けて、ようやく私達は街に向けて出発します。
賑やかな街の中を、ハナちゃんとハリエットちゃん、そして護衛さんが歩く。
そんな3人のすぐ頭上を、私がハナちゃん号に乗ってついてく感じだ。
さすがに、目立っちゃってるね。
仕方ないけどさ。
私がこの街に来たことが無いのと同じように、街の人たちも、私のことを見たことないはずだから。
はぁぁぁ。
それにしても、良い香りがするよ。
お腹空いて来ちゃったなぁ。
何か食べるものが欲しい。
護衛さんにそう言ったら、近くの建物から、何かを持ってきてくれました。
「良い匂い。これが屋台!」
「屋台で買った串焼きね。まさか、屋台のことを知らないなんて。驚きだわ」
「仕方ないでしょ。こんな街に来たのは、初めてだったんだし……わっ、おいしっ!! なにこれ!?」
「うましぃぃぃっ!」
甘いのにちょっと辛いよ!?
癖になる味だね。
どうなってるんだろ。
このお肉、普通じゃないのかな?
ハナちゃんも食べたことなかったのかな。一気に食べ終わっちゃってる。
串には気を付けてね。
「な、なによ突然。うまし? 美味しいってこと?」
「ホントにうましだよね、ハナちゃん。ハリエットちゃんって、毎日こんなにおいしい物を食べてるの?」
ハナちゃんの羨望の眼差しが、ハリエットちゃんに注がれてる。
「まぁね。王族だし。でもさすがに、毎日串焼きを食べてるワケじゃないわよ」
「いいなぁ。羨ましいなぁ」
「ふふん。ホントはもっと色んな屋台があったんだけど。さすがに減っちゃってるみたいね」
「ハリエット様!? まさか、お一人で出歩いているのですか!?」
「あ……あんた、絶対に誰にも言っちゃダメだからね」
「っ……しょ、承知しました」
護衛さんも大変そうだね。
それにしても、ハリエットちゃんが気になることを言ってたような。
「これで屋台が減ってるんだね。充分賑やかに見えるけど。どうして減ってるの?」
「それは当然、戦争が近いからに決まってるじゃない」
また戦争かぁ。
そう言えば、あの村に置いて来たゴーレム達は、ちゃんと機能してるかなぁ。
きっと大丈夫だよね。
「戦争になったら、屋台が減るのはどうして?」
「はぁ……もしかして、戦争も知らないワケ?」
「そうだね。詳しくはないかなぁ」
「戦争っていうのは、軍隊が戦場に出向いて、戦うわけでしょ? ってことは、燃料とか食料とか、沢山準備しなくちゃいけないわけよ」
「そっか」
「そ。だから、ここ王都アゲルでも、食べ物とか武器とか、無駄遣いしないように指令が出てるってワケ」
得意げに説明してくれるハリエットちゃん。
そんな彼女の隣で、涎を垂らしながら周囲を見てたハナちゃんが、ハッと何かに気づいたように呟いた。
「……無駄遣い?」
「別に、アンタ達が食べる分くらいなら、無駄だなんて誰も思わないわよ。特にリグレッタはね」
「私?」
「今朝の事、私も含めた大勢が見てたんだから。あの邪龍ベルガスクを、撃退したところをね」
な、なんか急に恥ずかしいなぁ。
でもそっか。
あの戦いを、街から皆が見てたんだね。
そう考えると、やっぱりかっこよく捕まえたかったなぁ
「ホントは捕まえたかったんだよ? でも、逃げられちゃった」
「その発想自体が、もうおかしいのよ。良い? 邪龍ベルガスクっていえば、あのプルウェア聖騎士団でも多大な犠牲を払って、追い払うのがやっとなんだから」
あれ?
思ってた反応と違うね。
それに、聞いたことある単語も出て来た。
「プルウェア……」
「そう。そのプルウェア聖騎士団を相手に、戦争をしようとしてるんだから。皆があんたに期待するのは当然でしょ?」
う~ん。
期待されても困っちゃうんだけど。
それってつまり、私も一緒に戦えってことだよね?
「私、人を殺すつもりなんて無いんだけどなぁ」
「それじゃあ、今あんたが食べたその串焼きは、無駄遣いってことになるかもね」
「うっ……」
「冗談よ。万能薬を提供してくれてるだけで、おつりも返せてないくらいなんだから」
おつり? が何のことか良く分かんないけど、薬は役に立ってるってことだよね?
「そんなにあの薬が重要なんだね」
「そりゃそうでしょ。プルウェア聖騎士団は厄介な魔法を駆使するって有名なんだから」
魔法……って何?
って聞いたら、またため息を吐かれる気がするね。
「ホントに何も知らないのね。解放者だったら、敵のことくらい調べておきなさいよ」
「敵かぁ」
「少なくとも、プルウェア聖教の主神は、あんたのことを世界の敵だって認定してるんだから」
「世界の敵!? どうして?」
「さぁ。私はプルウェア教徒じゃないから知らないわ」
世界の敵って、さすがにそれは、大きく出すぎじゃないかな!?
でも、そっか。
死神って呼ばれて怖がられてるから、あながち間違っても無いのかな?
そう言えば、ライラックさんが怒ってたけど、この話と関わりがあったりするのかな?
はぁ。
考えても分かんないね。
「むぅぅ。どうしてなのか、聞きに行くしかないかなぁ」
「……まさか、敵陣に乗り込んで、理由を聞こうとしてないわよね?」
「……そうするしかないかなぁ~って思ってたんだけど」
「ホントに、馬鹿じゃないの?」
馬鹿って言われたっ!!
それはさすがに失礼じゃない!?
すぐに文句を言ってやろう。
と、息巻く私を見上げて、ハナちゃんが声を掛けてくる。
「ねぇリッタ」
「ん、どうしたの? ハナちゃん」
「それ、食べないの?」
彼女が指さしたのは、私がずっと持ってた串焼き。
何度も口を開けて涎を飲み込んでるから、きっと食べたいんだね。
「あぁ……そうだね。ハナちゃん、食べる?」
「いいのっ!?」
「ちょっと冷めちゃったけど、はい、キャッチしてね」
串に術を施して、ハナちゃんの元まで届けてもらった。
うん。
美味しそうにお肉を頬張るハナちゃんを見てると、癒されるや。
おかげで、文句を言う気が失せたのです。
「ハリエットちゃん。ハナちゃんに感謝しなくちゃだね」
「? 何の話よ?」
「癒しは大事なのです。と言う話」
「?」