第5話 色鮮やかな花
ハナちゃんと出会ってから、もうすでに2週間以上が経ってる。
どう考えても、遅すぎるよね。
……そんなことは分かってるんだけど。
涙ながらに懇願するハナちゃんを、私は無視できなかった。
もっと早くに聞いていれば良かったのかな?
分かんない。
分かんないけど、そうしていれば、今よりも後悔しなかった気がするんだ。
深くて暗い森の中を、ハナちゃんの先導で進んでいく。
お留守番は本たちに任せてあるから、きっと大丈夫だよね。
まるでハナちゃんを気遣うように寄り添ってるベッドシーツと箒。
そんな子達に構うことなく、ハナちゃんはズンズンと森の中を進んでいった。
それから程なくして、私は、前にハナちゃんが言ってたことの意味を、改めて理解することになる。
焦げ臭い。
きっと、森中に広がるこの臭いを頼りに、彼女は進んできてたんだ。
森の木々が開けて、真っ黒な焦げ跡の残った場所に出る。
まさか、こんな形で森の外に出ることになるなんて、思ってもみなかったな。
「ハナちゃん……もしかして、ここが?」
「ん……消えてるね」
燃えている家の火を消してくれと、泣き叫びながら懇願してたハナちゃんは、既に燃えカスしか残っていない様子を見て、呆けてしまってる。
「こんなにたくさん……ここで何があったの?」
ハナちゃんの住んでた家って、かなり大きかったのかな?
それとも、いくつも家が並んでたのかな?
母さんが言ってたけど、森の外には村とか街って呼ばれるものがあって、そこには家が沢山並んでるんだよね?
一度見てみたかったけど、これは望んでたそれと全然違う。
見てると、胸の奥深くが痛む感じ。
「ハナちゃん……お家はどこにあったの?」
「あそこ」
ハナちゃんが指さした場所にあるのは、やっぱり真っ黒な燃えカスだけ。
「父たん母たん……。どこに行ったの?」
立ち尽くしたまま、ぽつりとつぶやいたハナちゃんに、私は何と言ってあげればいいのか分からなかった。
だから、私が知ってるお話を、してあげることにしたんだ。
「ねぇハナちゃん。知ってる? 人は皆、いつかは夜のお星さまになって、綺麗に輝くんだよ」
「そうなの?」
「うん。だからきっと、ハナちゃんのお父さんとお母さんは、お星さまになっちゃったんだ」
「なんで?」
「そうすればね、いつでもどこでも、ハナちゃんのことを見守ることができるからだよ」
母さんから聞かされてたこの話。
幼い頃の私は、本当の事なんだって信じてたなぁ。
だから、夜空に見える星は全部、どこかで生きてた沢山の人たちなんだって思ってたもん。
もし本当だったら、母さんも父さんも、私のことを見守ってくれてたのかな?
「……」
「……ハナちゃん?」
静かに空を見上げるハナちゃん。
今はお昼だからね。お星さまは見えないんだよ。
「やだ」
「ハナちゃん。何がいやなの?」
「父たん、母たん、帰ってきて……帰って来てぇ!!」
空に向かって叫ぶハナちゃん。
もちろん、どれだけ大声で叫んでも、ハナちゃんのお父さんとお母さんが帰ってくることなんて、あるワケない。
でも、そんな寂しいことを、彼女に突き付ける気になれないのは、変なことかな?
「ハナちゃん。お空はとっても遠いから、お父さんとお母さんは、すぐに帰って来れないんだよ」
「そうなの?」
「うん。でもね、夜になったら、ハナちゃんにお返事をしてくれると思うから。それまで、少し待てるかな?」
「うん」
ちょっとだけ、不満そうだけど、小さく頷くハナちゃん。
ごめんね。
私にできるのは、多分これくらいしかないから。
すっかり燃えてしまった家の傍に座り込んだハナちゃんは、その寂しそうな背中を丸めてる。
そんな彼女を横目に、私は準備を始めることにした。
必要なのは小さな火種と、特殊な植物の葉。
家の周りの森と同じなら、きっとこのあたりにも生えてるはず。
火種は、どこかで燻ってるのを見つけるしかないかな。
辺りが暗くなるまでに、見つけてしまおう。
「一人じゃ時間が掛かりそうだから、お手伝いを頼んじゃおうかな」
落ちてる枝や石ころを拾い集めれば、即席の助っ人の出来上がり。
もうこれ以上、ハナちゃんに寂しい想いはさせたくないからね。
「みんな、頑張ろう!」
それから数時間が経った頃。
すっかり暗くなった空を、ハナちゃんは見上げてる。
「まだかな?」
「もうそろそろかもねぇ~」
ハナちゃんの左斜め後ろに腰を下ろした私は、ホッと一息ついた。
なんとかギリギリで間に合ったよ。
ここまで盛大なのは初めて作るから、ちょっと手こずっちゃった。
父さんも、同じくらい大きなものを作ったことあるのかな?
もし家に悪い人が攻めてきた時に使いなさいって、教えられてたものだしね。
母さんは見る方が好きだって言ってたけど。
「私も見る方が好きだったんだよねぇ。ごめんよ、父さん」
使い方は間違ってるかもしれないけど、きっと、悪い結果にはならない気がしてる。
だって、すごく綺麗だから。
「ほら、ハナちゃん。そろそろ良いと思うよ。お父さんとお母さんを呼んでみて」
「うんっ!」
私を振り返ったハナちゃんの瞳には、期待が満ち溢れてる。
そしてすぐに正面を向いた彼女は、大きく息を吸うと、夜空に向かって声を張り上げた。
「父たぁんっ!! 母たぁんっ!!」
焦げ臭い空気を震わせるハナちゃんの声。
その声の後、一拍ほどの沈黙を置いて、甲高い音が周囲に響き渡った。
ヒュ~ッというその音は、遥か遠く、空高くまで上り詰めたかと思うと、色鮮やかな花となって、夜空に咲き誇る。
「ぉぉっ!!」
「おぉ~。綺麗な返事が返ってきたねぇ」
色鮮やかな光を瞳に浮かべるハナが、私の方を振り返ってくる。
そんな彼女の心を映すように、しばらくの間、夜空に大きな花が咲き乱れたのです。
それにしても、久しぶりに見る花火はやっぱり綺麗だなぁ。
……ん?
もしかして私。明日から花火もせがまれることになるのかな?
さすがに大変すぎるなぁ。
もう少し、小さくすれば良かったかも?
なんて、ハナちゃんが嬉しそうなら、それで良いかな。
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