第48話 沁みるから嫌
暴風をまき散らしながら、空高く舞い上がるベルガスク。
マズいね。
このまま、空から炎を浴びせられたら、せっかく作ったネリネが燃えちゃうよ。
なんとかしなくちゃ。
「分身ちゃん、今すぐにお風呂から水を持ってきて! 箒とシーツはハナちゃんを1階に逃がしてあげて!」
「リッタ! ダメだよ! 逃げなきゃ!!」
「大丈夫だよハナちゃん。私たちが、絶対に守るから!」
「でもっ!! うわっ! 放してよ! 箒さん!!」
ハナちゃんは納得してないみたいだけど、仕方ないよね。
きっと、テラスに居たら危ないからさ。
「さてと。それじゃあ私は、分身ちゃんが戻ってくるまで、時間を稼がなくちゃだね」
こういう時のために、戦い方を父さんから習ってて良かった。
まぁ、あんまり使ったことないから、慣れてないけど。
たしか、『ひでんのしょ』の5冊目でまとめてたはず。
「使えそうなのは……シルフィードかな。ちょっとこの風、借りちゃうね!!」
そう叫びながら、私は頭上に両手を掲げる。
上から吹き付けて来る風を、掌で集めて、丸めて、魂を込めていく。
そうすればほら、シルフィードの出来上がりだねっ。
「あれ。やっぱり、私にはまだ早いのかなぁ?」
父さんと母さんが作り上げるシルフィードは、綺麗な緑色の鳥が、群れを成してるように見えてたんだけどなぁ。
私のは実体化もしてないし、単なる球体だし。
まだまだ練習が足りないみたいだね。
まぁ、練習してなかったけどさ。
「でも、時間稼ぎだけなら、これで十分だね。シルフィード。私をベルガスクの元まで連れてって!」
右手をシルフィードに突っ込んだ私は、強烈な浮遊感と一緒に、テラスから飛び上がる。
お、思ってたより、高いなぁ。
落ちないように気を付けなくちゃだね。
冷たい風に頬を撫でられながら、私はシルフィードに引っ張られるようにして、空高くに舞い上がって行く。
そんな私を見下ろすベルガスクが、大きな口を開いたかと思うと、業火を吐き出した。
あつあつあつっ!!
シルフィードがベルガスクの炎を殆ど吸い込んじゃってるよ!!
光も眩しいしっ!!
右手も痛い!!
でも、そのおかげでネリネに被害は出てないみたいだ。
「狙い通りだねっ!! 痛いよぉ~。分身ちゃん、速く来てぇ!!」
時間稼ぎも大変だぁ。
でも、ただ炎を吸い込んでるだけじゃないんだからね!!
「お返しだよ! ライラックさん!!」
シルフィードが吸い込むせいで、右手にベルガスクの炎が集まっている。
それはつまり、私の右手が炎に触れているというワケなのです。
炎に触るのって、熱いからさ。ホントはあんまりやりたくないんだけどねぇ。
でも、触ってしまえば、こちらのモノってやつですよ。
「回れ右!!」
叫び声と同時に、シルフィードに飲まれてた炎が、一斉に膨れ上がる。
あぁ~。
あと少しでベルガスクを覆ってしまえたのに。
翼の巻き起こす風が、膨れ上がった炎を散らしちゃった。
集めた炎を、サラマンダーになるまで練り上げてたら、上手く行ってたかな?
でも、もう右手が限界だったから、しかたないよね。
取り敢えず、吐き出される業火を中断させただけでも、良しとしよう。
空高くで、ホッと一息ついたその時。
ようやく、分身ちゃんが姿を現したよ。
ネリネのテラスから洪水のように噴き出して来る大量の水。
さすがの分身ちゃんも、形を保つことができてないみたいだね。
やっぱり、もっと私の魂を練り込んであげないとダメみたいだ。
「シルフィード! テラスの分身ちゃんを引き上げるよ!!」
私のその叫びに、そうはさせるかとベルガスクが咆哮する。
でも残念だね。
止めることはできないと思うよ。
「ライラックさん、あなたが翼を動かしてくれるたびに、シルフィードは強くなってるんだからね!!」
そして私は、空いてる左手を、大きく前に突き出しました。
本当を言うと、シルフィードさえいれば翼を封じて捕まえる事なんて、簡単にできたんだけどさ。
でも、捕まえた後に、炎をまき散らしながら暴れられると困るよね。
だから、眠っててもらおうと思ったワケなのです。
つい最近、おあつらえ向きの術を、覚えたばっかりだし。
「さすがにこれだけの水があれば、寝てくれるでしょ!!」
ベルガスクの巨大な翼を、渦巻く暴風で捕らえながら、ネリネから大量の水を引き上げる。
そして、渦巻く暴風に引き上げた水を注ぎこめば、私の勝ちだ。
そう思ってたんだけどなぁ。
最後の悪あがきかな?
風の中で藻掻くベルガスクは、大口を開けて、業火をまき散らし始めたんだよね。
それも、王都アゲルに向けて。
「ちょっ!? それはダメだよ!!」
思わず慌てた私は、暴風に乗せた水で、王都アゲルの方に飛んだ火を消すことに専念しちゃったのです。
当然、拘束が緩んだベルガスクは、そのまま逃げ出しちゃうよね。
気づいた時には、遥か遠く西の空に消えちゃった。
「逃げられちゃった。せっかく色々な話が聞けると思ったんだけどなぁ」
ゆっくりとネリネに降りながら、西の空を見てると、テラスから呼び声が聞こえてきた。
「リッタ!! リッタ!! 大丈夫!?」
「ハナちゃん! 私は大丈夫だよ!」
「ホント!? リッタ、すごいね、勝っちゃった!! すごいよ!!」
「えへへ。スゴイかな? 逃げられちゃったけどねぇ」
私と西の空を交互に見比べながら、キャッキャとはしゃぐハナちゃん。
うん。守れてよかった。
喜んでくれるのも、なんか、嬉しいよね。
ん?
なんか、ハナちゃんが青ざめ始めたんだけど。
どうしたのかな?
「り、リッタ……右手」
「ん? あぁ、まぁ、火傷だよ。これくらい、万能薬ですぐに良くなるからね」
「でもっ!」
ハナちゃんが何かを言おうとしたその時。
階下から聞き覚えのある声が響いてきたんだ。
「リグレッタ様!! ご無事ですか!!」
「ちょっと! ベルザーク殿!! 待って下さい!!」
そんな声と共に、階段を駆け上がって来たのは、ベルザークさんとカルミアさん。
まぁ、声で分かってたけどね。
2人は、私とハナちゃんを見て安堵して見せたかと思いきや、ハナちゃんと同じように顔を青ざめちゃう。
何回も言うけどさ、万能薬で治るんだから、そんなに心配しなくていいのに。
まぁ、確かに。
いくら治ると言っても、怪我するのが平気ってわけじゃないけどね。
だって私は、人に触れないから。
万能薬を塗るのも、自分でしなくちゃなワケなのですよ。
沁みるから嫌なんだけどなぁ。
仕方ないから、筆に術を掛けて、塗ってもらおう。そうしよう。