第42話 守護ゴーレム
「悪いねぇ、この寒いのにお茶の一つも出せなくて」
「いえ、大丈夫ですよ。むしろ、私たちの方が謝らなくちゃいけないので」
「そうなのかい? アンタらみたいな有名人が、私らなんかにどうして?」
案内された民家に入った私達は、そんな会話を交わした後、事情を説明しました。
畑を荒らしちゃったことと、その謝罪、そして先に進むにあたって、更に畑を荒らしちゃいそうだということも、正直に伝えなくちゃだよね。
一通り、私の話を聞いたおばちゃんは、なぜかホッとしたように息を吐きだして、呟きました。
「なるほどねぇ。あれがアンタの家だってのかい? 私はてっきり、魔物が襲撃に来たんだと思ってたよ」
窓の外に目を向けながら、おばちゃんは苦笑いを浮かべてる。
なんか、その言いぶりだと、魔物からよく襲撃されてるみたいな感じだよね。
だから、桑を持って出てきたのかな?
いや、いくらなんでも、桑で撃退はできないか。
扉に立てかけられてる桑を見ても、綺麗に手入れされてるし。
魔物と戦うのに使ってたら、多少の傷とかあってもおかしくないもんね。
「そう言えば、名乗っていなかったね。私の名はテレサだ。このアニン村で、村長の代理を務めてる」
「ふむ。代理ですか?」
「あぁ。そうだよ」
「失礼ですがマダム。それはつまり、村長は今、不在ということでしょうか?」
「そうだね」
「ベルザークさん。何か気になる事でもあるの?」
今は、この村の村長さんがどこにいるかより、ネリネのことを話した方が良いと思うんだけどな。
でも、ベルザークさんはそう思ってないみたいだね。
「気になる事。そうですね。敢えて言うならば、なぜ、村長が不在なのか、その理由は気になりますね」
「……村長は今、近隣の村に出向いてるんだよ」
なんだろ。
ベルザークさんとテレサさんの間に、一瞬だけ緊張が走った気がする。
また喧嘩かな。
喧嘩はダメだよ、ベルザークさん。
「ちょっとベルザークさん。喧嘩しないでよね。テレサさん。さっき話したように、この村の畑を荒らしちゃいました。だから、そのお詫びとして、何かさせて欲しいんですけど。お願い事とかありませんか?」
「お願い事、ねぇ」
そう言ったテレサさんは、シーツと箒の後ろに隠れながら、家の中をキョロキョロと見渡してるハナちゃんに視線を投げた。
「もう一度確認するけど、アンタは本当に、死神なんだよね?」
「はい。そうですよ」
「まぁ、そうなんだろうねぇ。その綺麗な白髪もだけど、宙に浮かぶシーツと箒を連れてる時点で、疑う余地が無いさね」
じゃあ、どうして確認したのかな?
「……なにか、変な所がありました?」
「変というか、死神と普通に会話ができると思ってなかったんだよ。それに、人間と獣人を連れてることも、予想外だったね」
あぁ。それはカルミアさんにも驚かれたっけなぁ。
私も、こうしてハナちゃん達と一緒に、森の外に出るなんて思ってなかったし。
なんて、私が勝手に納得してると、テレサさんは息を一つ吐いて、口を開いた。
「死神……いいや、解放者。アンタに1つ、頼みたいことがあるんだけど」
「はい。何ですか?」
「この村には今、戦える人員がいない。そんな状態だから、最近は村の食料を狙って、魔物とか野犬が入り込んでくるようになったんだ」
「それは、大変ですね」
「あぁ。だから、アンタの力で、この村を守ることはできないかい?」
ふむ。
この村を守るってことだよね。
そうだなぁ。
魔物とか野犬から守るってくらいなら、なんとかなるかも?
そのためには、専用のゴーレムを用意しなくちゃだね。
「分かりました。それじゃあ、護衛用のゴーレムを数体作ってみようと思います」
「ゴーレム? そんなこともできるのかい?」
「護衛用のは初めて作りますけど。まぁ、なんとかなると思います。ちなみに、このあたりに大きな岩とか無いですか?」
「岩? 岩かどうか分からないけど、物置小屋の裏に、やけに固くて耕せない区画があったはずだよ」
「お、そこが良さそうですね。ちょっと行ってきます」
「そうかい? まぁ、まかせるよ。私は村の皆に事情を話して来るから、先に行っておいておくれ」
そう言って桑を手にしたテレサさんは、他の家に向けて歩いて行きました。
皆、魔物の襲撃に備えて、隠れてたってコトかな?
「よし、私たちもすぐに作業に取り掛かろう。あんまり長居しても、悪いからね」
「そうですね」
「作業? なにするの?」
「ゴーレムを作るんだよ」
「またお家を作るの!?」
それは違うんだよねぇ。
まぁ、ハナちゃんにとってゴーレムは、ネリネ建築のイメージが強いだろうから、当然の反応かも。
「今回はね、お家を守るためのゴーレムさんだよ。えっと、物置小屋の裏って言ってたよね?」
「あちらに、それっぽい小屋がありますよ、リグレッタ様」
ベルザークさんの見つけた小屋の裏に、固い地面を見つけた私は、そのままゴーレムづくりを開始しました。
手慣れた作業だけど、寒いからなるべく早く終わらせたいよね。
地面の中から、岩の人形を造り上げる。
そうして出来上がった人形に、術を掛ければ、『守護ゴーレム』の完成だね。
ちなみに、『ひでんのしょ』によると、鎧を纏った人形にしてあげることで、『守護ゴーレム』の性能が上がると書いてありました。
今回は全部岩で作ったけど、金属だったら、もっと性能が上がるのかもしれないね。
そんな『守護ゴーレム』を15体ほど作ってる間に、村人たちがぞろぞろと見学に来たのです。
老人に子供に女性。
村人の顔ぶれの中に、ベルザークさんのような男の人は、1人も居ませんでした。
それが気になった私は、村を出てからすぐに、ベルザークさんに聞いてみたところ。
男の人たちは全員、戦争に駆り出されたのだろう。
とのことです。
それってなんか、ズルくない?
若い男の人たちだけ、雪合戦をしに行くみたいなもんでしょ?
そんな文句を、ベルザークさんに言ってみたら、彼は少しだけ切なそうな顔をしたのです。
「リグレッタ様。戦争とは、雪合戦とは全く異なるものですよ」
「雪合戦と違う? それって、どう違うの?」
「戦争では、大勢の人が死にます」
人が死ぬ?
テレサさん達は、村の男の人たちが、死ぬかもしれない場所に行ってることを、知ってるのかな?
だとしたら、どうして止めなかったのかな?
そんな疑問を抱えつつ、私達は先に進みました。
テレサさんから教えてもらった、王都アゲルまでの道。
まだ見たことのない街には、もっとたくさんの人が住んでるらしいです。
楽しみ。だけどちょっと、不安。
この不安を、ベルザークさんも抱えてるのかもしれないね。